恋敵
2021年11月のお話
「あ、電話」
「ああ、俺が出ますよ」
千夏宅。
結婚から約半年。
さすがに新しい場所での生活にも慣れてきて居る二人であった。
なおここは無駄に広い家ではなく、間に合わせのアパートである。
優美には余ってる部屋使ってもいいと言われたが、
さすがに新婚なので自分たちだけの空間がほしかったようである。
まあ優美も止めなかったので一応の提案だったのだろう。
「はいもしもし」
「あ、えっと、斉藤さんのお宅でしょうか?」
「はいそうですが…どちら様でしょうか?」
なおセールスだったら即切るつもりである。
慣れこそすれどそこまで余裕はない。
「あ、あの、えーっと…高校のころ、後輩だった…榛です…」
「…え゛!?」
「え?しげちゃんどうしたの?」
終わったはずの爆弾再来であった。
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「お、お邪魔しますー…」
「こんにちはー。榛ちゃん久しぶりー元気だった?」
「はい!全く何事も無く!」
「そっかあ良かった。ごめんねー手狭なアパートで」
「いえ、お構いなく。私こそ、急にすいません」
「あはは、いいよいいよ。私は暇してたから」
件の電話から数日後。
かつての千夏と茂光の後輩の大平榛は
千夏宅のリビングルームにいた。
「おっと、イメチェンした?」
「あ、分かります?ちょっと変えてみました」
「そっちも似合ってるね」
「ありがとうございます」
かつて印象的だったおさげはどこかに消え去り、
後ろに流した長い髪になっている。
かつてしていたメガネもコンタクトに変えたのか
綺麗さっぱり無くなっていた。
「まずはとりあえず…結婚おめでとうございます千夏さん!」
「あ、ありがとー。あれ、榛ちゃんに私連絡入れたっけ?」
「茂光さんから…」
「ああ、しげちゃんにお礼言っとかなきゃ」
ある程度主要なメンバーには連絡を入れているが、
一部入れ忘れもあるのである。
「結婚生活…どうですか?」
「ん?どうって言われても…どういえばいいんだろ?」
「幸せですか?」
「それはもちろん」
「ふふ。ならよかったです。そうじゃなかったらどうしようかと思っちゃいました」
「どうしようって?」
「ああ、こっちの話ですはい。…太った、わけじゃあないですよね」
「うん、今お腹にもう一人いるからねー」
この段階で既にある程度大きくなった子供が
既にできている。
いかんせん結婚式のその日にはもう元が完成していたため。
「もうお名前決めてたり?」
「ああうん、えっとね、ちょっとまだ考え中。あと半年くらいで生まれると思うからしげちゃんと一緒に悩んでるんだけどねー」
「そうだったんですか」
「うん。色々探してるんだけどなかなかこれってのが見つからなくてね。それでもそんな時間も楽しいんだけど」
実際かなり悩んでいる日々である。
今いる一人だけでなく、その先に作る予定のもう一人分まで
考えてる所為もあるが。
「榛ちゃん、今ってどうしてるの?やっぱりバリバリ仕事してる感じ?あ、まだ大学?」
「うーん、ちょっとどうするか迷ったんですけど、今は大学行ってます。で、たぶんこのまま大学院にも進むかなと思ってるとこです」
「ちなみに…どっちの方面へ?」
「ああ、私のですか?心理学学んでます。ゆくゆくはそういう方面のお仕事できたらいいなと考えてます」
「へえ、心理学かあ。ちょっと楽しそう」
「ふふ、楽しいですよ。大変なこともありますけどね」
「私大学には結局いってないから分からないんだよねえ…」
「あれ?そうだったんですか?」
「うん、元々高校で終わるつもりだったからね。その後はバイトしながら今に至ります」
「そういえば茂光さんは大学行かれてましたよね?」
「うん、だから…まあ、うん、待ってた?遠かったから頻繁に会いにいける距離でもなかったしね」
「おっと、ロマンティック。遠距離恋愛ってやつですか?」
「ふふ、そうかもしれない」
なお数か月、下手すれば一ヶ月おきに会いに行っていたのは内緒である。
「あ、そういえば失礼ですけど、茂光さんは?」
「ああそうそう、しげちゃんなんだけどそろそろ帰ってくると思うよ」
「え、あ!もしかして今日普通にお仕事でしたか?尚更すいません」
「しげちゃんも急に呼ばれたーって言ってたし仕方ない仕方ない」
実際日曜日であるのでまあ予想できなくても仕方ない。
「ただいまーっと、お久しぶり。榛さん」
「噂をすれば…だね」
「あ、お邪魔してます茂光さん。すいませんこんな日に突然」
