第43話 魔除けと記憶
オルギウスを倒すと、周囲が光に包まれて再び森に出た。しかし、そこは攻略していた森のダンジョンとは全く違う雰囲気だ。木々の間から差し込む光。聞こえる動物達の声。優しげな雰囲気のそこに、石造りの祭壇があった。
階段を登り、石柱に囲まれた祭壇へ。そこには、古代文字で何かが書かれていた。
「読めます? リレイラさん」
『ええと……「我らを産み育てし2人の母、創生神エリオンと時間神エモリアへ捧ぐ」……と書かれているな。2人とも我ら魔族の世界を作った神だ』
「ふぅん? なんか意味深ですね」
中央にはエモリアの魔除けがはまりそうな円形の窪みがあった。ここに魔除けを嵌めればこのグンマダンジョン……いや、時空の歪みは消えるんだったよな。
懐からエモリアの魔除けを取り出して窪みに嵌めようとした時、小さな亜空間の門が開いた。
──待て。
「ん? 管理者か?」
そういや、最後ボスを倒したら会おうと言ってたっけ。
『何か様子が変じゃないか?』
リレイラさんの言う通り、管理者の様子がおかしい。焦っているような……どうしたんだ?
「なんかあったのか?」
──この時空の歪みは今までに無いほどの規模だと言っただろう? 歪みの様子を調べて来たのだが……。
言いにくそうにする管理者。彼女は、少し間を置いてから言葉を発した。
──この歪みは大きくなり過ぎた。ここを消滅させれば、この時代の人間に歪みが直る際の『揺り戻し』が起きる事が分かった。
『揺り戻し?』
「それって何が起こるんだ?」
──意識を持つ者にとって時間と記憶は結び付いている。この歪みを消せば……このダンジョンに関する記憶、そして、この歪みに触れてから起きた出来事が全ての人間達の記憶から消えてしまう。
「え……」
記憶が……消える……?
「そ、それってアレだろ? このダンジョンに潜っていた時の記憶が……」
──……ここに来た時、青い魔法障壁の中へ入ったであろう? アレは時空の歪みと外の世界の境界線。ダンジョンを中心とした「みなかみ」という町全てが時空の歪みなのだ。この中で起きた出来事は……歪みが修正される過程で消えてしまう。
だったらリレイラさんが俺に伝えてくれた事も全部忘れちまうのか? 東京に行く約束も?
「い、いやだけどよ! 記憶が残る可能性もあるだろ!? ほら、アイテムやスキルとか、色んなもんがこのダンジョンから持ち出されたり獲得されてるんだぜ!? 記憶も……」
──物理的に起きてしまった事象や既にアイテムが存在しているのは揺るぎない事実。だが、記憶は違うのだ。記憶は人の意思に宿る曖昧なもの。それは、揺り戻しの力に耐えられない……。
「そんなの……ありかよ」
──すまぬ……。我からは何と言っていいか……。
俺はどうしたら……。
このダンジョンを放置したら俺達の世界に何が起こるか分からない。消し去ったら……俺とリレイラさんの記憶は消えてしまう。答えなんて、出せる訳が無い。
『……ヨロイ君、私達は私達の目的を果たそう。ここを消滅させる為に君は苦労してここまで来たのだろう?』
何も答えられないでいると、リレイラさんがポツリと呟いた。優しい声で、まるで俺に言い聞かせるように。
「で、でもリレイラさんはそれでいいんですか!?」
声を荒げてしまう。彼女との思い出を失いたくないから、そんな事を言ってもリレイラさんを困らせるだけなのに。
『このままダンジョンを残す事は、君がこのダンジョンでやって来た努力が、苦労が無駄になってしまう。私は……好きな人のやってきた事が無駄になる事の方が嫌だ』
「リレイラさん……」
『大丈夫。私は元々君の事が好きだったんだ。ここでの記憶が無くなっても大丈夫。また今のような関係になれるさ』
リレイラさんの声は……震えていた。俺は……。
……。
これ以上、リレイラさんを困らせるのは、ダメだ。リレイラさんは責任感が強くて、優しい人だから。きっと、ここで俺が帰ってグンマダンジョンを見て見ぬフリをして生きるなんてできないだろう。それに、きっと彼女は俺に罪悪感を抱かせない為に自分から提案してくれたんだ。
「消すよ、このダンジョンを」
──よいのか?
