閑話 リレイラ、保健体育を学ぶ。
〜リレイラ〜
昨日遅くまで攻略していたから、ヨロイ君に今日1日は準備に充てなさいと伝え、私は宿を出た。治癒師の辰巳君から呼び出しがあったからだ。
辰巳君のいるビルに向かって歩いていると、何人かの探索者とすれ違う。私に気を止めない者もいれば、避けるように道の端に避難する者もいる。
(うわっ!? やっぱホントだったんだ。魔族が来てるって)
(やめろって。目を付けられたら大変な事になるぞ)
「……」
嫌われているな、私は。
目的のビルの2階に上がり、ドアを開けると診察室から怒号のような声が聞こえた。
「ホラ動くな!! ホントに死ぬよ!!」
「がぁ!? あ゛っ!?」
男性の苦しむような声と辰巳君の怒号が響く。私の入った待合室には他にもう2人探索者がいた。彼らは私に目もくれず、処置室の方を見つめていた。
彼らの目に留まらないよう部屋の隅に座り、辰巳君を待つ。待っていると、やがて声がおさまり、辰巳君が処置室から出て来た。肩まで伸びたショートヘアに疲れたような仏頂面。美人なのに何だか近寄り難い雰囲気の彼女が。
「はい、これで何とか大丈夫。サダリゲイトに喰われた脚をよく取り返したね。無かったら治せなかった」
「はい……」
「ありがとうございます。先生……」
「やめて。私はそんなんじゃないよ」
泣き声を上げ続ける探索者達。彼らは辰巳君に料金を支払うと、治療を受けていた男性を連れて外へと出ていった。辰巳君は彼らを見送った後、扉にかけられていた看板をクルリと返し「休憩中」という文字を表に向けた。
「呼び出したのに待たせて悪かったね」
「特に気にしない。それよりすごいな……失った脚を治すとは。そこまでできる治癒師はこの世界で見た事がない」
「……部位接合は運だよ。今の彼は運が良かった。それだけ」
辰巳君は寂しそうな顔をした。それで悟る。きっと今まで運が無かった者達も沢山見てきたであろうことを。
「それより、奥へ来て」
彼女へ通され処置室の奥へ。そこは休憩室と書かれていた。人が住むには広い部屋に、中央のテーブルと4つのイス。部屋の奥にはついたてがかけられ、ベッドやら荷物やらがごちゃごちゃと置かれている。生活感あるその様相は、彼女がここで生活しているのだと感じさせた。
中央のテーブルに座る。辰巳君が出してくれたコーヒーを一口飲むと、彼女は窓をぼんやりと見つめながら呟いた。
「さっきの奴らは2階層でサダリゲイトというワニ型モンスターにやられたんだ。あの腕前じゃ、きっと3階層のボスと戦ったら死んでいただろう」
「彼らはもう挑まないのか?」
「目を見れば分かる。アレはもう無理だ。聞けば今朝初めて挑んだらしい」
初めて……グンマダンジョンの噂を聞き付けた者達か。そういえば、ここに来るまでにも今まで見なかった探索者がチラホラいたな。
「ヤダヤダ。これから忙しくなりそうだ」
辰巳君は肩をすくめると私を見た。
「それでアンタを呼んだ理由だったね。アンタの担当してる探索者、アイツもう7階層のボスまで進んだんだろ?」
「ああ。冥闇の四騎士というボスを倒した」
「そろそろキツくなって来るはずだよ。準備はしっかりさせるんだな。それと……」
彼女は電話番号の書かれた紙を差し出して来た。
「これはアタシの私用携帯だ。ヤバい状況になったらいつでも電話してきな。寝ていたら叩き起こしてくれて構わない」
「なぜ、私に言うんだ?」
「461だったか? あの兄さんに言うよりアンタに言った方が安心だろ?」
「そ、そうかな? それに直接言わなくてもここの連絡先は知っていたし……」
「治癒師の私用連絡先だ。信用できる者にしか渡したくはない。だから渡す時は直接と決めているの」
そうか……そうだな。確かに。治癒師の連絡先なんてどんな悪用のされ方をするか分からないしな。不特定多数に知られたら呼び出しで彼女の生活はめちゃくちゃになるかもしれない。
「だがなぜ私なんだ? 私は魔族なのに……」
「アンタみたいな探索者想いの魔族も珍しいよ。だから信用できるの」
「私は、別に……そんな事は……」
探索者想い? 私はただヨロイ君に死んで欲しくないだけだ。会えなくなったら……その、寂しいじゃないか。
「担当の探索者が腕を折ったと血相を変えて飛び込んで来たのはどこの魔族だったかな? あの兄さんを連れて来た時は平静を装っていたが、流石に笑いそうになったぞ」
辰巳君はコーヒーを飲みながらニヤリと笑みを浮かべる。私はあの時そんなに慌てていただろうか……?
