1115〜小さな子供の喧嘩だ
「仲間と思っていた我ら北のネネツ。まさか襲われようとは思ってもいないはず」
海賊衆の旗手。アナナはほくそ笑んだ。
「ここがマウリッツの城か」
「お前は来たことがなかったのかい?」
「ああ、一度も。なにせ用はない。それにアグニア様と連れたる者、それはハラル殿と決まっておった」
海賊衆はもう一踏ん張りの石畳の坂。
そこから白亜の天守を望んだ。
さっきまでの靄は消え去り、白夜の夕暮れ。
その薄明かりが足元の先を照らしていた。
群衆の長く伸びた影が、城の城壁の影に埋まるとそこは目の前。高い窓々に淡いランプの明かり。沈み切らない太陽に歯向かうようにポツリポツリ。
人の気配は明らか。
先頭を切ってきた新しい首長アナナ。
アグニアの言う通りその城壁扉は両側に開かれ、待ってましたとばかりに開城していた。
「やはりアグニア様のおっしゃられていたのは本当だ。門が開いている」
「アナナ。アグニア様はあのいつぞやの大雪で扉は倒れたままだと」
「倒れていようが直されていようが関係ない。要は開いていれば良いのだ」
「厨房小屋の女どもにも気をつけろと言っていた。軍隊並みの力を持っていると」
「ハハッ、あそこに見える小屋の事であろう?ま、そうは言ってもたかが女だ。この兵勢を見れば戦わずして逃げ腰になるに違いない。逆に擦り寄って来るかも知れないな。女は強くたくましい男に魅かれるものだ。なんなら元の女郎小屋に戻してやろうかってもんだ」
「アナナ。あまり舐めて掛かるなよ」
「アナナ殿だ。アナナ殿ッ!」
「チッ」
「お前らさっきから何を慎重になっておるのだ?たかだか貧相な城の男どもだ。大した物は食べてはおらぬ。俺達みたいにトナカイやヘラジカの血を食べている者に勝てるはずがない。そうでなくともこの数。指先1本で捻り潰してやるッ」
「言ってるお前も貧相だがな」
「何を〜ッ!もう一度言ってみろッ!俺が大将になった暁には貴様は下の下の身分。ドブさらいだッ」
「お〜なんたる幸せっ!お前の手下になるくらいなら、下水で金でも探していた方が楽でいいや」
「フンッ、覚えおれよッ。ただでは済まんッ!」
「で城に入るのかい?俺達も?」
「当たり前だろッ!全員だッ!」
「手数がいるかい?数人相手に?」
「皆だッ、皆ッ!」
「普通は見張りを置くもんだぜ?どんな敵がどこから来るかわからない。全員で入るのは邪道だ」
「それは敵が軍隊ならばの話であろう?ならば油断はしないが、この城の男たちはそうではない。そんな見張りなど必要あるまい?戦法を知らぬはお前らだ」
「ま、そうだな。アナナは敵とも言えぬ相手をよもや大敵のように言っているだけ。好きなようにやれ。どうせ負けるはずなどない小さな小〜さな子供でもせぬ喧嘩だっ。お好きなように。では皆で入りましょうか」
「今一度言う。アナナ様だ」
「はいはい、アナナ様っ。地の果てまでついて参りましょうっ!ハハハハっ!!」
手下兵は夕闇に白い息を吐いて笑った。




