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まだ早い

2015年8月のお話

背中にやんわり刺さる視線を理解しながら、

石段を走り下りる千夏。


「ごめん!待った?」


「いやいや、今来たところですよ千夏さん」


視線の先には一人の大男。

もはや説明不要。斉藤茂光である。

なお今来たところと言っているが1時間くらい前からいたことは想像に難くない。


「それじゃあ行きましょうか?千夏さん?」


「そ、そだね」


少々どもる千夏。

まあそれもそのはず、これはただ遊びに行くのとはわけが違う。

デート。しかも初デートである。


「…」


「し、しげちゃん?」


「あ、あの、ち、千夏さん?」


「は、はい、なんでしょう?」


「手、つ、つないでも…?」


「あ、えっと、ど、どうぞ」


なんだか句読点だらけの会話をする二人。

自然にぱっとできないのはまだ最初だからか。


「じゃ、じゃあ行きましょう!」


「う、うん」


相変わらず石段の上から放たれる視線を受けながら歩き出す二人。

当たり前であるがこの視線の主は優美である。


「そういえば…」


「どうかしました?千夏さん」


「いや、どこ行くのかなーって。私今回何にも決めてないからさ」


「ああ…それなら…」


と言いながら持っていたカバンの中から何かを引っ張り出す茂光。

パンフレットのようである。


「水族館なんてどうかなと思いまして」


「水族館かー久しぶりにいいなー」


「よかった。これで喜んでくれなかったらどうしようかと」


「それで、どこにあるの?私の知る限りじゃ近所には無かった気がするけど…電車使う?」


「えーっと…」


携帯を取り出す茂光。

経路等々は全部ここに書いてあるようである。


「片道3時間ですね」


「え」


「今日中には帰れると思うので大丈夫だと思いますよ。それじゃあ行きましょうか?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待った!今なんて?」


