第22話 461さん、うっかりリレイラさんと温泉に入ってしまう。
ダンジョンから宿へと帰って来た俺は、着替えをすませてリレイラさんと近くの日帰り温泉に行った。リレイラさんが期待したようにチラチラと俺の事を見ていたから俺の方から誘った。約束したのは俺だから。
時間は夜11時。朝の喫茶店での会話でリレイラさんが落ち込んでいたから、人が少ない時間を選んだ。幸い、ネットで調べると少し離れた山の中に遅くまで開いている温泉があった。こういう時、遅くまでやってる場所があると助かるな。近くと言っていたけど結構山の中にあったことに違和感があるけど……。
ひっそりとあった建物。そこは誰もおらず、入り口の所に白い木製の箱が置いてあるだけだ。よく見ると、小銭が入る切れ込みがあって「500円」と書いてある。
なんだ? 料金は箱みたいなのに入れるスタイルか? しかも安いし……。
まぁでも、ネットにはタオルを持参するタイプって書いてあったしこんなもんかもな。
小銭がないので2人分の1,000円を箱に入れ、リレイラさんと別れて「男」と書かれたのれんをくぐる。服を脱ぎ、タオルだけ手に取って脱衣所から木製の引戸を開けると、ガラガラという音と共に冷たい風が吹き込んだ。
「さ、寒すぎるだろ……っ!?」
シャワーを捻るが水が出て来る。こ、これは湯になるまで耐えられないぞ……っ!?
慌ててかけ湯をして、乳白色の湯船に浸かる。ゴツゴツした岩の感触がちょっと痛い。でも熱い湯のおかげで一気に生き返ったような気がした。
「は〜……めちゃくちゃ気持ちいい……」
ヴァルガードから冥闇の四騎士までずっと気を張ってたからな……こうやって温泉に入ったおかげでやっとリラックスできた気がする。次攻略したらまた入るかな。
などと考えた次の瞬間。
「え、本当に……これで合っているのか……? 普通男女で分けられてるものだと見た気がしたのだが……」
引戸から、リレイラさんが顔を覗かせた。
は?
え、ちょっと待て。待て待て待て。なんでリレイラさんが? え? ここって……。
そこまで考えて、今朝自分が考えていた事がふっと思い浮かんだ。
──山奥に行くと混浴温泉があるとかで、今のご時世そちらはほとんど人が寄り付かないらしいが……。
──山奥に行くと「混浴温泉」があるとかで、今のご時世そちらはほとんど人が寄り付かないらしいが……。
──山奥に行くと混浴温泉があるとかで、今のご時世そちらはほとんど人が寄り付かないらしいが……。
頭の中で3回復唱した。
しまった……!? 夜遅くまでやっている所を探していたせいで混浴である事を完全に忘れてた!?
「寒い……は、入るぞ!」
「あ!? ちょっと!?」
寒さに耐えかねたのか、リレイラさんが意を決したようにこちらへ一歩踏み出す。咄嗟に岩の上へ置いていたタオルを腰に巻いた。本来、温泉のマナーではタオルは湯につけてはいけないと聞くが、ここは混浴なのだから、これくらいは許してくれるだろう。というか俺がこうしないと無理!?
タオル一枚のリレイラさんが体を震わせながら歩いて来る。
へ、平常心だ、俺……ここで慌ててはいけない。そうだ、ゴブリンの事を考えよう。そうすればそんな気は……。
「し、失礼するよ……」
リレイラさんが湯船に片足を入れる。目を背けようとして、彼女の姿から目を背けられなくなってしまう。
後ろで留めた長い髪、白い肌に、整ったスタイル。タオルを巻いても隠しきれない……その……こ、これ以上はダメだ……っ!!
ハッと我に返って目を背ける。リレイラさんは、俺の隣に浸かると、艶っぽいため息を吐いた。
「はぁ……生き返る……これが温泉か……」
「す、すみません……混浴だって事忘れてて……わざとじゃないんで……」
「混浴? 混浴とはなんだ?」
リレイラさんが首を傾げる。男女が一緒に入る風呂の事だと教えると、彼女は納得したように頷いた。
「なるほど、それじゃあ私が見た温泉の説明は正しかったんだな」
ん? なんだこの反応? なんか全然恥ずかしがって無い感じがする。
ふと頭の中に昨日の事が浮かぶ。俺が脚を触ってしまってもケロッとしていた彼女の事が。
もしかして……リレイラさんってそういうのに疎い人なのか?
