春は、桜の絵を言葉で描いて 04
「ああ、大変だな」 といいながらも、田中先輩はマンガ本から目をはなさない。
「竹内先輩は? どうしたんですか」 田中先輩との会話をあきらめたぼくは、カバンを開けながら聞いた。
「三年生の集会が放課後にあるんだとさ。もうすぐ終わると思うけど。さっき、鍵だけ開けて出て行った。受験生は大変だよなあ」 軽くため息をつく田中先輩。
「え? まだ五月ですよ。受験はまだまだ先じゃないですか」
「甘いな、結人は。二年後苦労するぞお。今のうちに勉強しとけ。……あれ、その紙は何だ?」 やっと、マンガ本から顔を上げた田中先輩は、ぼくがカバンから取り出した原稿用紙に目をとめる。ぼくは、ニッコリとほほえむ。
「文芸部に入ったんですから、何か書いてみようと思いまして」 左手に持ったシャープペンをふる。田中先輩のマネだけど、ぼくのはふっても芯が出るタイプではないので、中に入っている芯が動くかすかな音しかしない。
「ほう……。で、何を書くんだ? 小説? 詩?」
「詩って柄じゃないから、小説かな……とは思いますけど。どうかけばいいか良く分からないんですよね」
「おれが教えてやる。先輩に何でも聞け」 えっへん。と胸をはる田中先輩。頼もしいのかどうなんだか良く分からないけど……。
「まず、最高で、原稿用紙何枚書いたことがある?」
「そうですね……。小学校のときの読書感想文で、三枚くらいかな」
「甘いなあ。なんて甘いんだ。ああ、黒飴なめたくなってきた。持ってないか? 黒飴」 田中先輩は片手を差し出す。
「学校に、お菓子とか持ってきちゃいけないんですよ」 ぼくは、約束をやぶるのも、校則をやぶるのもきらいだ。
「黒飴はお菓子じゃないんだが……。まあ、いい。おれの最高は、四十七枚だ」 えっへん。とさっきと同じく胸をはる田中先輩。なんか、頼もしく見えてきたのは、幻覚かな。
「……すごい。小説ってそんなに書かなくちゃいけないんですか」
「そうだ」 深くうなずく田中先輩。ぼくにそんな枚数が書けるんだろうか。
「他には? 書き方とか教えてください!」 ぼくがいきおい良く聞くと、田中先輩は
「もう教えることはない。執筆にはげみなさい」 と、マンガ本に目を落とした。少し、田中先輩のことを頼もしく見てしまったぼくがバカだった……。
ぼくは、窓ぎわのパイプ椅子に座る。田中先輩とは一番はなれている席だ。
原稿用紙を広げ、シャープペンをかまえる。さて、何を書こうかな。
書き出しは、やっぱり『博士! 大変です!』かな……。




