第26話 人間の成れの果て
攻略開始から6時間……俺はラタスラムやスコルピオスを倒しながら7階層へと進んでいた。そろそろ前回ボスと戦った階層だ。今回のボスは13階と聞いたが新しいモンスターが出るかもしれない。気を引き締めないとな。
「それにしても……」
このフロアはヤバそうだな。下を覗き込むと底の見えない深淵。その中にポツリポツリと柱が立っていて、それが吊り橋で繋がれている。
『吊り橋……か。不安定に見えるな』
「俺、分かるんですよね。この橋は絶対落ちるって」
『私ですら分かるぞ……』
こういう所は突然敵も出るのがお約束だ。ショートソードやクロウスラッシャー、ブレイズナイフで吊り橋のロープを切断したら笑えない。ここは比較的軌道が読みやすいベントナイフと切断する事のないトラネアウィップで行くか。
マジックバッグからベントナイフを2本取り出してナイフホルダーに入れていたブレイズナイフと入れ替える。ショートソードを鞘に戻し、右腰の武器ホルダーからトラネアウィップを装備した。
……これでよし。覚悟決めて行くか。
吊り橋を渡る。横幅1メートルほどの細い吊り橋。その中央まで来た時、橋の前後から人型のモンスターが現れた。
ちっ、挟み撃ちかよ。
ヨタヨタと不自然な動きをするヤツら。3本の線で笑顔が描かれた仮面を被った細身の人型モンスター……全身が包帯のような物でグルグルに巻かれており、その左手に仮面を握っていた。観察してみると、前方が男、後方が女のような体格をしていた。
「やっぱ現れやがったか」
「ふふふ……」
「ふふ……」
『ヘイム兵までいるのか……』
「ヘイム兵? なんですかそれ?」
『人間の成れの果てだ。あの仮面を装備させられるとヘイム兵にされるぞ。仮面に肉体を乗っ取られるんだ』
人間?
「殺っちゃっていいのかよ……」
『……あの仮面を付けた時点で既に死んでいる』
このダンジョンの未帰還者? それとも異世界人か? いずれにせよ、相手にして良い気持ちがする奴らじゃねぇな。
「だが、俺も死ぬ訳には行かないんだよ!!」
「ふはははは!!!」
「ははははは!!!」
気味の悪い声を上げながら、前後から同時に迫ってくるヘイム兵。奴らが走る度に吊り橋が揺れる。足元を踏み締めてみる。揺れるが何とか走れるか。
奴らは仮面に乗っ取られたと言っていた。冥闇騎士に近いが仮面という物理本体がある分倒しやすいはずだ。
「はははははは!!」
「うるせぇな!!」
走りながら前方のヘイム兵にベントナイフを投げ付ける。ヤツがナイフに気を取られた瞬間、その足元にトラネアウィップを放った。ヘイム兵の足に絡み付く鞭。思い切り鞭を引き込みヘイム兵を転倒させる。揺れる吊り橋。そこを全力で駆け抜け、背中の通常ナイフを引き抜く。起き上がろうとするヘイム兵の仮面にナイフを思い切り突き刺した。
「はっ!?」
グッタリと倒れ込むヘイム兵。レベルポイントの光が溢れ出したと思った瞬間、後ろからもう1体のヘイム兵に組み付かれた。
「はははははは!!!」
ヘイム兵が右手でヘルムをガシリと掴んで引き剥がそうとする。……組み付いて仮面を付けるのがコイツらの得意技らしいな。
揉み合いながら仰向けになる。ヘイム兵が馬乗りになって俺のヘルムを剥ぎ取った。女の体格なのに物凄い力だ。完全に人間の身体能力を超えている。
『ヨロイ君!?』
「大丈夫。何とかできます!」
左腕でヤツの被せようとする仮面から身を守り、右腰の武器ホルダーからスピルギニョルを抜く。
槍を鎧の腹部装甲に当て、槍を展開した。
伸びる魔法の槍。それが俺の体を支柱に女ヘイム兵の顔面に突き刺さった。
「ひ」
一言だけ声を発し、女ヘイム兵が俺に倒れ込む。体から漏れ出るレベルポイントの光を確認して俺はヘルムを取り返した。
吸収されたレベルポイント150pt。2体合わせると300pt……あの力から考えたら妥当か。前方のヤツを潰すと決めた時に組み付かれる事は覚悟していたがスピルギニョルがあって良かったぜ。
