1章2話「水無月しずくは、機嫌が悪い」
◆
始業式が終わって、いよいよ今日から冒険者学校高等部の授業が始まる。
スマホのアラームで目を覚まし、洗面所で顔を洗ってリビングに向かうと、
新聞を読む父、
朝食を準備する母、
中学校の制服を着て眠そうにしている妹、
既に家族がテーブルを囲んで揃っていた。
俺も椅子に座り「おはよう」と挨拶をする。
我が家では昔から、家族全員で朝食をとるのがルールだ。
自宅から冒険者学校までは通学に約一時間かかる。
しかし、冒険者学校は県に一校しかなく、部活動もないため、
生徒の負担を減らす目的で始業が9:30、終業が16:30と遅めの時間帯になっている。
中学生の時と変わらない時間帯に起きて通学ができるため、
俺が高校生になっても、このルールに変更はなかった。
テレビから流れる朝のニュース番組をBGMに、
俺は用意された朝食を食べながら、数時間後に始まる授業に胸を躍らせていた。
そして食事を済ませると、自分の部屋に戻り、冒険者学校の学生服に着替える。
紺のスラックスに、紺のブレザー、白ワイシャツに青いネクタイ。
ダンジョン素材を使った耐久性の高い制服で、背中にはストレッチ素材が入っている。
ブレザーは腰丈で、左右に深めのスリットが入っており、肩から袖口までは広めに作られていた。
学校へ行く準備をしていると、
階下から俺を呼ぶ母親の声が聞こえた。
「倫太郎、しずくちゃん来てるわよ〜。」
その声を聞いた瞬間、
俺は慌ててワンタッチバックル付きの冒険者用ベルトポーチを腰に装着し、
鞄を持って玄関へと向かう。
そこには母と、学生服を着た幼馴染の水無月しずくの姿があった。
白ワイシャツと赤いリボン、
オフホワイトのカーディガンの上に、紺のブレザー。
グレーのチェック柄スカートは、膝が少しでるくらいの長さとなっており、
スカートと白いトレランシューズには、細いピンクのラインが入っていて、
しずくの雰囲気にぴったりだった。
「おはようございます。おばさま。」
しずくが母に向けてやわらかい笑顔を見せている。
普段は警戒心が強く、無表情で近寄りがたい雰囲気なのに、
気を許した相手の前では、ふっと花が咲くように表情がほどける。
――しずくさん、今日も素敵ですね。
できれば、その笑顔を俺にも頂戴。
「おまたせ。」
俺が声をかけると、しずくは一瞬だけ目をそらし、
さっきまでの柔らかさが嘘みたいに、すぐにいつもの無表情に戻った。
「おはよう、倫太郎。……ほら。いくよ。」
スカートがふわりと舞い上がり、しずくは玄関に向けて歩き出す。
その横顔はどこか不機嫌そうで、俺は思わず苦笑してしまう。
(昔は、俺にもよく笑ってくれたんだけどなぁ。)
俺は、幼馴染の後ろを追って家を出て、
駅へ向かって一緒に歩きだすのだった。
◆
俺たちが通う学校は、埼玉県所沢市にある、冒険者学校高等部の埼玉校だ。
自宅の最寄り駅からは、電車で約30分、駅からバスで約10分のところにある。
関東で五校ある冒険者学校高等部の一つで、設備も充実しているらしい。
国から学費などの補助は出るものの、危険がつきものの冒険者になることを反対する親は多い。
実際、うちの親を説得するのにめちゃめちゃ苦労した。
だから、しずくが冒険者学校を選んだと聞いたときは本当に驚いた。
勉強も運動もできるし、てっきり別の道を選ぶものだと思っていた。
本人が言うには――
「別に。やりたいこととか特にないし。お試しで入ろうと思っただけ。
冒険者の素質がなければ、国が一般就職へのサポートも行ってくれるし。」
とのこと。
それを聞いたときに「しずくは堅実だなぁ……」と感心したのを覚えている。
なんだかんだで同じ学校に通うことになった俺たちは、
幼稚園から始まり高校まで、いまだに一緒に登校を続けている。
学校の最寄り駅までの電車は、
通勤ラッシュを避けるために早い時間帯を選んでいるが、
それでも車内が学生とサラリーマンでいっぱいだ。
今日も混んでるなと感心しながら、つり革を掴み立っていると、
冒険者学校の学生服を着た男女が前にいるのが見えた。
その瞬間、
電車が揺れ、女の子がバランスを崩してしまう。
「ご、ごめん……!」
「いいよ、大丈夫。」
バランスを崩した女の子に袖をつままれた男の子は、
照れながらも優しく声をかける。
その耳は、ほんのり赤い。
――その瞬間、
俺は自分の顔がにやけてしまうのを感じた。
(――!! おいおいおい!青春かよ!!)
(男の子は袖をつままれた瞬間に耳が赤くなってるし!
あれは絶対、普段から意識してるやつの反応だって!)
(さらに、女の子の方も、手を離すときに名残惜しそうにしてたんだよ!?
あれは……もう……絶対好きなやつじゃん!!)
テンションが急激に上がった俺の脳内では
二人の明るい未来予想図が勝手に再生されていく。
いやぁ……青春って素晴らしいね。
その後、冒険者学校の最寄り駅に着くと、俺たちは電車を降りた。
そして、とうとう我慢ができなくなった俺は、
しずくにひっそりと、先ほどの感動を伝えることにした。
「見た!? あの距離感! あれは絶対両片想いだって!」
「……はいはい。」
「いや!聞いてくれよ!あれは――」
「……」
しずくは無言のまま歩く。
さっき家を出たときと同じ、あの “ むすっ ” とした横顔だ。
どこか拗ねているようにも見える。
でも、愛想を尽かしたりせずに俺の隣にいてくれる。
二人でいるときは、いつも俺ばかりしゃべってしまうが、
しずくは嫌な顔をせずに聞いてくれる……聞いてくれてるよね?
こんなことばかりするから、しずくに睨まれてしまうのだろうか。
でも、やめられない。
――なんと言われようが、ラブコメは、俺の人生のスパイスだからな!
TIPS:冒険者学校
・国はダンジョン資源の安定供給と死亡者の減少を目的に、冒険者学校を設立。
・冒険者学校には高等部と、訓練校 (大人の部)がある。
TIPS:冒険者学校高等部
・国から潤沢な補助が出る一方、冒険者として生き残るには、ある程度の適正が必要となる。
・適性がない、または冒険者を希望しない生徒には一般就職のサポートが行われる。
TIPS:冒険者学校訓練校
・一定の授業料等を払い、好きに授業を受けることができる。




