1116〜平地に転がる空樽
彼ら北の海賊ネネツは、その城の大きさに驚いた。遠方からの様とは違い、空から覆い被さってくる白に圧倒。
しばらくは皆、口をポカリと聳える白亜の天守を眺めていた。
城壁門から続く道は、このところの熱泉の温暖か、行き届いた手入れの芝は青々。たわわに実をつけたナナカマドの赤がルビーの如しに西風に揺れていた。
その赤と青が城壁の白を更に映えさせ、白夜のオレンジの気がそれらを包んだ。
「なんだい、この始末は。まるで女王でも囲っているかのような手仕事」
「暇なんだろ?庭の手入れくらいしかやることがない。なんたる体たらくな男たちだ」
ゴロゴロゴロンッゴロゴロッ
その時。
天守にばかりに気を取られていた海賊衆の足元。城の裏手から大きな樽が2つ。転がって来た。
「うあ!」
勢い避けようとして跳ねたアナナ。
着地したのは樽の上。バタと尻を付くと転がって芝土の上。樽はそのまま門外へと転がり、石畳の坂をゴロゴロと下って行った。
「痛たたたッ」
アナナは腰を打ちつけたのか、しばらく座ったまま。両手で尻を摩っていた。
「ハハっ!アナナっ!油断するなと言ったであろうにっ!敵が来る前に空樽に一矢を刺されるとはっ!不様だっ!実に不様っ!ま、樽でよかったということであろうなっ!ハハっ!」
「何を言うッ!手下の分際でッ!」
「立ち上がれるかいっ?アナナ殿。ハハっ」
手下兵が笑いながら手を延ばすと、アナナはその掌をピシャと払った。
「ま、あれだ。つまり空の酒樽が転がって来たということは、この城の男どもはかなりの酒を煽って飲んでいるということだ。つまりは隙だらけ。やっつけるには容易のこと」
「ああ、お前のようにな。隙だらけだ。ただアナナ。お前は安易だ。空樽が転がって来たからといって酒をかっ喰らっているという事にはならん」
「どういうことだ?」
「城の中から俺達の進入を見た者。蹴り上げたものかも知れぬぞ?」
「あり得ぬッ!それでは我々150の海賊兵に立ち向かおうという塩梅。無理を承知で危険を冒すものがこの城の中にいるはずがないッ!はずがないのだッ!」
「甘いっ!実に甘いっ!なぜならこの芝の平地。空樽とはいえ勝手に転がり出すものかい?しかもあの勢い。城の外まで出て行ったのだ。さ、どう見る?アナナ殿」
しばらく石畳の上を転がり落ちる樽の音が鳴り響くと、そこに新たなギギと鳴る音。
ギギィギギッ
「あっ!」
「あッ!」
「マズいっ!」
城壁扉がバタリと閉まった。




