第32話 休息
宿に戻ると何故か辰巳が待ち構えていた。なぜ彼女がここにいるのか混乱している内にリレイラさんに鎧を脱がされ、敷いてあった布団に寝かされる。
そして金の話をする前に治療が始まってしまった。辰巳が脇腹に手を添える。
「痛っでぇ!?」
「触んないと魔法使えないよ。我慢して」
治癒魔法をかけられる。最初はなんか暖かいなと思っていたが、徐々に痛みが波のように押し寄せて来た。
「痛ででで……痛っでぇえええ!?」
「アンタの体の中で骨が動いてんだから当然でしょ! ほら、我慢する!」
辰巳に脇腹を治して貰う。治して貰うのは良いんだが……治癒魔法の影響で患部が痙攣するのなんとかならないか? めちゃくちゃ痛いんだが……。
部屋の隅を見ると、リレイラさんが心配そうな顔で俺の事を見つめていた。あまり痛がるとカッコ悪い気がして、歯を食いしばって痛みと痙攣の気持ち悪さを耐えた。
そして30分ほど彼女の魔法を受けていると、やがて痛みの波は引いていった。
「よし、治ったよ」
最後に肋骨をポンポンと叩かれる。怪我は完全に治ったみたいだがまだ痛いような気もするな……。
「じゃ、アタシは帰るから」
そそくさとダウンジャケットを羽織る辰巳。あれ? 金の話してないぞ?
「おい、治療費は……」
「今金無いんでしょ? 明日アイテム売ったら診療所に持って来な。それまで待つからさ。命懸けで13階層までクリアしたヤツに今すぐ金払えなんて言わないよ」
なんだ……結構優しいじゃん。
「30万な」
「高っ!?」
「ふふっ。出張費用込みだから。じゃあね」
俺の反応を見た辰巳は笑いながら帰っていった。30万……? この前の倍じゃねぇか。せっかく管理者に宝石10個も貰ったのにまた金欠になるなこれは……。
思わずため息を吐いてしまう。ふと見ると、リレイラさんが俺の事をジッと見つめていた。
「そ、その……怪我してたから、辰巳君を呼んだんだ。もう遅いし……」
リレイラさんに言われてスマホを見ると、時間は21時を回っていた。確かに。リレイラさんが辰巳を呼んでくれなかったら朝まであの痛みに耐えなくちゃいけなかったのか。
「ありがとうございます。助かりました」
「うん……」
沈黙。何を話していいか分からない。ダンジョンにいる時はあんなにリレイラさんと話をしたかったのに。
でもなぁ……。
リレイラさんは恥ずかしそうに俯いている。羊のようなツノ、紫のサラサラした髪。ほんのり赤くなった頬……。なんだかその姿を見ているだけで俺も恥ずかしくなってしまう。
「無事に帰って来てくれて……嬉しい」
「あ、え……は、はい……リレイラさんの顔見たいなって思って……必死で……」
「そ、そそそそれは……う、うん……」
なぜだかお互い正座になってしまう。ガチガチに緊張していると、突然リレイラさんがズイッと俺の横に移動して来た。
「え!? ち、近くないですか……?」
「……ダメかな?」
う、なんだそのセリフ、その表情……!? ズルすぎる……!!
今まで仕事ができてクールなイメージだったリレイラさんがそんな甘えて来るような表情するとか、おい! 俺は恋愛レベル1だぞ! 一撃でやられるぞこんなの……!?
彼女は少し体を震わせた後、急に俺へ寄りかかって来た。
「ヨロイ君……」
リレイラさんが俺の片手をそっと掴み、抱きしめさせるように手を引いていく。俺の手が彼女の背中に回される。聞こえる彼女の鼓動、呼吸音、目の前がチカチカするような感覚がする。
こんな経験無いから……クソッ! 情けない話だけど、それが俺だ。仕方ないじゃないか。モンスターは倒せても、女性経験無いんだから!
