春は、桜の絵を言葉で描いて 06
「まだ、できてないですし……」
「そう……、まあ、そんなに早くできないわよね。じゃあ、出来上がったら最初に見せて。約束だよ」 竹内先輩は、ぼくのとなりのパイプ椅子に座ると、文庫本を取り出した。
「はい。えっと……先輩は、書かないんですか? 小説」
「ええ、気が向いたらね」
「へえ。どんなのを書くんですか?」
「うん。そうね……。推理もあればファンタジーもあるし、ホラー、恋愛、SF、詩なんでも、書いたことは、あるわね」 文庫本を開く竹内先輩。
「読んでみたいです」
「つまらないわよう」
「そう……ですか」 ぼくは、原稿用紙をカバンにしまった。なんだか、なれないことをすると疲れてしまう。
「ふあああ」 田中先輩があくびをしながら、部室に入ってくる。そういえば、田中先輩の姿を見かけなかった。
「どこいっていたんですか?」
「ん? 図書室」 最初と同じパイプ椅子に座る田中先輩。
「マンガ本を返しにな」
「マンガ本って、図書室にあるんですか?」
「ちがうよ。ちがう。図書室にいる先輩に借りていた本を返しに行ったんだ」
「ああ、なるほど」
「ところで、部長。もう五時すぎだけど終わりにしなくてもいいのか?」 田中先輩が、竹内先輩に聞く。
「ええ、そうね。終わりにしましょう」 竹内先輩は、本を閉じて、カバンにしまった。
「明日は、土曜ね。休みよ」 キランと目のおくが光る竹内先輩。
「何か予定でもあるんですか?」 ぼくが聞くと、竹内先輩は、ヘニョンと笑った。
「なんでも、ないのよ」
ぼくが、最後に部室を出ると、もうすでに、竹内先輩が廊下を歩いていた。
「鍵、かけなくてもいいんですか?」
「いいんだって。鍵、どっかに忘れてきたんでないの。ま、何もとられるものはないから、いいんじゃない」 そういって、田中先輩も廊下を歩きだす。
「そういえば、部活前に、美術部にネコがいたんですよ」 竹内先輩と田中先輩に追いついてぼくは、話す。今日もカーテンが閉まっていて、人がいるのが影で分かる。
「どうしたんでしょうね」
「ちゃんと、扉、閉めとかないのが悪いのよ」 竹内先輩が、そう言った。どういうことだろう。
今日も、竹内先輩とは昇降口を出たところで別れて、ぼくと田中先輩は、東門へ向かう。
「よう、高梨! なんだ、スケッチか?」 田中先輩が、片手をあげる。何かなと思ってみてみると、高梨先輩が、スケッチブックを持って立っていた。
「なんだ。何にも書いてないじゃないか」 田中先輩が、スケッチブックをのぞきこみながら言う。ぼくも見たけど、何にも書いていない。夕日がしずむ、一番きれいなときなのに。
「絵を描くのは、苦手なの」 高梨先輩が、苦笑する。短い髪が、夕日に照らされて、赤くそまる。
「それじゃあ、また来週ね」 高梨先輩は、何も書いていないスケッチブックを閉じると、校舎に向かって歩き出した。
「不思議だったんだよなあ」 東門へ歩きながら、田中先輩がつぶやく。




