26.馴れ初め
使用人一同から熱烈な歓迎を受けた二人は、使用人頭の案内で庭園の中を歩いていた。
庭園と言えど王立植物園のような規模感で、ドーム型の温室や小高い丘の斜面に咲き誇る花畑、小舟を浮かべられそうな池、薔薇の小道など、ちょっとした観光地になりそうなほど大そうな作りになっている。全て見て回ると日が暮れてしまいそうだ。
その中でも、アレクスティードの母が最も気に入っているという薔薇園にあるガゼボへと向かっていた。童話に出てきそうな可愛らしい花の小道を進む。
「アレクのお母さんって、恋愛結婚なの?前に恋愛至上主義って言ってたけど。」
ふと気になったシャルロッテがすぐ隣にいるアレクスティードの顔を見上げ、小声で尋ねた。周囲の視線を気にすることも忘れない。一応今は猫を被っているらしい。
「いや、母さんは政略結婚だよ。家の事情でいきなり初対面の相手と結婚させられて、それが嫌で嫌で泣いて…」
「そう…だから自分の息子には恋愛結婚を勧めるのね。自分の二の舞にならないように…よくあることだけど、なんだか可哀想な話ね。」
「あーうん。でもなんていうか…」
アレクスティードが思い切り視線を逸らした。表情の抜け落ちた顔で斜め下に視線を落としたまま、続きを口にする。
「泣いて泣いて…泣き喚いて父さんにブチ切れて、私を全力で愛しなさいと物凄い迫力で命じたらしい。当時色恋なんて知らなかった父さんは、これが恋なのかと納得したんだってさ。それで愛妻家の誕生ってわけ。政略結婚だけど特殊でしょ?」
あまり知られたくなかったと思いながらも、無感情に話し終えたアレクスティード。どんな家だと思われるだろうかと、目線を上げてシャルロッテの表情を盗み見る。
「いえ別に。だから貴方もああなのねって納得しただけよ。話してくれてありがとう。」
シャルロッテはあっけらかんとした顔で返事をしたが、反対にアレクスティードの表情が曇った。
「えっと、多分それ色々と間違ってると思う。あとでちゃんと擦り合わせさせて。」
「ちゃんと分かってるわよ。」
「いや、俺が不安なんだって。頼むからさ。」
勝手に心得たように頷くシャルロッテを見て、アレクスティードは猛烈な不安に襲われていた。
そんなことを言い合っていると、目の前に薔薇の蔦が絡んだアーチが見えてきた。所々に薄ピンクの薔薇が花を咲かせており、可愛らしいトンネルのようになっている。
その先には、ガゼボが見えた。
二人がガゼボに着くと、レースの日傘を差した貴婦人が微笑んで佇んでいた。
彼女は夜空のような色の髪をストレートに下ろし、明るい空色の瞳を持つ。顔のパーツが恐ろしく整っており、丸みを帯びた瞳が大きく実年齢よりもだいぶ若く見える。美女というより、美少女の雰囲気を纏っていた。
(あれがアレクのお母さん…親子そっくりね。)
言われなくても分かるほど、アレクスティードと酷似していた。瞳の色以外はまるで生き写しだ。
「母さん、こちらが俺の妻でーー」
「まぁ!貴女がアレクちゃんのお嫁ちゃんのシャルちゃんねっ!」
アレクスティードの挨拶をぶった斬って、母親が文字通り突っ込んできた。シャルロッテの両頬を鷲掴みにして、目をハートにしている。
「ほ、ほんにひは…」
「まぁまぁ!貴女って、喋り方まで可愛らしいのねっ!!」
「母さん、一旦落ち着こう。」
アレクスティードがきゃっきゃする母親をシャルロッテから引き離し、無理やり席に座らせた。
円卓だったが、二人が真向かいにならないよう微妙にずらした配置を選んでシャルロッテも着席させる。自分は一番最後に席に着いた。
「先ほどはごめんなさいね。シャルちゃんが可愛くてつい…あっ、私はアレクちゃんの母親のエミルです!」
顔の前で両手を合わせながら顔を傾けて、可愛らしく自己紹介をしてきたエミル。語尾全てにハートマークが付きそうな勢いだ。
「初めまして。シャルロッテと申します。本日はお招き頂きありがとうございます。」
シャルロッテは貴族の笑みを携え、綺麗に背筋を伸ばして頭を下げた。前髪一つ乱さずに、真っ直ぐに頭の位置を元に戻す。それは目を見張る洗練された動きであった。
その隙のない所作と言葉遣いに、隣のアレクスティードが驚愕の表情で目を見開く。
「ねぇちょっと待って…だれ…」
「アレクちゃんの妻のシャルロッテですが、何か?」
にっこりと笑みを深くしたシャルロッテ。目は笑っていない。
「大変申し訳ございませんでした。」
テーブルの下で思い切り足を踏まれ、痛みで顔を歪めたアレクスティードが小声で謝った。
「あなた達、とても仲がいいのねっ。お母さん安心したわ。」
二人のやり取りを見ていたエミルが顔の前で両手を組み、おっとりと嬉しそうに微笑む。美しい黒髪が風に靡く。
「それでそれでっ。二人の馴れ初めを聞かせてくれるかしら?息子夫婦の恋バナなんて、ドキドキしちゃうわ!」
白い頬を薔薇色に染めて顔の前で両手を組み、期待の眼差しを向けてくるエミル。まるで恋に恋する女学生のような振る舞いだ。
「俺たちは偶然街中で出会って、それから…」
エミルの期待に応えるように、アレクスティードは事実を歪曲していい感じの恋物語にして話して見せた。
時折り隣から突き刺すような視線と足の甲に鋭い痛みを感じたが、気付かなかったことにして涼しい顔で話を続ける。
「きゃああっとっても素敵だわ!貴方がどれだけシャルちゃんのことを想っているかよーく分かったもの。好きな人に巡り会えたのね。」
じっと耳を傾けて話を聞いていたエミルが目の下を赤くして感激している。潤んだ瞳は太陽の光を取り込み、クリスタルのように美しく煌めく。
エミルが目を細めると、一瞬にして瞳から光が失われた。
「それで?シャルちゃんも同じくらいアレクちゃんのことを愛してるのかしら?」
目を細めたエミルが、何もかもを見透かしたような目でシャルロッテを見てきた。艶のある紅を引いた唇がゆっくりと弧を描く。
(これはまた随分と直球ね…)
微笑を浮かべていたシャルロッテの頬が引き攣った。