「ああ、気にしないでよ。突然呼び出されたからさ。ゆっくりしてって」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
「とりあえずしげちゃん着替えよ先」
「ん、確かに。じゃあちょっと着替えてくるよ」
そう言って一旦奥に引っ込む茂光。
数分して帰ってくるとテーブルの上に飲み物とお菓子が増えていた。
「じゃ俺も失礼」
と空いた席に座る茂光。
「茂光さん、とりあえずおめでとうございます。前結婚したって連絡貰った時にメールではしましたけど、やっぱ直接言いたかったので」
「ああ、ありがとう。しかし、いきなり電話かかってきたから驚いたよ」
「ああ、私の方に時間ができたので、もし時間さえ合えばちょっとお邪魔して一言お礼言って帰ろう、と思ってちょっと連絡してみた次第です。すいませんいきなり」
「いや、全然大丈夫。むしろ嬉しい」
「とは言えど私だって驚いたんですからね。上がってっていいと言われるとは思ってませんでしたから」
「あ、それに関しては私がどうせ来るなら上がってってもらったら?って言ったんだよ」
「え、千夏さんだったんですか?私、結婚した家庭にお邪魔して大丈夫なのかなってものすごい不安だったんですけど」
「はは、まあ千夏さんこういう人だから。他の女と会ってるからどうこうってタイプじゃないから」
「まあ女友達いっぱいいるからねしげちゃん。そんな程度で文句とか言ってられないよ」
「もう、心配して損したじゃないですか!」
そんな感じに談笑は続く。
が、知らず知らずに時間は過ぎて、気が付けば夜であった。
「あ、そろそろさすがに帰らないとまずいかな」
「あ、ほんとだ、もうこんな時間」
「じゃあそろそろ帰ります。今日はありがとうございました」
「いやいやこちらこそー。楽しかったよー。…あ、そうだ、しげちゃん送ってってあげなよ」
「ああ…千夏さんがいいなら、時間も遅いしそうした方がいいかもですね。この辺暗いからなあ…」
「うん、女一人は危ないって」
「え!大丈夫ですよ。そんなそこまで迷惑は…」
「大丈夫大丈夫迷惑なんかじゃないよ。ね、しげちゃん」
「はい、遠慮する必要ありませんよ」
「…じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
というわけで茂光のマイカーで千夏宅を出発した二人。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「いいって。また暇があったら来なよ」
「ふふ、千夏さんが嫉妬しちゃいますよ?」
「そりゃ困るな」
そんな会話しながら車を飛ばす。
「…そういえば、彼氏、できた?」
「…意地悪ですねえ。そんな人でした?茂光さん」
もうと小さく呟きながらそんな風に笑顔で返す榛。
それを横目で確認する茂光。
「…いませんよ。残念ながら」
「…そっか」
そこでふと真剣な目になる榛。
「馬鹿な事、考えないでくださいね。可哀想とか、思わないでくださいよ」
「え…」
「茂光さんは優しい人ですから。あの時の事、まだ心に持っててくれてるんじゃないかなって」
「…忘れは、できないね」
「うんまあ、あれ、初めての告白でしたし忘れられたら寂しいですけど…罪悪感を抱いたりはしないでくださいよ?今日だって、純粋にお祝いしたくて来たんですから」
「…君は、よかったのか?」
「いいわけないでしょ。もう、振られていい気分の人がいると思います?」
「…」
「だけど、茂光さんが自分の恋を成就させたって聞いて私も嬉しかったんですよ」
カーナビで案内させていた榛の家の近くに停車する茂光。
「私は、不幸じゃないんです。新しい人生のきっかけになったんだって考えてます。だから、千夏さんのこと、ちゃんと幸せに…ってもう十分そうなってましたね」
「…」
「だから、…おめでとうです。私の初恋の人。今日で、本当に綺麗さっぱり、過去は断ち切りますよ。ふふ、少なからず未練はあったんです。だから、今日の幸せそうな二人の顔見て、満足です」
「榛さん…」
「じゃあ…また、いつか。あとそれから…」
車のドアを開けて外に出る榛。
そのままの状態で茂光に告げた。
「いくら奥さんが許してくれるからって、他の女と二人きりであんまりいちゃいけませんよ?…運転ありがとうございました」
「…そうだな。うん、確かにそうだ。榛さん、ありがと。またね」
「ではまた!またお子さんが生まれたら連絡してください!思いっきり祝福しますから!」
「ああ!」
茂光の車が走り去る。
それを見送る榛の顔は、笑顔だった。




