第31話 管理者の過去
ヘイムガルを倒して、しばらく仰向けで倒れていると光の球体がフワフワと俺の上を飛んでいた。それが2つ3つと増えていき、円を作る。やがてその円の中で闇の渦が生まれ、亜空間の門が現れた。
『また話せなくなるのか……』
リレイラさんが元気の無い声で呟いた。亜空間の中では探索者用スマホでも連絡が付かなくなる。さっきのヘイムガル戦の時も心配かけたしな……。
立ち上がろうとした瞬間、リレイラさんの声が聞こえた。
『……待ってるから。帰って来たらまずは怪我も治療しないと』
それとほぼ同時に激痛が走る。
「んぎぃっ!?」
『だ、大丈夫か……!?』
「な、なんでもありません……」
俺はリレイラさんを心配させないように亜空間の門を潜った──
◇◇◇
門を抜けた先、真っ暗な中にある階段を慎重に歩いていく。ズキズキと痛む脇腹。回復薬もちゃんと使った訳じゃ無いしな……ここを出たら辰巳の所へ行くしかないか。
そう考えて階段を降りると、そこではフード野郎が黄昏れていた。近付こうとした時、フード野郎は目深に被っていたフードを降ろした。
プラチナみたいな色をした長い髪がさらりと揺れ、その顔が露わになる。フード野郎は鋭い眼で、どことなくリレイラさんに似ているような、とんでもない美女だった。
彼女は憂いを帯びたような顔で遠くを見つめていた。
「アンタ女だったのか」
「前回、貴様と話して少しだけ自分を取り戻したのだ。管理者としての役割は我から様々な物を失わせる故……」
その声もこの前までのボイスチェンジャーのような声じゃない。少しハスキーな女の声だった。彼女は俺を見据えて凛とした表情になる。
「よくヘイムガルを倒した。ヤツは元々予定していた番人では無かったが……それを攻略するとは思わなかったぞ」
「予定していなかった? どういう事だ?」
「このダンジョンは【時空の歪み】によって出現している。いや、むしろ歪みそのものと言っていい。ヤツが現れたのはつい先日の事だ。歪みの影響が増したのだろう」
「え、じゃあフレクシルドが効いたのは偶然かよ」
「いや、我が渡すアイテムは因果律を収束させ、手元に引き寄せる性質がある故……結果として効果は発揮するのだ」
因果律? 収束? なんじゃそりゃ。
「全く意味が分からねぇ……」
だけど、時空の歪み……か。リレイラさんの話でもそう言っていたな。時空の歪みによってグンマダンジョンは現れたって。
ズキズキと痛む脇腹を押さえて階段に座る。俺は痛みよりもこのダンジョンのルーツに興味が湧いていた。俺の好奇心だけじゃない。これを突き止めればリレイラさんの役にも立てると思ったから。
「そもそもなんで時空の歪みなんてものが発生したんだ?」
「……」
女が沈黙する。なんだ? 言いたく無いってことかよ。
しばらく待っていると、彼女は再び口を開いた。
「この時代より10年先の未来。時の迷宮というダンジョンが起動する。それによりこの時間軸が乱れ、それを正す為にこの世界は【歪み】を生み出した。ある歪みは存在しないはずのモンスターを出現させ、またある歪みはダンジョンとなった」
時の迷宮……聞いた事も無い名前だな。有名なダンジョンなら俺も名前くらいは知ってるはずだ。だが、未来の影響がここに? よく分からないな。
女が息を吐き、言葉を続ける。
「このダンジョンは歪みの中でも大きい。ここを放置すれば貴様達へ与える影響は計り知れないだろう」
な、なんか壮大だな……。
「ん? だけどよ、その原因はなんで起動したんだ?」
「我だ」
「は?」
「この時代より10年後の我。今の我から見て過去の我が時の迷宮を起動した。この歪みの管理を担っているのはその【罰】だ」
10年後のこの女? 目の前にいるコイツより過去の?
