1114〜葡萄酒の樽
「ここは葡萄酒の蔵だが?」
マウリッツ城。ホール奥には赤ワインの樽蔵。
両手を回しても半球と届かぬ樽。200年以上も前に積まれたそれはゆっくりと滲み出た赤が紫。
匂いは芳香に漂う。その樽が20はあろうという部屋だった。
以前は入れ替わり立ち替わりの木樽であったが、ヘルゲ5世、ラウルとレスコー。ここを領とした彼らがいなくなってから、この男たちが入場するまでの間、ひっそりと熟成の道を歩んでいた。
厨房の左手には庭に出れる1ヶ所の扉のみ。彼らはそこから残飯を捨てていた。食い残しのゴミではない。食べられないトナカイの骨や野菜の芯だ。
その蔵は城壁にピタリとくっ付き建てられていた。壁には重い樽が横並び。整然と並んでいた。
「ここから城壁の外に?」
「ラーシュ。わけがわからぬが?」
ラーシュはニコリと笑うと、空の樽を肩に担いで、左手の開けた扉の外。そのまま庭に転がした。3つ4つ。
しかり。その奥の壁に扉。
それは城壁の外に直接出る事の出来る簡易な扉だった。
「わあっ!ノブがあるっ!」
テオドールは驚いた。
「そう。そこを開けると城壁の外だ」
「まさか、、、葡萄酒の樽で隠してあったのかい?たまげた」
「誰も思わないだろう?しかもこんなに重い物。つまり重い物だからこそ、わざわざホール経由でここに収める事はしないのさ。きっと扉を隠してたわけじゃない。隠れてしまっていたのさ。始終補充していた者にしかわからない、料理人と運び屋の知恵さ」
「なるほど。樽の通用口だったってわけか」
「で、出た所がミカルらトロムソ兵3人が番をしていた小屋さ」
「ははん、なるほどなるほど、、、しかしラーシュ。なぜこの扉に気づいたんだい?お前は今来たばかり。それにここにいた時だって何も言わなかった」
「そのミカルさ。酔っ払いミカル。奴は俺たちに救い出されてからしばらくこの城にいたろ?」
「ああ、片っ端から酒を煽ってた。そして気が振れた」
「奴はこの酒蔵をもちろん知っていたさ。で俺たちが寝静まるとここに来て酒を食らっていた。たまたまだったのさ、ヤンが小便もしておらぬのに泣き出した。夜中だったが俺はヤギの乳を搾ろうと厨房に器を取りに来た。するとバタという物音。酒蔵の戸を開けるとミカルが泥酔して倒れていた。空いた樽が転がってその下敷き」
「ではその空いた隙間に扉のノブが見えたと?」
「ああ」
「開けてみたのかい?」
「ノブは回った。少しだが扉がずれた。が、開かなかった」
「はあ?」
「そうだ、つまりは外鍵」
「また外鍵かいっ!で今は開くのかい?」
「大丈夫。その鍵を外して来た。開くはず」
ラーシュがそのノブをクルリ回すと、テオドールが肩でドンと突いた。
バタと開いたそこは城壁の外。
ミカル達がいた門番小屋であった。
「さ、海賊どもと鉢合わせせぬよう、皆ここから出るのだ」
ラーシュは城の男たちと妻、それに幼い子らをササと促した。
テオドールは樽の表皮を人差し指で撫でると、ペロと舌の上で味わった。




