2章9話「知らない天井と、勝利の余韻」
◆
白い天井が見えた。
ぼんやりとした視界の中で、
柔らかい布の感触と、薬草の匂いが鼻をくすぐる。
(……ここは……)
ゆっくりと目を動かすと、
俺の右手を握りしめたまま眠っているしずくの姿があった。
髪は乱れ、目元は赤く腫れている。
泣き疲れた姿だと一目でわかった。
(……しずく……)
俺が少し指を動かすと、
しずくの指がぴくりと震えた。
「……ん……」
しずくがゆっくりと目を開ける。
そして、俺の顔を見た瞬間――
「……っ……!」
大粒の涙が、こぼれ落ちた。
「り、倫太郎……っ……!」
しずくは堰を切ったように泣きながら、
俺の胸に飛び込んできた。
「よかった……ほんとに……よかった……!
死んじゃうかと思った……!」
「しずく……落ち着けって……」
「落ち着けないよ……!
あんな……あんなの見せられて……!」
しずくの声は震え、
涙が俺の胸元にぽたぽたと落ちる。
俺はしずくの背中に手を回し、
ゆっくりと撫でた。
「ごめん……守るって言ったのに……」
「違う……違うの……!
倫太郎は……私を守ってくれた……
だから……だから……!」
しずくは言葉にならない声を漏らしながら、
さらに強く抱きしめてきた。
その温もりが、胸に刺さる。
しばらくして、
テントの入口が開いた。
「……起きたか」
黒鋼先生が入ってきた。
しずくは慌てて涙を拭い、
俺の横に座り直す。
「先生……」
「無事で何よりだ。
だが、状況は楽観できん」
黒鋼先生は腕を組み、険しい表情で言った。
「Dランクのダンジョンにイレギュラーボスが出た。
今まで一度も出たことがなかったのに、だ。
ダンジョン内部で何かが起きている可能性が高い」
「……何かって?」
「まだ断定はできん。
だが――お前の戦い方も、気になる」
黒鋼先生の視線が俺に向けられる。
「お前……あの時、何をした?」
「……すみません。
あまり覚えてなくて……」
「そうか」
黒鋼先生は短く息を吐いた。
「無理に思い出す必要はない。
今は、ゆっくりと休むといい」
黒鋼先生は俺の身体を気遣ってくれた。
だが、その眼差しは、俺の中の “ 何か ” を見極めようとしているようだった。
先生は、しずくの足の状態を確認し、
「よく耐えたな」とだけ言ってテントを出ていった。
その後は、陽斗と雨宮さん、工藤先輩が見舞いに来てくれた。
「おい倫太郎!
マジで死ぬかと思ったぞ!」
陽斗が泣き笑いしながら肩を叩く。
「しずくちゃんも。すごく心配してたんだよ?」
雨宮さんが優しく微笑みかける。
「お前、あの状況でよく戦ったな。」
工藤先輩が感心したように言う。
しずくは真っ赤になりながら、
俺のそばを離れようとしない。
「お前ら……なんか距離近くね?」
陽斗がニヤニヤしながら言う。
「ち、ちが……!」
しずくが真っ赤になって否定する。
その反応に、昔のしずくの面影が重なるようで、
俺は思わず笑ってしまった。
仲間たちの見舞いが終わり、
テントには俺としずくの二人だけが残った。
しずくは静かに、俺の手を握り直した。
「……もう、勝手にいなくならないで」
「いなくならないよ」
しずくは涙を拭いながら微笑んだ。
その笑顔は、
今まで見たどの笑顔よりも優しかった。
「……ほんと、怖かったんだよ……」
「ごめん。
でも、しずくが呼んでくれたから……戻ってこれた」
しずくの肩が震えた。
「……バカ……」
そう呟きながら、
しずくは俺の手を胸に抱きしめた。
しずくの温もりを感じながら、
俺は静かに目を閉じ、眠りに落ちるのだった。
◆
その頃、テントの外では、
黒鋼先生が誰かと電話をしていた。
「……他のダンジョンでも、例年にない異常がみられると」
「……生徒に被害が出る前に、対策が必要だな」
「それと……倫太郎のあの動き、あれは覚醒者の可能性が……」
長期ダンジョン演習でおきた、一つの大騒動。
これが、長く続く巨大な物語の始まりだとは――
この時の俺は、まだ知らなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
2章まで書ききれたこと。
2章まで読んでいただけたこと。
本当に感慨深いです。
実は、初期プロットよりも物語がだいぶ膨らんでしまいまして……
作者としては “ うれしい悲鳴 ” です。
それでも、自分のキャラが生き生きと動いてくれることは喜ばしいことですし、
応援してくださる皆さまのおかげで、ここまで書き続けられています。
3章以降も、倫太郎としずくの関係性、
そしてダンジョンの “ 異変 ” が本格的に動き出します。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
と思ってくれた方は、ぜひ高評価(★満点)とブックマークをお願いします。
続きは、1日お休みをいただき、明後日から月・水・土に1話投稿(20時)します。
それでは、引き続き、本作をお楽しみください。
X(旧Twitter):@yomu_kobo




