春は、桜の絵を言葉で描いて 01
コンピュータが来た。
パタンと折りたためるやつと、たためないやつの二台。
「ノートパソコンとデスクトップだろ。それくらいは分かれよ」 それ以外は分からない田中先輩がキーボードを触っている。ちなみに電源はついていない。
「誰も、コンピュータを使えないの?」 竹内先輩がコンピュータの乗っているテーブルとはちがうテーブルで、文庫本を開きながら聞く。
「ああ、おれも結人も電源の付け方さえ分からない」 手のひらを肩まで上げてお手上げのポーズ。
「田中先輩、そのポーズに会いますね」 そうぼくが言ったら、キッと田中先輩にとにらまれた。
「せっかく、顧問が持ってきてくれたのに……。もったいない」
このコンピュータは、顧問の南条先生が使わなくなったのを持ってきてくれたものだ。「古い型だけどごめんね」 と言いながら置いていったけど、ぼくらは、どこがどう古いのか、コンピュータとは基本的になんなのか、さっぱりだ。
「まあ、いいよな。前と同じく、原稿用紙にシャーペンだ」 田中先輩が、またシャープペンをふりながら言った。カチャカチャと芯が出る。
「あれ? また、なにか書いているんですか」 ぼくがのぞきこむと、原稿用紙に赤ペンでいろいろ直されていた。
「昨日の先生に提出したらさあ。こんなになって帰ってきた」
「へえ」 じっくり見てみると、ほとんどが漢字のまちがいだった。
「結人。おまえ、人並みに漢字分かるって言ってたじゃないか」
「『ゆううつ』なんて、人並みに使いませんから。漢字分からないのに、難しい漢字を使いたがるんだから」 ぼくが軽くため息をつくと、竹内先輩が紙に『憂鬱』と書いた。
「はい」 竹内先輩が、田中先輩にシャープペンを返した。
「……すごい」
「まあね。わたしは、必要ないけど田中くんは必要よね。コンピュータ」
「どうしてです?」
そのとき、部室の戸がガラリと開いて、ぼくの知らない人が顔をのぞかせた。
「光先輩いますか? ああ、すみません。鍵、かしてもらえますか? 美術部で使うんです」
「はいはい。ちょっと待ってね」 竹内先輩は立ちあがると、壁のフックにかかっている鍵を取った。
「え、それ部室の鍵じゃ……」
「ええ、そうよ。はい」 鍵を渡す竹内先輩。なんだろう。鍵の絵のスケッチでも描くのかな。
「よう、高梨。どうしたの?」 田中先輩が、原稿用紙から顔を上げて言う。今、気付いたみたいだ。
「う、うん。なんでもない……。あ、それ明日まで提出だからね。必ずって、先生が言っていたから」
「はいはい。漢字を直すだけだからな。……けっこう直すところがあるけど」 ガクッと首をうなだれる田中先輩。かわいそうに……。
竹内先輩は、壁の時計を見た。僕もつられて時計を見る。狭い部室には、ふつりあいな大きな時計が飾られている。そういえば、やけに新しい。ホコリもかぶっていない。壁も真っ白だし、窓につまれたダンボールと紙の山にも、チリひとつない。竹内先輩か田中先輩がきれい好きなのかな。
「もう五時ね。はい、部活終了。あ、ちょっと薫子、鍵かえして」
「あ、はい」 高梨先輩から、鍵を受け取る竹内先輩。
「ほらほら、鍵閉めるから、出た出た」
「うう、まだ終わってないのに……」 田中先輩がうめきながら、原稿用紙をリュックサックに詰める。ぼくは、部活中、何もカバンから出していないので、そのままカバンを持つだけでいい。
「田中くん。早くしなさい」 竹内先輩、高梨先輩、そしてぼくはすでに廊下から出ている。
「しくしく。しくしく……」 口で泣きまねをしている田中先輩が出てきた。
「はい。明日の朝までには返してね」 部室の戸に鍵をかけた竹内先輩が、高梨先輩に鍵を渡した。
「はい。ありがとうございます」 高梨先輩は、軽くおじぎをすると、となりの戸──美術部部室へと入っていった。