「俺の担当がそれを望んでる。彼女がそう言ってくれた覚悟を……無駄にしたくない」
──……分かった。魔除けの配置から歪みの消滅までは僅かだが時間がある。消える前に我が2人を引き合わせよう。
「……いいのかよ?」
──当たり前だ。ソナタ達は恩人なのだから。むしろ、この程度の事しかできなくて、申し訳ない……。
「いいさ、ありがとな」
リレイラさんの顔が見たい。抱きしめたい。それが叶うだけでも、嬉しい。
「祭壇に……」
魔除けを手に取る。これを置いてしまえば……リレイラさんとの思い出が……。
脳裏に浮かぶ。ここに来て初めて見たリレイラさんの色んな姿が。怒ったり、笑ったり、泣いたり、恥ずかしがったり……俺を好きだと言ってくれた後の、優しい表情も……。
手が震える。ダメだ。俺が躊躇うな。リレイラさんが消そうと言ってくれたんだ。俺が言う前に。自分から想いを伝えてくれた彼女が辛くないはずが無い。その想いを……無駄にするな。
深呼吸して窪みに魔除けをはめる。カチリという音の後、周囲の景色が真っ暗になった。森も、祭壇も何もない真っ暗な空間。
次に現れたのは青く光る床。見覚えのある景色。管理者のいる亜空間に移動したのだと分かった。
先程までのギャップと、後戻りができない寂しさに襲われる。
「リレイラさん?」
声がしない。亜空間だから通信が途切れたのか。
しばらくして俺の足元に魔法陣が浮かんだ。
「魔法陣の転移先をソナタの担当の元へ繋いだ。早く行くがよい」
気が付くと隣に管理者が立っていた。彼女は、寂しげな顔で魔法陣を見つめている。
一歩踏み出そうとしてふと思う。管理者はこの真っ暗な空間にずっと1人でいるのだろうか? 前に彼女が言っていた。長い時間をここで過ごしているって。俺がここを出て行けば、気が遠くなるような時間をまた1人で過ごすのか?
……。
なんだか、その事にも寂しさを覚えた。
「アンタ名前は?」
「なぜそのような事を聞く?」
気が付いた頃には口にしていた。管理者には感謝もある。最後くらい挨拶しておきたかった。
「ここまで一緒にやって来たんだ。名前くらいお前の口から聞いておきたいと思ってよ」
管理者は戸惑ったように自分の名前を告げた。
「……イシャルナ」
「イシャルナか。色々ありがとな。アンタのおかげでこのダンジョンを攻略できた」
「そのような言葉は……」
俺は彼女の過去を見た。彼女はこのダンジョン出現の原因を作ったと言っていたが、少なくとも俺のダンジョン攻略にはずっと付き合ってくれていた。だから、どうしてもイシャルナを責める気にはなれなかった。
「俺はアンタが何をやったか知らない。知ってるのはアンタが助けてくれた事だけだ」
イシャルナは目を見開いた後、悲しげに微笑んだ。
「ソナタの、名前も……教えて欲しい」
俺は少し考えて、こう答えた。
「俺は461だ」
「探索者名ではないか」
イシャルナがキョトンとした顔をする。
そう、461、ヨロイだ。探索者名が俺の本当の名前だ。
俺はリレイラさんと出会って探索者になって、ダンジョンで色んな物を手にして……本当の俺を見つけた。それはあの引きこもっていた家には無いもの。だから、俺はこう名乗る。
「それが俺の名前だ。それ以外の何者でもない」
「ふふ、面白い男だな。ソナタは」
イシャルナがおかしそうに笑う。その姿に少し安心する。イシャルナも、大丈夫だと思ったから。
俺は魔法陣へと脚を踏み入れた。
「ありがとう461。ソナタ達に、感謝を」
「アンタも、その贖罪ってのが終わる事を祈ってるぜ」
イシャルナがオズオズと右手を上げる。慣れていなさそうな様子に思わず笑ってしまって、俺の気持ちは少しだけ楽になった気がした。
手を上げて彼女に応えた時、俺の視界は、再び光に包まれた──
次回、リレイラさんの元へ帰った461さん。恋人である2人は最後の会話を……。