「え?片道3時間です。電車で」


「えっと、あのーどこまで行く予定で?」


「隣の県ですね」


「嘘っ!?」


「え?」


「さすがに遠いよ!」


千夏的にいきなりその距離は想定してなかったらしい。


「最初から飛ばしすぎだってしげちゃん!近所で、近所でいいからね?」


「え、で、でもどうしよう。俺今日そこしか考えてきてない…」


「え、えーっと…」


その時千夏の頭に閃く一つの選択肢。


「ほ、ほら、あそこに大型スーパーあるし、そこにしよ!そこに!」


「え!そこでいいんですか?」


「いいよ!むしろ最初だからそれくらいの方が私も気楽だし…」


「じゃ、じゃあそこに行きましょうか」


いきなり計画破綻である。

千夏の考えていた最初のデートと茂光の中の最初のデートのイメージがだいぶ違ったようである。


「すいません千夏さん。先に聞いとけばよかったですね、どこに行きたいか」


「いや、いいよ。完全にしげちゃんにまかせっきりだった私も悪いし…」


たとえ聞かれたところでよさそうなデートコースを考えられたかと言われれば疑問である。

千夏もまた処女であり童貞であるが故。


「それじゃあ歩きで大丈夫ですか?今日ものすごい暑いですけど…」


「大丈夫!ちゃんと日光対策はしてあるからね」


頭の上の帽子を指さす千夏。

どっから取り出してきたのか、つばの広いタイプのものである。

初めから帽子をかぶっている時点で本人的には長く歩くことは想定済みだったらしい。


「そういえば千夏さんが帽子かぶってるの初めて見た気がします」


「まあ学校にはかぶっていかないからねー。さすがに学校にこれかぶっていけないでしょ?」


「確かにそうですね。それかぶって学校来たら全員の目引いちゃいますし」


制服につば広帽子。

よっぽど見たことの無い姿である。


「似合ってると思います。可愛いです」


「ふふー、ありがとー。それじゃ行こうか?」


「はい」


なんというか面と向かっての可愛いとかの発言には強い千夏である。

どこか他人目線で自分の可愛さを判定している節があるからかもしれない。


「千夏さんよくここには来るんですか?」


「そうだねー偶に来たりするかな」


「そうなんですか。自分あんまり来ないんで結構新鮮なんですけど千夏さんそうでもないのかー…」


「でもしげちゃんと来るのは初めてだから」


なんやかんや目的地までそう離れていたわけでもないので、

あっという間にたどり着いた二人。

ある意味ようやくデート開始であった。


「千夏さんお腹空きません?」


「え?そういえばちょっと空いた」


「先にお昼ご飯にしちゃいましょうか」


「そうだねー。その後ゆっくり二人で回ろうか」


「そうしましょう…といってもどこで食べるかって話なんですけど」


「一緒にさがそー。しげちゃんの計画は私が潰しちゃったから、今度は一緒に」


二人そろって大型スーパー内部をうろうろする。

ご丁寧に手は恋人つなぎのままである。


「こことかどうです?」


「んー高くない?」


「いいですよ、これくらい俺が払いますし」


「え!悪いよ」


「ちょっとくらい男の見栄張らせてくださいよ。千夏さん」


「しげちゃんがいいなら…いいけど」


「じゃあここにしましょうか」


千夏の心のどこかに残っていた男の部分が男の見栄にちょっと反応してみたり、


「しげちゃんこれ食べて?」


「え?いいんですか?」


「うん、私食べれないし…」


「…好き嫌い多かったりします?」


「…だいぶ」


ちょっとした秘密がばれてみたり、


「しげちゃーん!これとかどう思う?」


「んー…千夏さんどれ着ても似合うので困りますねえ…」


「もーしげちゃんさっきからそればっかりだよー」


「千夏さんに似合わない物を探す方が難しいです。もういっそ全部買いましょう全部。この棚全部」


「しげちゃん発言がすごいリッチ…もしかして、そういう感じの家だったりする?」


「まさか、ふつうの家ですよ普通の」


服のコーナーに入って二人で服選びしてみたり、


「そっち一口もらっていいですか?」


「いいよーはい」


「あ、スプーン…」


「?どうかした?」


アイスクリームの間接キスに失敗してみたりと色々あった。


「楽しかったー」


「楽しかったです。こんなことなら最初からここで計画すればよかったです」


「いいってしげちゃんは私のためにあんなに壮大に計画練ってくれたんだし。私こそごめんね?」


「いやいいんですよ。ただ次は千夏さんの意見も聞きますね」


「二人で考えよう。それがいい」


そんなことを言いながら帰路につく。

知らないうちに日が傾き始めている。

なんだかんだ時間を忘れて二人できゃっきゃうふふしてたようである。


「…あ、そうだ、千夏さん」


「んー?なあに?」


神社の石段下。

人通りのあまりない場所にたどり着いたとき、やや斜め後ろにいた茂光が千夏を呼ぶ。


「え?」


「千夏さん…デート楽しかったですよ。ありがとう」


「えっと、こ、こちらこそ?なんか変な気がするけど」


「…俺にこんな彼女ができるなんて思ってもいませんでした。…色々、人生初体験でした」


「それ言ったら私もそうだよ」


初めての恋人である。

男だった時を含めても。


「しげちゃん…?」


「千夏さん…」


すっと茂光の顔が接近する。

まあこの状況下でやることは一つだろう。

が、茂光の期待は予想外に裏切られることになる。


「ま、ままま、待ってっ!ちょっと待ってえ!今は!今は待ってええ!」


「は、はいい!す、す、すいません!なんか流れに任せて!」


「い、いや、き、気持ちは嬉しいんだけど!嬉しいんだけど、その、まだ早いっていうか、心の準備できてないっていうか!」


「分かります分かります!そ、そんなすぐに付き合ってすぐに心の準備できるはずないですよね!すいませんすいません!」


「あ、謝らなくていいけど!いいんだけど!待って!もうちょっと、私が良くなるまで…もうちょっと日にちをください!」


わたわたしたデートの終わりであった。

なお、これ以降めっきり茂光が千夏に手を出すことが無くなったのだが、

それはまた別のお話である。


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