第30話 【ボス戦】邪精霊ヘイムガル
慎重に階段を降りる。ここまではいつもと同じだ。あのメッセージ……一体なぜあんなのが残っていたんだ?
それにしても暗い。照明魔法を発動して部屋の中央に投げる。照明魔法に照らされても、部屋の全体像が見えない。真っ暗な空間に床があるだけだ。何処となく、管理者のいる亜空間に似ている。
そう思った直後、上の暗闇から何かがゆっくりと降りてくる。大きな塊。表面がボコボコと盛り上がっていてヌメリがあるような……ソイツは、表面がウネウネと動くだけで一切動こうとしない。なんだありゃ。
『……嘘だろ。なぜ……あんなヤツがいるんだ』
リレイラさんの声が緊張感を帯びる。この反応……ヴァルガードの時に似ている。って事は異世界にいる強力なモンスターって事か?
「教えて下さい。アイツが何なのか」
『……邪精霊ヘイムガル。ヘイム兵を生み出す呪いを残した張本人だ。我らの世界で200年前に倒されたはずなのに、なぜ……』
「普通のモンスターとは違うって事ですよね?」
『我らの世界でも倒された1体しか観測されていない』
「……へぇ」
面白いじゃん。
急激に全身に血流が回る気がした。初めての敵、固有種、伝説……その全てに心が高揚する。ここ最近はグンマダンジョンにも慣れが見え始めていた。こんなヤツと戦えるなんて最高じゃねぇか。
「アイツと戦うのに気を付ける事あります?」
『ヤツは無数の眼で構成されている。その目から放たれる魔法には絶対当たってはいけない。仮面を使わなくてもヘイム兵にされる」
……なるほどな。もしかしたら、ここに来るまでに戦ったヘイム兵はコイツ自身に負けた奴らなのかもしれないな。
『だが……その反面、眼がヤツの弱点だ。我らの世界でもヤツの目を全て潰して倒したと言われている』
眼か……攻略法も分かっているなら後はヤツの行動パターンを読み取るだけだ。
「……行くぜ」
ヤツへ近付く。あの蠢く塊。眼が無数にある……か。近付いて攻撃するには魔法を掻い潜る必要がある。恐らくそれにフレクシルドを使うってのが正規の攻略法だな。
まずは先制攻撃してみるか。
マジックバッグからアキドゥスフィアを取り出す。遠距離の中ではこれが1番即効性があり威力も高い。これで……。
野球のように振りかぶり、アキドゥスフィアを全力で投げ付けた。
「オラァ!!!」
黒い外殻に包まれた酸がヘイムガルへ直撃──。
「……!!!」
突然、塊から太い触手が伸び、投擲したアキドゥスフィアを絡め取った。その触手は、アキドゥスフィアを威力を殺して受け止め、あろうことか俺に投げ返して来た。
「……マジかよ!!」
ローリングしてアキドゥスフィアの直撃を回避する。瞬間、塊を埋め尽くすほどの眼が開き、ヘイムガルが叫び声を上げた。
「キィィィィィアアアアアアアアアアアァァァァァァアアア!!!!!」
『……な!?……触手なんて……ヨロイく……!!!』
甲高い悲鳴のような鳴き声。そのせいでリレイラさんの声が聞き取れない。ヘイムガルが叫び声を上げながら触手を叩き付ける。サイドステップで避けると、地面にビシリとヒビが入った。この攻撃はリレイラさんは言っていなかった。目の前にいるコイツの固有攻撃なのかも。
ヘイムガルの体の下に無数の触手が現れ、地面を這うように迫ってくる。左右に位置する一際大きい触手、ヤツはそれを俺に叩き付けた。
「ヤベェなおい!」
部屋を走り回り、触手の叩き付けを避ける。ヤツの叫び声は止まる事を知らず、相変わらずリレイラさんの声が聞き取れない。
……俺1人でやるしか無いか。
「キィアアアアアアアアアアア!!!」
ヘイムガルの眼の1つが緑色の光を放つ。直後、緑色の球体が俺に向かって発射された。
「リレイラさんの言ってたのはこれか!!」