ドギマギする自分が情け無くなって、自分に言い聞かせるように頭の中で言い訳をする。
「はぁ……」
彼女の悩ましい吐息に柔らかい感触、頭の奥に響く香り…………本当にマズイ。これは……展開が早すぎて頭が追いつかない。
だ、だが、ここまでされたのなら、流石に覚悟を決めるしか……。
意を決して彼女をギュッと抱きしめる。
「ひうっ……!?」
リレイラさんの体が僅かに震える。初めて抱きしめた彼女の体は……柔らかくて、暖かかった。
自分が抱きしめているはずなのに、俺が包まれているような、不思議な感覚……フルフルと震えていた彼女の体から急に力が抜ける。俺の首筋に彼女が顔を埋める。全身の神経がそこに集中して、ヒリヒリするような感覚がした。
これって、俺に体を預けてくれてるってことか?
「り、リレイラさん?」
「……」
返事が無い。え、コレって、待っていたりするのか。俺が、何かするのを。この先を……?
……ちょっと待て。抱き締めるだけでぶっ倒れそうなのに、その先? 早くないか!?
というか、できるのか? 俺に。
い、いや! そんな下心は……っ! でも、この状況……リレイラさんもそれを期待している? コレは逆に手を出さないのは失礼なのか? いやだが、もしそういうつもりが無かったらリレイラさんとの関係は最悪に……そんなの耐えられん。
だが。
だが!
もし、リレイラさんが待ってくれているのなら、それに応えなくてどうする!? お、俺が彼女を受け止めない道理はあるか!? 彼女を傷付けまいとすることが、逆に彼女を傷付けるかもしれないんだぞ!? もし違ったら? この正直な思いを伝えれば許してくれる! 多分……。
「リレイラさん! 俺は……っ!」
抱き締めながら彼女の顔を見つめる。
「……」
彼女は、まぶたを閉じて意識を失っていた。
「き、気絶してる?」
さっきの「ひうっ……!?」って声は気絶した時の声だった……?
マジか。
……なんだか、無性に残念な気持ちになった。
◇◇◇
とりあえずリレイラさんを布団に寝かせて自分は畳に横になった。流石に寒いのでインナースーツの上から私服を来て、ダウンジャケットを掛け布団にする。
「すぅすぅ……」
リレイラさん、寝ちゃったな。昨日は交代で仮眠しただけだからリレイラさんも疲れてたんだろう。
彼女の寝顔を見ているとなんだか不思議だ。結構リレイラさんとは長く過ごしたつもりだったけど、寝顔なんて見る事無いもんな。
俺も目を閉じる。ダウンジャケットを被ってる所はいいが足元が寒い。風邪ひかないようにしないとな。
そんな事を考えると、リレイラさんがポツリと呟いた。
「うぅん……むにゃむにゃヨロイ君……」
んん? 寝ぼけてるのか?
彼女を観察していると、急にその手が伸びて俺の腕を掴んだ。
「こっちにおいで……ヨロイ君」
「え、あ、ちょっと!?」
目を閉じたままリレイラさんが俺の手をグイグイ引っ張って来る。散々迷ったが、離してくれないので仕方なく俺も布団に入った。
「ヨロイ君……がんばったね……」
彼女に抱きしめられる。頬の辺りに柔らかい感触が……こ、これ寝れるか、俺……。
離れようとする度にリレイラさんがギュッと抱きしめて来て離れられない。しばらく脱出を試みたが、最終的に諦めてしまった。
「良かった……良かったぁ……」
「……リレイラさん」
目を閉じるとリレイラさんの匂いがする。なんだかすごく安心して、急激に眠気に襲われた。
……今回は特にヤバかったしな。管理者や26階のこと、色々話す事はあるが、とにかく今は、眠い……。
俺は重い瞼を閉じて眠りに着いた。
次回、最後の攻略準備をする2人。しかし、管理者が言っていた歪みの影響は徐々に大きくなっていて……?




