2章6話「二人で生きて帰るために」
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落下の衝撃が収まったあと、
俺はゆっくりと目を開けた。
湿った土の匂い。
薄暗い空気。
そして――腕の中に、しずくの温もり。
「……しずく、大丈夫か……?」
声をかけると、しずくは俺の胸元をぎゅっと掴んだまま、
涙をこらえるように震えていた。
「……ごめん……私のせいで……」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
「違う。しずくのせいじゃない。
俺たちは……生きてる。それで十分だよ」
しずくは唇を噛み、こくりと小さく頷いた。
俺は周囲を見渡す。
落下地点は、柔らかい土と苔に覆われた広い空間だった。
天井はやや高くなっており、見上げると落ちてきた穴が遥か上に小さく見える。
崖の壁は滑らかで、登るのはほぼ不可能だ。
上から仲間の声は聞こえない。
距離がありすぎるのか、そもそもこの場所が正規ルートから外れているのか――判断がつかない。
(……ここは中層かもしれない)
落下の深さと湿気の強さから、そう判断するしかなかった。
しずくが不安そうに俺の袖をつまむ。
「……戻れないの?」
「崖を登って戻るのは無理だな。でも、出口は必ずある。
ここでじっとしてたら、逆に危ない」
できるだけ明るい声で言うと、
しずくの表情が少しだけ和らいだ。
中層は上層よりも湿気が強く、薄暗い。
壁には光る苔が点々と生え、遠くから水音が響いてくる。
どこかで “ 何か ” が動いている気配もある。
(ここに長居はできない……)
正直、この判断が正しいかどうかはわからない。
だが、食料には限りがあり、救助がいつ来るかも不明。
一か所にとどまれば、魔物に襲われる危険性も高い。
「行こう、しずく。まずは安全な場所を探す」
「……うん」
しずくは立ち上がろうとしたが、
「っ……!」と小さく声を漏らし、膝をついてしまった。
「しずく!? どうした」
「……足、ひねっちゃったみたい……」
右足首が少し腫れている。
触れようとすると、しずくがびくっと肩を震わせた。
(捻挫か……最悪だ)
「ゆっくりでいいから。立てるか?」
「……ごめん」
「謝るなって。俺がいる。
いつも助けてもらっているんだ。
いざとなったら、お姫様抱っこでもなんでもやってやるさ」
しずくは俯きながらも、俺の腕をそっと掴み、慎重に歩き出した。
中層は、洞窟というより “ 地底に沈んだ遺跡 ” のようだった。
天井は果てしなく高く、どこまでも続く灰色の景色が、この空間の無機質さを際立たせている。
崩れた石材の隙間に積もった土や苔が、長い年月をかけて朽ちていった場所だと物語っていた。
しずくは落下の際に直剣を落としてしまい、
今は予備の短剣を握っている。
俺も片手剣を手に、前を警戒しながら進んだ。
「……倫太郎」
「ん?」
「……ありがとう」
しずくが小さく呟いた。
その声は震えていたが、どこか安心も混じっていた。
「気にすんな。俺たち、絶対に帰るから。
帰ったら、いつものうまい飯でも食わせてくれ」
俺の軽口に、しずくは少しだけ表情を柔らかくした。
途中、洞窟コウモリやスライムのような魔物が現れたが、
俺たちは戦闘を避け、迂回しながら進んだ。
しずくの足は限界に近い。
歩くたびに痛みが走るのか、肩が小さく震えている。
(……早く休ませないと)
少し広い場所を見つけ、俺たちは腰を下ろした。
しずくは水を飲み、しばらく黙っていたが――
ぽつりと呟いた。
「……私、倫太郎の隣にいる資格がないのかもしれない」
「は?」
「だって……私、足を引っ張ってばかりで……
今日だって、私が無理したから……」
「しずく」
俺はしずくの肩に手を置いた。
「俺は今まで、何度もしずくに助けられてきた。
しずくがいたから、俺はここまで来れたんだ。
だから……今度は俺がしずくを守る番だろ。」
しずくは驚いたように目を見開き、
そして――ふっと微笑んだ。
「……倫太郎がいてくれて、よかった」
そのまま、しずくは俺の肩にもたれかかり、
ゆっくりと目を閉じた。
(……寝たのか)
緊張が解けたのだろう。
しずくの呼吸は穏やかで、体温が俺の腕に伝わってくる。
しずくの安らかな寝顔に、胸が少しだけ熱くなった。
しばらく休んだあと、
俺たちは再び歩き始めた。
そのとき――
「……っ!」
しずくが肩を震わせた。
遠く闇の奥から、
昨日の " あの低い唸り声 " が響いたのだ。
(大丈夫だ、まだ遠い……!)
俺はしずくを背にかばいながら、ゆっくりと前へ足を踏み出した。