「仲も良さそうだし、どう見ても普通の担当と探索者の関係性じゃない。惚れてるのか?」
「惚れてる? それはなんだ?」
辰巳君は「え」と言って怪訝な顔をした。
「好きって事だよ。異性としてな」
「好きとはなんだ?」
「え゛」
辰巳は石のようにビシリと固まった。
「魔族はどうやって増えるのさ? まさか単一生殖とか言わないよな……?」
「私達の世界でか? 街に住む者達は自分の眼で相手を探し、結婚して子供を産む。だが、私の住んでいた場所は辺境だったから適齢期になると結婚相手は周囲の者が決めるんだ」
答えると、辰巳は口元に手を当ててブツブツと呟いた。
(結婚の概念に、子供を産むという言葉まであるのなら、私達と同じだろうな。そうなるとこの姉さんが……)
「何か言ったか?」
「い、いや。ちなみにアンタにはいたのか? 相手」
「私は適齢期になる前にこちらに来たからな」
「……そんなこともあるのか。それならそういう感情を知らなくても仕方ないのか……? いや……どうなんだ?」
辰巳が考え込む。何を考え込んでいるんだろう?
辰巳は、ひとしきり考えこんだ後、恐る恐るといった様子で私を見た。
「……子供の作り方は分かるか?」
「作り方? 結婚すれば自然と産まれるのではないのか?」
答えると辰巳は「マジか」と呟き、眉間を押さえた。
「単純にアンタが超が付くほどの世間知らずという訳か……」
その物言いにムッとしてしまう。私はこれでも管理局では成績優秀者に数えられているのだぞ。
「私は辺境貴族の出身だし、確かに人付き合いには疎いかもしれない……だが、勉学は真面目にこなしていた。魔力や魔物に関しても。世間知らずという言葉は訂正してくれ」
「いや、アンタが勉強不足なのはもっと生物的なものだよ……」
「生物的?」
「はぁ……来な、待合室にレディースコミックがある。アンタに教えてやるよ。恋愛、結婚、子供の作り方もさ」
「そんな事を学べるのか?」
「ま、あまり適切な図書ではないけど……真面目そうなアンタにはちょうどいいんじゃないか?」
呆れたような顔をする辰巳とは裏腹に、私はワクワクした。いつでも未知の知識を得るのは楽しいからな。
その後、辰巳は漫画を用いて保健体育というものを懇切丁寧に教えてくれた。
……。
そ、そんな世界があったのか……お父様もお母様も誰も教えてくれなかったぞそんなこと……!?
というか、そうなると昨晩ヨロイ君と温泉に一緒に入ったのって……。
「わ、わあああああ……」
私の顔が火が吹き出しそうなほど熱くなる。思わず机に突っ伏してしまった。
「なにかやらかしたの?」
「気にしないでくれ……」
辰巳君が怪訝な顔をするので私は無理やり話題を変えた。
いずれ離れなければならないけど、彼をこんな風に思っていたと気付けて良かった。これからはもっと彼に優しくしよう……。
私の胸の奥は、締め付けられるような、温かいような気持ちで溢れた。
次回は461さん準備回です。リレイラさんの様子もちょっと? 変なようです。
本日より1日3話更新です。本日は12:10、15:10に投稿致します。