フレクシルドを展開する。球体に向けて盾を合わせ狙いを付け、その攻撃を打ち返した。
「オラァ!!!」
フレクシルドが光を発し、ヤツが発射した球体を打ち返す。真っ直ぐヘイムガルへ打ち返された球体は、ヤツの眼に直撃した。
「ギィアアアアアアアアアア!!?」
ヘイムガルの眼の1つが潰れる。まだ数えきれない程の眼が残っているがこれなら時間をかければ対処できそうだ。
「キィアアアアアアアアアア……!!!」
ヘイムガルが2本の触手を天井へ向け、天を仰ぐような仕草をする。その直後。空中にヘイム兵達が被っていた仮面が現れ、ヤツの眼に張り付いていく。その数は増え続け、あっという間にヘイムガルの眼が仮面に隠されてしまう。
「……マジか」
「キィアアアアアアア!!!」
ヘイムガルが右の触手を薙ぎ払う。回避して部屋の中を全力で走る。
クソ、触手の攻撃避けながら観察するの厳しいぞこれ……。
考えた瞬間、脇腹に触手が叩き付けられた。
「ガッ……!?」
体が吹き飛ばされて床に転がる。ヤバ……油断した。息ができない。視界が点滅して状況が確認できなくなってしまう。
『……君!! ヨロイ……!! 追撃……!!』
ヘイムガルの金切り声でよく聞こえないが、今確かにリレイラさんは追撃と言った。地面を転がって移動する。転がった瞬間、俺のいた場所に触手が叩き付けられ、地面に亀裂が入った。当たったら終わりだな、これは……。
次の攻撃が来る前に無理やり立ち上がる。肋骨がやられた……前回の痛みの比じゃないぞ、これ。
「キィアアアアアアア!!!!」
無茶苦茶に叩き付けられる触手。幸いな事に、吹き飛ばされた影響でヤツの攻撃範囲外にいるみたいだ。なんとかバックステップやサイドステップという最小限の動きで攻撃が避けられる。
だが……このまま追い詰められたらマズイ……。
「キィアアアアアアアアアア!!!」
ヘイムガルが一際大きな鳴き声を上げると、ヤツの付けていた仮面達が周囲に浮き上がった。
「キィアアアッ!!!」
再び現れた目から魔法が放たれる。アレに当たればヘイム兵にされてしまう。ここで当たる訳にはいかない。
「ぐ……っ!?」
無理やりフレクシルドで魔法を弾く。脇腹に激痛が走り狙いが定まらないが、何とか弾き返した。
が、空中に浮いていた仮面の一部が集約し、魔法を打ち返した。
「打ち返してくるのかよ……!?」
もう一度フレクシルドで弾き返して階段に向かって走る。走りながら、マジックバッグからアキドゥスフィアを取り出して後方の床に叩き付ける。酸が飛び散り、俺を追いかけていたヘイムガルが怯む。そのまま複数のアキドゥスフィアを床に叩き付けて、降りてきた階段の影に隠れた。
「はぁ……はぁ……」
角から覗き込む。ヘイムガルは酸を警戒して立ち止まっているが、そのうちあそこを避けて攻撃してくるだろうな。
まずは回復しねぇと……。
鎧を脱いでる時間は無い。ヘルムを外して胸部アーマーの隙間から中に回復薬を流し込む。流れた回復薬が患部にかかり、ジュウジュウと傷を回復させた。
「完全回復ってわけじゃねぇが、さっきよりマシなはずだ……」
インカムを押さえてリレイラさんへ声をかけてみる。アイツの鳴き声がうるさい。やっぱり聞こえねぇ。
「はぁ……はぁ……」
……こんなところで俺は死ぬ訳にはいかない。ぜってぇアイツを倒す。倒して、リレイラさんの所に戻る。戻ってみせる……!!
だけどどうする? ヤツは仮面で魔法を打ち返す。それを本体の眼球に押し返す方法はあるのか?
「どうすりゃいい。ヤツの攻撃を跳ね返してもそれがまた跳ね返される。それだけに集中していたらまた触手にやられるぞ」
ん?
跳ね返す……か。
頭にイメージが湧く。あの仮面で跳ね返すなら、それを無理やり突破すれば良いんじゃねぇか?
