春は、夕焼けと黒飴ふたつ 02
キズ……。
わたしの作品ではない。先輩、後輩、同級生の作品だ。わたしの作品はここにはない。
『どうして、美術部に来たの? たいして絵が上手でもないのに』
『絵を描かずに、どうしてここにいるんだ? ただ部活に来たいだけなんだろ。だったら、となりの部に行けば』
鼻で笑われ、口でけなされ、描いた作品は破かれた。
一番許せないのは、となりの部、文芸部を何かあるたびにバカにすること。
『人数少ないし、何を活動しているのか分からないよね』
『ただいるだけじゃないの?』
『部室の四分の一もうばっておいてさ』
そのたびに、わたしは、外に絵を描きに行くといって部室を飛び出す。聞きたくない。そんな、汚い言葉。
たしかに、絵は上手い。市で優秀賞や県にいっている人もいる。運動部に負けないくらい、美術部は活発だ。いや、この湖宮中で一番活発かも知れない。顧問の先生も必死で、部員は全員ライバルだといつも言う。
「はあ」 ため息がもれる。まあ、いいや。これも、親孝行だ。うん、そうだ。
わたしは、うんうんと何回もうなずくと、ほほに流れていた液体をふき取って、作品を一番高いところに重ねておいた。
カリカリと音がする。音のほうを向くと、ネコが戸を引っかいていた。しっかりと閉めたはずの戸が少し開いている。
「ああ、だめだよ」 ネコを抱き上げる。鍵、かけておかなきゃ、やっぱりダメかな……。
『部室の四分の一もうばっておいてさ』 さっきの部員の言葉がよみがえる。
「えっ?」 そうか、文芸部と美術部は、もとは同じ教室だから鍵も同じかも知れない。でも、鍵をかえている可能性もある。一か八か、行ってみようかな……。
文芸部室の戸をガラリと開けた。顔をのぞかせる。あの人が何かを書いている。ああ、作文か。知らない人もいる。一年生だろうか。
「光先輩いますか? ああ、すみません。鍵、貸してもらえますか」
鍵を借りた。急いで、美術室に戻る。
カーテンのすき間から廊下をうかがう。文芸部員の三人が、帰っていくところを。
「さて……、ここでおとなしくしているのよ。すぐに、もう二匹連れてきますからね」 わたしは、黒ネコにそう言って、美術室に鍵をかけた。
──カチャリ。
よかった。やっぱり同じ鍵なんだ。
わたしは、かけ足で東門へ向かった。あの人に出くわすのも、少し期待しながら。
「…………」 いた。東門からもうすでに、何十メートルとはなれているところに。誰かと帰っている。誰? ジッと目をこらすけど、良く見えなかった。少なくとも女子ではなさそうだ。さっきの知らない文芸部員かな。
「ああっ」 東門が開いている。閉めなかったんだなあ。そういえば、ネコもいない。開いている東門から、出て行ってしまったのかもしれない……。大丈夫かな。
あたりを少し探してみる。やっぱりいない。
他の部が、しゃがんで草をかき分けているわたしを見て、けげんそうな顔をする。
わたしは立ちあがると、もう一度、部室に戻ってカバンを取り、鍵をかけ、南門から帰った。
家に持っていって、飼えたらいいんだけど。
わたしは、黒ネコに思いをめぐらす。
……ダメだ。
家には親がいる。




