27.恋愛至上主義
美少女の見た目に違和感を覚えるほどに、エミルから発せられる圧が意図的に増す。
空は文句なしの快晴だというのに、辺り一体がどんよりとした重苦しい空気に包まれる。値ぶみするような笑顔のプレッシャーが凄まじかった。
「母さん、初対面で女性にそういうことを尋ねるのは不躾じゃないか?」
見かねたアレクスティードが間に入り、エミルの行為を嗜めて話の矛先を変えようとする。
「でもぉ、大事なアレクちゃんがお金目当ての嘘つき女に騙されていたら大変でしょう?そんなことはないって信じてるけど、一応聞いておかないと心配なのよ。」
組んだ手の上に顎を乗せ、にこにこと微笑むエミル。譲る気は微塵も感じられない。ため息を吐いたアレクスティードが諦めたように重い口を開く。
「杞憂だよ。シャルは俺のことをちゃんとあい…」
途中で止まった。
(愛してるは言い過ぎか…?少なくとも嫌われてはないはず…それに結婚してるんだし、妻の気持ちを盛って代弁したって問題はない…よな?)
根が真面目な彼の中で迷いが生じていた。
半開きの口のまま固まった笑顔の下で、答えの出ない永遠の疑問がぐるぐると回っている。
「やっぱり貴方、ちゃんとモノにしてないんじゃない。小さい頃から臆病だったものねぇ。片思いのままこじつけた結婚だなんて…あぁ、お母さん情け無くて涙出ちゃう。」
「う゛」
会って僅か数分で事実を言い当てられてしまい、ぐうの音も出なかった。
「シャルちゃん、ごめんなさいねぇ。やだわもうこんな愚息で。アレクスティード、きちんと彼女に好きなってもらってから出直しなさい。」
一転して、威厳のある口調で言い捨てた。
息子を見る目は厳しく、少しも譲歩しないという強い覚悟を感じる。こうなるともう、アレクスティードは母親に強く出ることができない。
その時、これまで聞く側に徹していたシャルロッテがエミルを見た。そして嫋やかに微笑む。
「私もアレク様のことを大切に想っております。いつだって誠実で、私の家族のことも大事にしてくれますから。」
「シャル?」
淡々とした口調だが、実直な物言いで核心をついてくる。こんな状況なのに、アレクスティードは初めて聞く彼女の胸の内に狂おしいほどの愛が込み上げていた。
「まぁまぁっ。それならよかったわ!」
突然、エミルは明るい表情でパチンと両手を合わせた。
軽く弾けるような音とともに、重苦しかった空気が霧散する。穏やかな風に乗って芳しい薔薇の香りまで戻ってきた。
エミルがにこにこと二人の顔を交互に見る。
「貴方達、今度の公爵家主催の夜会でラブラブを見せつけてきてちょうだい!」
「「は」」
全く持って意味の分からないリクエストに、二人の唖然とした声が重なる。
「何でそうなるんだよ。」
「あら。愛し合ってるのでしょ?ならいいじゃない。減るもんじゃないし。」
「親が言う言葉じゃないでしょ…」
アレクスティードのツッコミを無視して、エミルは鈴を転がしたようにケラケラと楽しげに笑う。
「私はね、政略結婚なんてこの世から無くなってしまえばいいって本気でそう思っているのよ。だから相思相愛で結婚することの素晴らしさを広めて、愛する人と結ばれることが当たり前になって欲しいの。だから協力なさい。」
「母さんの考えは分かったけどさ、でもなんで俺達が…」
「あら、断るなら言いふらしちゃうわよ?あのアレクスティードは好きな女の子を口説き落とせず、権力にもの合わせて無理やり結婚したんだーって♪」
「おいおいおいおい」
思わず、顔面蒼白で止めに入る。
エミルは楽しそうだが、アレクスティードはたまったもんじゃない。こんなことシャルロッテに聞かれるのも気まずくて、この場から逃げ出したくてたまらない。
その時、シャルロッテがすっと右手を真っ直ぐ上に伸ばした。
「それは報酬次第ですね。」
「っておい、やるのかよ!」
あたふたしているアレクスティードを捨て置いて、シャルロッテが隣からちゃっかり尋ねる。その目は真剣で、すっかり商談モードに入っていた。
「まぁ!やってくれるのね。ありがとう!お金なんて言い値で払うわよぉ。うち公爵家なんだから、いくらでも出せるわ!」
「それ父さん聞いたら泣くよ?」
「ありがとうございます。では商談成立ですね。言いなりになりましょう。」
「まぁ可愛いシャルちゃん、話が分かるわねぇ!よろしく頼んだわよ!」
「って、成立してるし…しかも言いなりって何するつもりだよ…」
熱い握手を交わす二人を見て、アレクスティードが髪を掻きむしる。ことの急展開についていけない。
そんな彼に、シャルロッテが顔を近づけてそっと耳打ちしてきた。
「ねぇ、ラブラブを見せつけるって何すればいいのよ?皆の前で金品の受け渡しとかすればいいのかしら?」
「本気でちょっと待って…」
シャルロッテの言葉に、ますます頭を抱えるアレクスティード。
愛=金と信じて疑わない彼女の発想が斜め上過ぎて、余計に心を乱す。
無論そんなシャルロッテに任せておけるはずもなく、結局、何をどうするのかをアレクスティードが一手に引き受けることとなってしまったのだった。