ヤツの方が圧倒的に図体がデカい。なら、俺はヤツの部位をどこだって狙えるって事だ。
必死に頭を回転させる。自分の持つ武器と、アイツのモーションから攻略法を導き出す。足りない部分は俺が無茶するしかねぇ。
「……絶対勝つ」
血液が沸騰しそうな感覚がする。だけどそうしていると、不思議と自分の思考に集中できた。ヤツの金切り声も聞こえなくなって、集中力が研ぎ澄まされていく。
「うおおおおお!!!」
階段を飛び出す。酸が尽きて通れるようになったのか、ヘイムガルがこちらへ向かってくる。マジックバッグからクロウスラッシャーを取り出し、左手にフレクシルドを構えた。
その状態で室内を駆け抜け、ヤツの触手攻撃を避けていく。
「キィアアアアアアアアアア!!!」
痺れを切らしたヘイムガルが仮面を空中に浮かす。そして、1番俺に近い眼球から魔法を放った。
「悪いが突破させて貰うぜ!!!!」
ヤツの魔法を弾き返す。緑色に光る球体がヤツの元へ向かう。ヤツの仮面が魔法を受け止めようと魔法の前に集約した。その影響で浮いていた仮面達の合間に空間ができる。そこ目掛けてクロウスラッシャーを投げ付けた。
「うおおおおおおおおお!!!!」
風の刃を帯びながら飛ぶチャクラム。ヘイムガルが慌てて仮面を操作しチャクラムを打ち返す。クソ、一撃じゃ無理か。
だが、ヘイムガルに迷いが生まれた。魔法とチャクラム、ヤツが2つの対象に向けて仮面を操作した事で、仮面の合間にさらに空間が広がる。
「ラァ!!」
先に返って来たクロウスラッシャーをフレクシルドで跳ね返す。
「ッ!? キィアアアッ!!」
広がった空間にチャクラムが入り込めそうだったが、後一歩の所でチャクラムを打ち返されてしまう。
「ちっ、またかよ」
だが、1つの事が分かった。ヤツはこのラリーと触手操作が同時にできない。その証拠に攻撃に使っていた太い触手は地面を踏み締めるのに使われている。それだけ仮面の操作が繊細という訳か。
「なら、無理やりこじ開けてやるぜ!!!」
再び打ち返されて向かって来る魔法とチャクラム。それをフレクシルドで跳ね返す。
「ラァ!!!」
弾き返した魔法とチャクラムがヘイムガルへ向かう。今度は2つの軌道を変えた。手が空いた瞬間、マジックバッグからさらにチャクラムを2枚取り出し、両手で回転させてヤツへ投擲する。
「追加してやるぜ!!」
魔法、チャクラム、2枚の新たなチャクラム。合計4つの軌道にヘイムガルが仮面を操作して対応する。
弾き返される魔法とチャクラム。俺は弾き返す度に攻撃の軌道を変える。この状況でヤツに明確な弱点が生まれた。ヤツの眼は全身を覆っている。俺はどこを狙ってもヤツにダメージを与えられるが、ヤツが狙えるのは一ヶ所しかない。ヤツに比べて小さな俺だけだ。俺は真っ直ぐに俺に向かう攻撃を弾き返す事に集中すればいい。
「キィアアアアアアア!!!!」
ヤツが苦し紛れに魔法を3発発射する。これはヘイムガルの判断ミスだ。自分から跳ね返す対象を増やすなんてよ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
魔法を4度打ち返す。攻撃する度に自分が不利になる事に気付かず、ヘイムガルはさらに魔法を追加した。
俺もクロウスラッシャーを2枚追加。飛んでくる魔法を打ち返し、チャクラムをも打ち返す。5枚に増えたチャクラムの起動。5発に増えた魔法の軌道。やがてヤツは襲い掛かる軌道に対応できず、その眼に魔法とチャクラムが直撃した。
「ギァアアアアアアアアアアアアア!!?」
喚き散らすヘイムガルはさらに魔法を発射する。それを全て打ち返し、チャクラムで仮面の防御を撹乱する。チャクラムがヤツの眼に直撃する、ラリーの途中で反射回数を使い切ったチャクラムが砕け散っていくが、その時にはヤツの眼はほとんどが潰れていた。残っている眼は1つだけだ。
「キィ……アア……」
眼を潰されたヘイムガルはヨロヨロと逃げようとした。
「逃がすかよ!!!!」
残り1つになったチャクラムを打ち返し、全力で走る。もはや力を使い果たしたヤツは触手で攻撃する事もできず、逃走しようとした。
「うおおおおおおおおらあああああああ!!!!!」
ヤツの眼に向かってショートソードを突き刺した。
「ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
最後の瞳を潰されたヘイムガルは、レベルポイントの光を溢れさせながら霧のように掻き消えた。
──レベルポイントを4000pt獲得しました。
「やったぜ〜!!」
仰向けに倒れ込む。倒れ込んだ瞬間、脇腹に激痛が走った。痛てぇ……痛いけど……やった。生きてる……生きてる!!
『ヨロイ君……ひぐっ……良かった……』
インカムの向こうから聞こえるリレイラさんの泣き声。今回はほぼ通信できなかった。心配かけちまったな。
だけど……。
『良かった……良かったぁ……』
俺のために泣いてくれる人がいるって、良いもんだな……。
次回、3度目の亜空間です。管理者の過去とグンマダンジョンのルーツが分かります。「バズり録」の方を読んでいる人は管理者の正体に気付くかも……?
ストックが無くなりましたので次回より、月、火、木、金の18:10投稿となります。どうぞよろしくお願いします。




