桜咲く少し前 02
「……というわけで、ぼくは、だまされたんです!」湖宮中文芸部の部室で、ぼくはこう叫んだが、誰も聞いてはくれない……。
あのときから一年後、ぼくは、竹内先輩の部活に入部した。べつに、その点は問題ない。でも、大問題なのは、その部が美術部ではなくて、文芸部だったことだ。
「べつに、美術部だと言った覚えはないわ」これは、竹内先輩の言葉。それはそうだけど。
「だったら、気付いたときに、約束やぶって、美術部に入ったらよかったじゃないか。ほら、となりの部室だぞ」これは、一年先輩の田中太一先輩の言葉。それはそうだけど!
「ぼくは、約束を破るのがきらいなんです!」
「だったら、何をしてほしいんだ?」田中先輩の冷たい一言。ぼくは、部室のパイプ椅子に座りながら言う。
「先輩の学年、部員が二人いるっていってたのもウソじゃないですかあ。部員は、全学年で三人しかいないし……」
「転校したのよ」竹内先輩は、パイプ椅子から立ちあがると、カバンを持って出て行ってしまった。
「えっと、もう帰るんですか? まだ、四時ですよ」
「おまえ、本当にバカというか、なんというか……」田中先輩が、シャープペンをふりながら言う。ふったら芯が出るタイプなので、もうすでに、一センチくらい芯が出てきている。
「え……。どういうことですか。なんで? え?」
「あのさあ、結人、漢字は得意か?」いきなり、田中先輩は言った。
「ええ、一般的には分かっているつもりですけど……」
「そんじゃあ、この漢字分かるか? おれ、漢字が苦手な感じでさ」ハハと笑う田中先輩。
「つまらないです。……さっきから何やってるんですか?」
「んと、宿題。原稿用紙五枚だ。結人は、まだ宿題とか出ないだろ? だったら手伝え」原稿用紙を指でつまむ田中先輩。
「いいですけど……。何を手伝えばいいんです?」
「結人は、漢字辞書だ」
「は?」
「ちなみに、おれは『じしょ』って漢字が書けない」
「はあ」




