3章9話「氷室先生、参戦」
「よく持ちこたえた。
負傷者は下がって、天城先生のところで治療を受けるように。」
イレギュラーボスが三体いる。
それなのに、それが些末なことのように氷室先生は静かに話す。
氷室先生は、Aランク冒険者だった。
そんな噂が、一年生の間では流れている。
いや、最上位事象系スキルを扱うところを実際に見た限り、その実力は限りなくSランクに近い位置にいることが分かる。
イレギュラーボスにも強さにランクがある。
もとがEランクのゴブリンだ。
強化されたところで、Cランク下位~中位がせいぜいだ。
そんなやつが、Aランク冒険者に敵うはずがない。
そう考えている間にも、イレギュラーボスは氷室先生のスキルで全身氷漬けにされて、最後には砕け散ってしまった。
(つ、つよすぎる……
しかも、強いだけじゃなくて、イケメンでハイスペックで高収入……
これは、世のご婦人・奥様方が黙ってはいませんよ……)
あまりにも現実離れした強さに、俺は先ほどの激闘も忘れ、ぼうっと立ちつくしてしまった。
「殿を、黒鋼先生と私の生徒達が務めてくれています。
これから私は、そちらの援護に向かいます。
こちらは任せました。」
氷室先生が背を向け、静かに歩き出す。
その背中は、戦場の喧騒とは無縁のように落ち着いていて、まるで “ 氷の舞闘者 ” が冷たい舞台を優雅に踏みしめていくようだった。
俺たちは、声を出すことすら忘れてその背中を見送った。
ふと、氷室先生が思い出したように振り返る。
「それと、戦場で呆けるのは感心しません。
次からは注意するように。」
淡々とした口調なのに、不思議と胸に刺さる。
言うべきことはすべて伝えたという風に、氷室先生は再び戦場へと消えていった。
その瞬間、俺たちはようやく自分の役割を思い出し、動き出した。
負傷者の搬送、武器の回収、周囲の安全確認──
戦闘の余韻が残る中、俺たちはそれぞれの持ち場へ散っていく。
陽斗と藤宮君たちタンク組は三グループに分かれ、交代で草むらを警戒。
俺としずくは、少し離れた位置でいつでも動けるように待機。
雨宮さんと白石さんは怪我人の手当てを手伝っていた。
おそらく、氷室先生が周囲の魔物を間引いてくれたのだろう。
それからしばらくは、魔物が押し寄せてくることはなかった。
戦いは終わった。
──戦闘中に再現した “ あの時の感覚 ” と “ 赤い粒子 ” 。
身体が軽くなり、相手の動きが “ 視えた ” あの瞬間。
不可解な現象に戸惑いながらも、俺は胸の奥から湧き上がる興奮と喜びを噛みしめていた。
【一年一組担任:氷室玲視点】
◆
丘での戦いを終え、黒鋼先生と生徒達が戦う戦場へ向かう。
歩きながら、私は先ほど見た生徒の動きを思い返していた。
(……彼が、黒鋼先生の言っていた生徒か。
反応速度も身体能力も、常人の域を超えていた。
あれは、 “ マナ ” をうまく扱えていないとできない芸当だ。
強力なスキル保有者はうちのクラスにも多い。
だが、 “ スキルが強いこと ” と “ マナを扱えること ” は別ものだ。
岡田倫太郎──
彼は “ マナ覚醒者 ” とみて間違いないだろう)
魔物を倒しながら、私は静かに思考を巡らせる。
(あの子は、いずれ必ず “ 壁 ” にぶつかる。
だが──乗り越える素質はある)
戦闘のなかで成長していた彼の動きを思い出し、私は安堵の息を吐いた。
(この演習が終わったら、黒鋼先生としっかり話をする必要がある。
“ マナへの覚醒 ” は、祝福であると同時に呪いにも変わり得る。
過去に暴走した例もある。
私たちは先導者として、彼をどう導くべきかを考えなくてはならない)
そのためにも──
この異常を、生徒に犠牲を出さずに終わらせなければ。
私は歩みを少し早め、迫る魔物を次々と氷結させていく。
倒した魔物の残骸の上には、薄い氷が白い線となって残る。
まるで自分の決意を刻み込むように、 “ 白い軌跡 ” が静かに戦場へと伸びていくのだった。