「……」
彼女が俺の事をマジマジと見つめていた。
「え、なんですか?」
「あ、いや……男性とはそのような体つきをしてるのかと思って」
リレイラさんは間の抜けたような声を出した。そして、観察するように俺の事を見て来る。彼女と目が合った瞬間、俺の顔は一気に熱くなった。無意識のうちに彼女の事を見てしまっていた自分に気が付いて。
「す、すみません!? 」
「? なぜ謝るんだ?」
人間とは不思議なものである。相手が冷静だと余計に恥ずかしくなるんだなと感じた。
「そういえば……温泉に入る時はヘルムは外すんだな」
「錆びたら嫌なんで」
異世界金属のあのヘルムはそう簡単には錆びないのだが、人もいないだろうし良いかなと気が緩んでいた。
ふと見ると、リレイラさんが俺の方を見つめている。どこを見ているのか視線を追うと、肩の傷跡をジッと見つめていた。
「それ……」
「ああ、ヴァルガードの時のですよ。傷は回復薬で治ったんですけど、跡は残りました」
「そうか」
温泉の水面が揺れる。それが、リレイラさんが俺に近付いたのだと気付くのに数秒遅れた。
彼女は俺の肩を悲しげな顔で見つめて、そっと手で触れた。突然彼女の手の感触が伝わりビクリと飛び上がりそうになる。彼女は小さく「ゴメン」と言うと、俺の顔を見上げた。
「いつもがんばっているんだね」
「いや、俺は別に……好きなことしてるだけだし……」
「私は知ってる。君のがんばりを」
リレイラさんは、熱っぽい表情で俺を見つめた。
「今朝、私の事を気遣ってくれただろう?」
今朝……あの喫茶店か。
「嬉しかったんだ。君が魔族の私に優しくしてくれるのが」
俺は恥ずかしくなって視線を逸らした。そして、迷った末、今まで思っていた事を言う事にした。
「リレイラさん。俺が初めてダンジョン管理局に行った時、どんな気持ちだったか分かります?」
「ダンジョン管理局に来た時?」
リレイラさんは思い出すように口元に手を当てた。
「俺、探索者になりたいって言った時、親に鼻で笑われたんですよ。『お前には無理だ』って」
そう、酷いもんだよな。散々出て行けって言った割にお前は考えが甘いだの、何も分かって無いだの……結局、探索者になったと同時に飛び出しちまったな……。
「でもリレイラさんだけは違った。リレイラさんは『今の君には無理だ』って言ったんです。それで、次の日から俺を鍛えてくれた」
「……そうだったな。君は今にもモンスターの餌食になりそうなほど弱々しかったから」
「ちょっ!? 今真面目な話してるんですけど……」
「ふふっ、すまない。つい……」
リレイラさんが面白そうに笑いを噛み殺す。彼女が笑うのも無理は無い。俺は今よりももっとヒョロくて、きっとあのままダンジョンに挑んでいたら真っ先に死んでいただろう。
「リレイラさんは俺を探索者として生き残れるようにしてくれて、いつも心配してくれて……だから俺はリレイラさんの事を世界で1番信用してます」
「ヨロイ君……」
言っていて恥ずかしくなってしまう。このみなかみに来てから特にそうだ。彼女を意識してしまっている自分がいる。リレイラさんが、色んな顔を見せてくれるから。
彼女が俺の頬に手を当てる。
「私は、ずっと君とダンジョン探索をしていたいな……」
リレイラさんは、なぜか切なそうな顔をした。
◇◇◇
その後、2人で宿に戻り、それぞれの部屋へと戻っていった。リレイラさんはずっと何かを言いたそうにしていたけど……結局、何も言わずに2階へ上がっていった。
俺も自室に戻り、布団にくるまって天井を見上げる。シンと静まり返った部屋。窓の外を見ると、チラチラと雪が降り始めていた。それを見ていると、先程の光景が浮かぶ。
ずっと一緒に探索したい……か。
リレイラさんはなぜそんな事を言ったんだろう?
次回は閑話です。もう余計な事はいいません。タイトルだけ告知します。
次回、「リレイラ、保健体育を学ぶ」
絶対見てくれよなっ!