余計頭が混乱して来る。コイツは一体何を言ってんだよ……。
だけど、これだけは確かだな。
「じゃあお前が全部悪いんじゃねぇか」
「……そうだ」
狼狽えもせず、言い訳もせず、淡々と語る彼女。開き直っているようにも見えない。彼女からはただ哀愁のようなものを感じた。
言っている事は壮大すぎて頭が回らない。回らないが……なんとなく気になった。なぜそんな大層な事をやったのか。
「なんかそれをやる理由があったんだろ? 教えろよ」
「……我は、虐げられる存在として生まれた。同族である事の証を持たない存在。お前達の言葉でいう突然変異という存在だ」
「突然変異? 虐げられる?」
彼女を見てみる。俺が見ると、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた。うぅん……別に俺が見た限り普通の人間にしか見えないけどなぁ……。
「その証を持たずに生まれた者は、仲間達から同じ種族として扱われぬ。我は身分が高く生まれたため、それでもなお抗う事ができたが」
「ふぅん。差別ってヤツか?」
「……酷いものだぞ。同じ突然変異でも身分が低い者は捕まれば売り払われ、道楽で殺され、実験体とされる。とても見ていられなかった……」
彼女が両手を見つめる。その手は震えていた。そんな話聞いた事もないな。もしかして、リレイラさん達みたいにこことは違う異世界での話なのかもしれない。
「最も辛かったのは焼き討ちされた突然変異達の村で……黒焦げになった赤子を抱き上げた時だ。我も弟を抱き上げた事がある。あの時感じた生の喜びが全て……絶望へと変わってしまった」
彼女はその手を硬く握り締めた。
「時の迷宮、その力を使えば悲しみを元から無くせると思った。同じ突然変異の仲間達の悲しみを……消す事ができると思った。だから我は……」
それでそのヤバい力を使って何とかしようとしたってことか。でも短絡的じゃねぇか? その時の迷宮ってのが俺達の世界で起動したのなら、関係無い俺達も巻き込まれた事になるし。
「短絡的だとか他の方法があっただろとか思ったであろう? そんな物全て試したわ。何百年とかけてな」
急にフランクな様子で女が肩をすくめる。
……クッソ、美人だと分かってもやっぱりムカつくな、コイツ。
しかし、当の本人は再び悲しげな顔になって言葉を続けた。
「だが……そうだ。そうであろうな。だからこそ、罰を受け入れている。我は時空の歪みが全て消えるまで決して死ねない。唯一愛していた弟と会う事も……あの子だけを見ていれば良かった。何も知らずに生きていれば、我は……」
女が目を伏せる。その姿が無性に哀れに思えた。
「もはやこの亜空間から出る事も叶わぬ。歪みが全て消えるその日まで、何千何万という時を贖罪に当てるだけだ」
「このダンジョンで死んでる探索者もいるけどな」
「……時空の歪みはその時代に生きる者にしか消す事ができぬ。我はそれを見届け、ほんの少し手助けすることしかできぬのだ」
それがスピルギニョルやフレクシルドっていう特殊アイテムって事か。直接攻略情報を伝えないのは、伝える事で歪みに影響するとかいう理由かもしれねぇな。
「もう良いか? 我は己の役割に移りたいのだが」
……この女はいいヤツでは無いが、少なくとも今は何か悪さをする気は無いって事か。このダンジョンの存在も、彼女の意思とは関係無く発生しているということかもな、多分。
もう聞きたい事は無いと告げると、女は黒い宝箱を出現させた。それが掻き消え、アイテムが現れる。
回復薬が2本、魔力回復薬が2本、宝石が10個……そして、新たな武器が。
その武器は手斧だった。だけど両手で使うにしてはヘッドが短いし、片手で使うには持ち手が微妙に長い。何だか使いにくそうだな。
「いつもみたいに自分で効果を見つけろってことか?」
「そうだ。そしてこれが最後のカケラ……受け取るがいい」
女が手をかざすと、3本の小さなカケラが現れる。それが俺の持つ細長いカケラと合わさり、カケラが鍵の形になった。
「次の攻略が最後の挑戦となろう」
女が魔法陣を出現させる。そこに乗って女を見ると、彼女はまたポツリと呟いた。
「歪みの影響が大きくなっている。時間はさほど残されていないと思え」
「大きくなるとどうなるんだ?」
「……通常、歪みは大きくなってもあるべき姿へ修正される。だが、ここまで大きな歪みは初めてだ。臨界点を超えた段階で歪みの規模が急拡大し、貴様達の生活圏をも飲み込むかもしれぬな」
「ま、マジ?」
最後に重要な事を言うなって!
文句を言おうとした時、俺の視界は光に包まれた。
次回、リレイラの元へ帰る461さん。告白後の2人の様子を見てやってください。
※手違いで予約時間がズレておりました。申し訳ございません




