1章4話「初めてのダンジョン演習」
◆
翌日。
朝のホームルームが終わると、俺たちは学園内にある体育館に移動した。
そして、ジャケットを脱ぎ、ミットと防具を装備して、
ペアとなった相手からの “ タックルを受け止める訓練 ” を始めた。
いきなり対人戦闘からは始めない。
まずは、魔物に襲われたときに恐怖で体が固まらないよう、
“ 攻撃されることに慣れる ” ことからだ。
いまでこそみんな落ち着いているが、
昨日のダンジョン講義のあと、クラスの空気は騒然としていた。
覚悟はしていたはずなのに、
死亡率とランク昇格率という “ 数字 ” を突きつけられた瞬間、急に現実味が増したのだろう。
俺自身も、家に帰るまでの記憶があやふやだった。
帰ってからも気持ちが落ち着かず、
気がつくと実習で使う装備をピカピカに磨いていたくらいだ。
装備については、はじめのうちは、
全員が学校支給の木剣と小盾を使うように指示されている。
ただの訓練用のそれを、俺は――
木剣は刃こぼれを紙やすりで丁寧に落として鋭利な姿に、
握りの革はすり減ってもいないのに新たに巻き直し、
小盾は金具に緩みがないか全部締め直して、
最後にはワックスと布でツヤが出るまで磨き上げる。
……なんてことを、無意識のうちにやってしまっていた。
ふと気づいて顔を上げると、
しずくが腕を組んでこちらを見下ろしていた。
その目が「……何やってんの、この人」と語っていて胸に刺さったほどだ。
(いや、違うんだしずく……これは落ち着かないからであって……)
言い訳を探す俺をよそに、
しずくは小さくため息をついて、そっと視線をそらした。
……そんな昨夜のことを思い出しているうちに、
気づけば授業一枠分の基礎訓練が終わっていた。
そしていよいよ――
“ ダンジョンの実地訓練 ” に移る時間がやってきた。
訓練場所は、学校併設のFランクダンジョン。
校舎裏の専用施設の中に、ダンジョンの入口―― “ ゲート ” が設置されている。
この施設は、魔物の流出を防ぐために厚い防壁と監視設備で囲まれている。
学校でも最も厳重な区域だ。
ダンジョン内では、パーティーごとに三年生の先輩が一人つき、実際に魔物と戦うところを見せてくれるらしい。
そして、先輩の補助がついたうえで、魔物との戦闘を経験する。
――それが今日の目的だ。
パーティーの人数は多ければいいわけではない。四〜五人が適正だ。
そして、さらに難易度が高いダンジョンでは、複数パーティーでチームを組むこともある。
「三年が一人ついてるんだ。危なくなればフォローしてやれる。
だが勘違いすんな。助けてもらう前提で動く奴が一番先に死ぬ。
Fランクとはいえ、魔物は魔物だ。
命は取られねぇが、怪我はすると思っとけ。」
専用施設の外で三年の先輩達と待機していた、
黒鋼先生の一言がひどく印象に残った。
その通りだ。
俺も前世の経験があるといっても、油断すれば死ぬことは変わりない。
俺たち四人はパーティーを組み、
三年二組の工藤先輩とともに、ダンジョンゲートへと向かった。
工藤先輩は、ベリーショートの茶髪で、逆向きにかぶったオレンジ色の野球帽から前髪を少し出している。
身長は俺より頭二個分は大きく、日に焼けた肌と左頬の大きな傷跡が印象的だった。
スタジャン風の戦闘服とトレランシューズには、黒をメインに細い黄色ラインが入っていて、武器はなぜか金色のバットだ。
工藤先輩の戦闘服の左胸には、一学年を示す白とは違い、三学年を示す赤い校章が縫い付けられている。
その校章により、学外の人が見ても、どの学校の何学年か一目で分かるようになっていた。
専用施設に入り、しばらく歩くと、俺達はダンジョンゲートに辿り着いた。
直径三メートルほどの楕円形の空間が、
正面で水面のようにゆらゆらと揺らめき、青白い光を帯びている。
近づくほどに、空気がひんやりと変質していくのがわかった。
まるで、そこだけ季節が違うような、不自然な冷気。
「……これが、ゲート……」
雨宮さんが小さく息をのむ。
初めて見るゲートは幻想的で美しかった。
だが同時に、空間を切り取ったような、
この世界とは別の理を示す、異質な存在感があった。
工藤先輩が振り返る。
「怖がるな。ゆっくり歩けば大丈夫だ。
ゲートの向こうは、学校の敷地とは別の空間だが……
俺たちが毎日使ってる場所だ。安心しろ。」
そう言って、先輩は迷いなくゲートへ足を踏み入れた。
青白い光に包まれて、先輩の姿が消えていく。
「……行くぞ」
俺たちも続いてゲートへ向かう。
指先が光に触れた瞬間、
ひやりとした感触が全身を包み――
視界が一瞬、白く弾けた。
次の瞬間、俺たちは薄暗い通路の中に立っていた。
ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、
地面や壁面には、うっすらと光る魔力苔が生えている。
光量は最低限で、少し先の景色すらぼんやりとしか見えない。
足元は平坦とは言いがたく、
ごつごつした岩肌が続き、湿った土の匂いが鼻をついた。
時折ゆるやかな段差や、足場の悪い場所があり、油断すれば簡単に転びそうだ。
“ 実地訓練 ” とはいえ、ここが本物のダンジョンだと嫌でも実感させられる。
「うお、マジでダンジョンだ……」
「暗くて、ひんやりしてる……。思ったよりも怖いね……」
陽斗と雨宮さんは喋る余裕があるが、
しずくに至っては無言のまま、俺のすぐ近くにいる。
……俺も緊張してるけど、みんなの方がヤバいな。
そんな俺たちを見て、工藤先輩が軽く笑いながら声をかけてきた。
「そんなに肩に力入れんなって。
まずは歩き方からだ。ここの一層は安全だが、音や匂いに敏感な魔物もいる。
普段から自分の足音と、周囲の音には気を配れ。油断すると奇襲を食らうぞ。」
「次に視界な。見てのとおり薄暗くて視界が悪い。
だからといって前だけ見るな。
仲間の位置、通路の幅、足元、全部を “ ぼんやり ” でいいから把握しとけ。」
しばらく歩いたが、緊張のせいか思った以上に疲労がたまる。
しかし、魔物には遭遇しなかったため、空気が少し緩んだ――その瞬間。
「そろそろ魔物が出るぞ。構えろ」
工藤先輩のその声に、俺は心臓の音が跳ねあがるのを感じた。
TIPS:魔力
・人間の体内にある “ 内部エネルギー ” 。
・スキルを発現させるための “ 燃料 ” として使われる。
・体力や集中力と同じく消耗し、使いすぎると疲労や気絶の原因になる。
TIPS:マナ
・ダンジョン内部に満ちている “ 外部エネルギー ” 。
・スキルの効果を形作る “ 媒体 ” として働く。
・魔物は体表にマナをまとっており、これが “ マナ障壁 ” となる。
そのため、ダンジョン内では近代重火器がほとんど通用しない。




