2章2話「俺を褒めても、長期探索の助言しか出ないゾ」
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翌日。
大規模ダンジョン演習の告知から一夜明け、教室内は朝からざわざわしていた。
クラスメイトが、黒鋼先生から貰ったメモを片手に話し合っている。
そこには、最低限必要なものと、その数量が書かれていた。
「ねえ、食料ってどれくらい持っていけばいいの?」
「このプリントに書いてある通りでいいんじゃない?」
「ねぇ!ねぇ!ねぇ!寝袋って必要なのかな?!」
「魔力が足りなくなったら、どうやって回復すれば……」
あちこちから質問が飛び交い、
黒鋼先生の説明を聞いたとは思えないほど混乱している。
そんな中、なぜか俺の机の周りには、人が集まり始めていた。
「倫太郎、長期探索ってどうすれば疲れにくいんだ?」
「水ってどれくらい必要なの?」
「夜の見張りって、どうやって交代したらいいの?」
(……なんで俺のところに?)
集まってきたのは、普段のダンジョン探索で一緒になったメンバーや、
俺がちょっとした助言をした連中だった。
「足の踏み込み、もう少し前だぞ。」とか、
「その魔物は横から攻めたほうがいい。」とか、
そんな軽いアドバイスをしただけだ。
前世での経験があるとはいえ、俺はただの一年生だ。
それでも、初心者に聞かれたことに答えるだけなら難しくない。
必要以上に偉そうにするつもりもないし、
ただ知っていることを、淡々と返しているだけなのに――
なぜか、みんな真剣にメモを取り始めていた。
「疲れにくくするには、歩幅を一定にして歩くこと。
無駄に走らないことだな。」
「水は一日二リットルを目安に。
でも持ちすぎると重くなるから、浄水タブレットを余分に持って備えたほうがいい。
途中で水源を確保できれば余裕ができるけど、
今回は三日間の工程だから、最悪、節約していれば最低限の量でも何とか乗り越えられる。」
「見張りは、二時間交代が基本。
集中力が切れたり、疲労や眠気が蓄積する前に交代するほうが安全だ。」
答えるたびに、周囲のクラスメイトが「へぇー」「すご……」と感心したようにうなずく。
(いや、そんな大したこと言ってないんだけどな)
そんな俺の様子を、しずくが " じとーっとした目 " で見ていた。
「……倫太郎、人気だね」
「え? そうか?」
「そうだよ」
しずくは " むすっ " として、俺の机の横にぴたりと立つ。
(なんだ……? 怒ってる?)
理由がわからずに首をかしげていると、今度は別の女子が声をかけてきた。
「あの、倫太郎くん。
夜の見張りって……男女で組んでもいいのかな?」
「え? まあ、危険じゃなければ……」
「そ、そうなんだ……!」
その女子は期待に目を輝かせ、頬を赤くして去っていく。
(……なんで赤くなるんだ?)
俺が訳も分からず、その子を見送っていると、
しずくの機嫌はさらに悪くなり、むすっとしていた。
「倫太郎、さっきの子……」
「ん? どうした?」
「……なんでもない」
しずくは、ぷいっとそっぽを向く。
(なんだ……? 本当にどうしたんだ?)
そんな俺の疑問をよそに、
教室の別の場所では、颯斗が女子に囲まれていた。
「颯斗くん、一緒にパーティーを組まない?」
「颯斗くん、夜の見張りのとき一緒に……」
「颯斗くん、颯斗くん!」
最初のダンジョン訓練の時から、彼の周りには人が絶えない。
整った顔立ちで、戦闘の腕前はもちろん、スキルにも覚醒している。
誰かが声をかければ、颯斗は嫌な顔ひとつせず丁寧に答える。
男女を問わず好かれており、自然と人が集まってくるタイプだ。
その姿勢もまた、彼の人気に拍車をかけていた。
今回の演習でも、間違いなく優秀者として名前が挙がるだろう。
(……やはりイケメン。イケメンはすべてを手に入れる。)
俺が心の中で納得していると、しずくがぽつりとつぶやいた。
「倫太郎は……誰かに囲まれたりしたいの?」
「いや、ないだろ」
「……ふーん」
しずくの機嫌が、少し良くなったように見えたが、
その理由が俺にはわからなかった。
その後も俺の周りでは、長期探索についての質問が続いた。
「倫太郎、保存食って何がいいんだ?」
「あのー、靴ってどれくらいの硬さが……」
ふと、しずくが話を遮るように俺の腕をそっとつかんだ。
「……倫太郎。 ほら、もう次の授業に行くよ。」
その声は小さいのに、妙に強引で。
周りの生徒たちも「あ、うん……」と道を開けてくれた。
しずくは、俺の袖をつまんだまま、離す気配がない。
まるで “ ここは私の場所だよ ” と言っているようだった。
そして放課後。
演習への不安は完全に消えたわけではないが、
それ以上に “ 初めての長期演習 ” という、非日常への期待が勝ってきたのだろう。
質問にきていたクラスメイトもいなくなり、俺の机の周りは静かになった。
教室の空気は、まるで遠足前日の小学生みたいに明るくなり、
誰もが少し浮かれていて、どこかそわそわしている。
「夜の見張り、誰と組もうかな……。」
「宿泊って、ちょっと楽しみかも。」
「夏休み前のイベントって感じだよね!花火持って行っていいのかな?」
(……青春だなぁ。)
俺がそんなことを考えていると、しずくが俺を呼びに来た。
「……倫太郎、帰ろ。」
「お、おう。」
しずくの表情は、どこか嬉しそうで――
俺を呼びかける声は、いつもより少しだけ柔らかかった。




