第44話 君の世界に
光が消えた後、俺の目の前にはリレイラさんがいた。
周囲を見渡すと、俺達の乗って来た車が見えた。宿の近くまでとばされたのか。周囲に人はおらず、静まり返ったみなかみの町に俺とリレイラさんだけが立っていた。
空を見上げると、グンマダンジョンがあった方角から青い粒子が空へと上がっていくのが見える。もう、それほど時間が無いのだと悟った。
「ただいま」
ヘルムを外して足元に捨てる。彼女の事を抱きしめたくてたまらない。彼女が何かを言う前に、俺はリレイラさんを抱きしめていた。
「おかえりなさい」
彼女が俺を抱きしめてくれる。それが嬉しい。だけどそれと同時に体の奥から何かが込み上げて来る。せっかく彼女の事が分かったのに、俺は……手放してしまう。きっと記憶が無くなった俺達は離れ離れになるだろう。リレイラさんは東京に行ってしまう。俺はきっとそれを見送ってしまう。
俺はきっとそれを知らないから。大切なものが何か分かって無かったから。
そんな俺に戻ってしまう。ここで彼女から貰った事も全部、失ってしまう。
そう思うと視界が滲んで……ボロボロと涙が溢れる。止めようとしても止められない。止めようとするほどにそれは酷くなっていき、嗚咽が混じってしまう。
「嫌だ……俺、リレイラさんと一緒がいいです」
「私もだよ。でも、そのままにはしておけなかったんだ」
「分かってます……分かってますから……」
彼女を抱きしめる。嗚咽が漏れる。涙が止まらない。子供みたいだ。なんで、俺はこんな最後の最後に……。
彼女は、俺の背中をトントンと叩いてくれた。
「……ヨロイ君、スマホを出して」
「スマホ、ですか?」
「管理者は、アイテムやスキルは残ると言っていただろう? 管理局対策だ」
そう言うと、彼女は俺のスマホを受け取って、設定画面から「実績送信」の項目をオフにした。
「このダンジョンで得たレベルポイントは膨大だ。グンマダンジョンについての記憶が消えた管理局がこのレベルポイントの量を見たら……君をどんな風に扱うか分からないから」
そう言いながら、リレイラさんは俺の腰からマジックバッグとエマージャクスを外していく。
「アイテムも……もったいないが……念の為だ。ここに置いて行こう」
リレイラさんは、アイテムを捨てた後……俺の頬に手を添えた。
「泣かないで」
「でも、俺は……俺は……嫌だ……ここに来る前の俺だったら……リレイラさんを引き止め無いと思うから……」
「そうだね。私もきっと1人で東京に行ってしまうだろう」
その言葉にまた涙がボロボロ溢れ落ちてしまう。こんな情けない姿見せたく無いのに、こんなワガママ言いたく無いのに……。
「俺、嬉しかったんです……好きだって言って貰えて……それがリレイラさんで……俺も、リレイラさんのことずっと好きだったんだって……分かって……」
「うん」
俺を死なせないようにしてくれる厳しい顔も、出迎えて来れる時の優しい顔も、恥ずかしがる姿も、悲しげだった姿も……彼女の全てが好きだ。
リレイラさんは、優しげな顔で俺を見つめていた。そこに悲しみの色は無くて、ただ優しい顔で……。その顔を見て、たまらなく愛しいと思えた。俺にとっては初めての感情で、それをすぐに手放してしまう事が……悲しい。
リレイラさんが俺の瞳を覗き込む。その澄んだ瞳に目が離せなくなってしまう。
「聞いて。私は、何年経っても、何十年経っても……また君の事を好きになる。好きだと気付いてみせる。だから……お別れじゃないよ?」
「リレイラさん、好きです。大好きです。俺も絶対、リレイラさんの事が好きだって……気付きます。だから……待っていて、下さい」
涙のせいで上手く言葉にできないけど、なんとか伝える。俺の心からの気持ちを。
「うん。君はこれから色んな事を経験して、もっといい男になる。私は楽しみにしているよ」
彼女の顔が近くなる。唇に柔らかい感触がして、だけどしょっぱい味がして……ゆっくり彼女が離れて、彼女は微笑んでいて……。
そんな彼女に俺は何かを言おうとして──そこで、俺の意識は途絶えた。
◇◇◇
〜リレイラ〜
目の前が光に包まれる。そこにいるはずのヨロイ君は、真っ白な光のせいで見えなくなってしまった。
……最後にカッコつけてしまったな。
でも、ヨロイ君は私の事を好きだと言ってくれた。私の為に泣いてくれた。私は……それだけで十分だ。
幸せ者だ、私は。ほんの少しの時間でも、こんなに素敵な人と愛し合えたのだから。
ここで過ごした彼との日々が脳裏をよぎる。ダンジョンを一緒に攻略したこと、彼が帰って来なくて心配だった事、寝顔を見て可愛いと思った事……ふふっ、一緒に温泉にも入ったな。
記憶が消えてしまったら、今の私は消えてしまうのだろうか? 今の私じゃなくなってしまうのだろうか?
……いや。
私もヨロイ君も、ほんの少しだけ変わってる。そんな予感がする。だって、胸がこんなに高鳴っているのだから。記憶は消えても、この感情は消えない。それがあれば、私はここに来る前の私じゃない。きっとここで過ごした事を忘れても、大丈夫。
先程のヨロイ君の顔が浮かぶ。目を真っ赤にして私を好きだと言ってくれた彼の姿が。
記憶を失った私達は別々の道を進むだろう。でもね、ヨロイ君。もし、この先君が孤独にダンジョン攻略をする事になったとしても、君は1人じゃないよ。
私達は離れるけれど、同じ世界にいる。同じ所で生きている。私は絶対に君を忘れない。
いつも君の事を想ってる。
だから、大丈夫。
君の世界に、私はいるよ。
次回最終回です。記憶を失った2人のその後が描かれます。どうぞ最後までご覧下さい。
次回は本日2/28 18:10投稿です。