ちなみにドロップアイテムは……コイツからは特にドロップは無さそうだ。仮面も使えねぇし。
『もう! 危険な戦法はやめてくれ!! 帰って来たら説教するからな!』
アイテムを確認していると、リレイラさんが怒る声が聞こえた。
「えぇ……? すみませんって……」
『ふん!』
俺がどれだけ言ってもリレイラさんは文句を言っていた。だけど、スピルギニョルで倒したならこの先は危険度が減るはずだ。
「ひ……ひひひ」
女ヘイム兵の亡骸がムクリと起き上がる。コイツを先行させれば……。
◇◇◇
そこからは女ヘイム兵を囮に現れたヘイム兵達を処理しながら先に進んだ。そして柱から柱へ渡り、最後の柱にたどり着いた時、ある問題に直面した。
『橋が……無い……』
向こう側には下の階段に続く道が見えているのに、そこに掛かるはずの橋が無かった。
『どうする? 近くに使えそうな物は無いか?』
周囲を見渡す。俺の立っている柱に使えそうな物は無い。下を覗き込んでもやっぱり深淵。ジャンプでギリギリ届かなそうな絶壁が俺の立つ柱と階段のある通路を分けている。
「う〜ん。周囲の物じゃ何ともできなそうですね」
『何を持ってこんな構造にしたのか……謎だな」
もう一度目的の通路へと目を向けてみる。前方の壁に四角に切り抜かれたような空間。その先には階段がある。昔みた映画みたいに透明な通路とか無いよな?
試しにトラネアウィップを放ってみるが、やはりというか手応えが無い。当たり前か……。
……ん?
そういえば、トラネアウィップ、あの壁面に当たりそうだな。
もう一度トラネアウィップを放つ。すると、鞭の先端が向こう岸の通路にピシリと当たった。向こう岸に砂が浮いている様子は無い。石で作られた通路が続くだけだ。
もしかしたら、手に入れた「アレ」が使えるかも。
「お、飛距離は十分か」
『どうする気だ?』
「ちょっと思い付いたことがあるんです」
マジックバッグの中からスライムキューブを取り出す。トラネアウィップの先端30センチほどにキューブの中にある粘着性ゼリーを塗りたくった。
『まさか……』
リレイラさんも俺が何をするつもりなのか気付いたようだ。
「こうしないと先に進めないんで怒らないで下さいよ!」
鞭を頭上で回転させて思い切り放つ。鞭の先端が向こう岸の通路へと当たる。瞬間、鞭に塗られていた粘着液が固まり、しっかりと通路に固定された。何度かひっぱって固定されているのを確かめる。問題無いと判断した俺は、腰に鞭を巻きつけ、しっかりと結んだ。
『鞭で渡るつもりか……しかし、あの位置に固定すれば壁を登らなければいけないぞ』
「大丈夫! リレイラさんのおかげで自分の体ぐらいは支える体力ありますから」
鞭をしっかりと両手で握る。頼むぞ……。
「うおおおおおおおお!!!」
全力で走ってジャンプする。一瞬の浮遊感のあと、ギシリと鞭に張りが生まれる。俺はそのまま向こうの壁に着地した。90度反転した視界。両足に伝わる衝撃。鞭を伝って通路まで登って行く。
「落ちるなよ〜……」
祈るように登り、俺は通路へと這い上がった。
「はぁ……はぁ……やったぜ〜!」
『まったく……無茶をするな君も……』
呆れるようなリレイラさんの声。だけど、先程のような怒っている口調じゃない。彼女はポツリと「考えたな」と褒めてくれた。
『しかしトラネアウィップはどうするんだ? ここで捨てて行くのか?』
「まさか! まだ使用回数20回近く残ってるんでそんなことしませんよ。こうするんです」
俺は、床に張り付いているトラネアウィップへ肩に背負っていたシャドウソードを叩きつけた。壁すら切り裂く影の斬撃は、床に張り付いた鞭を、スッパリと切断した。
「ほら、これで大丈夫。若干短くなりましたが問題無いです」
『ふふっ。本当にダンジョンのことになると発想力がすごいな、君は』
リレイラさんの機嫌も元通りだ。とにかく、この先からさらに厳しくなるだろう。気を引き締めて行くか。
俺は、8階階層へと降りた。
次回、超絶便利アイテムだったスピルギニョルに異変が……?




