2章1話「冒険者として生きるための資質」
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桜の花が散り、淡い春色が姿を消してから、しばらく経った。
木々はいつの間にか濃い緑をまとい、季節が確かに夏へ向かっていることを告げている。
ダンジョン実習から数週間。
俺たち一年生は、少しずつ “ 冒険者の生活 ” に慣れてきていた。
(あの実習から、みんな少しずつ変わったな……)
工藤先輩のアドバイスを受けて
木剣と小盾での戦闘は、全員が形になってきた。
基礎を学び、自分ひとりでも対処できる力をつけることができた。
あとは、自分にあった戦い方や装備を選び、長所を伸ばしていく段階だ。
先週、俺たちは話し合って、戦い方と装備を変えることにした。
陽斗は、攻撃的なタンクを目指し、大盾とメイスに変更した。
「前に立つなら、殴れたほうがいい」という理由らしい。
雨宮さんは、武器をクロスボウに変え、
中距離からの牽制と、道具を使った支援を練習するようになった。
しずくは、武器を直剣に変更した。
理由は――
「……倫太郎の隣で戦いたいから。
軽くて扱いやすいほうが、私には合ってると思ったの」
とのことだった。
そう言われて、俺は少しだけ違和感を覚えたが、深く考えずに納得することにした。
(……まあ、軽い武器のほうが扱いやすいのは確かだしな)
俺の武器は、今のスタイルが合っているので、
木剣を片手剣に変え、小盾はそのまま使うことにした。
俺たちのパーティーは、
・前衛:陽斗
・中衛:俺としずく
・後衛:雨宮さん
という、バランスの良い編成となった。
装備を変えてからのダンジョン探索は、思った以上に順調だった。
陽斗は、大盾で敵の突進を受け止め、
メイスで確実に反撃を入れるようになった。
雨宮さんは、クロスボウの扱いに慣れ、
俺たちの死角に入った魔物を素早く牽制してくれる。
しずくは、直剣の軽さを活かし、
以前よりも素早く動けるようになっていた。
「……倫太郎。 次の敵、右から来るよ。」
小さく声をかけてくれるしずくの気配は、
前よりもずっと近く感じる。
(……おかしいな。
しずく、こんなに俺の近くにいたっけ?)
息を合わせるためか、こちらの動きをよく観察してくる。
その気持ちに応えるように、俺もしずくの動きを意識するようになった。
互いの間合い、踏み込みの癖、攻撃のタイミング。
そういった細かい部分が少しずつ噛み合い始め――
気づけば、俺たちのパーティーは、
Eランクダンジョンにも挑戦して何度かクリアできるほどになり、
以前よりもずっと滑らかに連携できるようになっていた。
忙しく日々は過ぎていき、夏休みが近づいてきたころ。
朝のHRで、黒鋼先生が黒板に大きく文字を書いた。
「いいか、来週から大規模ダンジョン演習が始まる。」
教室がざわつくなか、
黒鋼先生は淡々と説明を続ける。
「大規模ダンジョン演習とは、
長期間滞在型ダンジョンで、実際に冒険者として生活する訓練だ。」
ざわつきは収まらない。
それでも、生徒たちは黒鋼先生の言葉を聞き洩らすまいと、
前のめりになって必死に耳を傾け始めた。
「まず、食料管理だ。」
黒板に “ 食料 ” と大きく書き、トントンと指で叩く。
「各自で食料を持参、管理してもらう。
保存食の扱いを誤れば、三日目には腹を空かせて動けなくなる。
食事は “ 戦闘力 ” だ。軽く見るな。」
生徒たちが、ごくりと息をのむ。
黒鋼先生は、教室が静まり返ったのを確認すると、次の文字を書きながら続けた。
「次に、魔力管理。
……と言っても、スキルを取得できているのはクラスでも数名だけだがな。」
スキルを取得している者たちが、そわそわと視線を交わす。
「スキルは、無駄撃ち禁止。
回復タイミングも自分で把握しろ。
魔力が尽きた瞬間、お前たちはただの “ 戦う力のない一般人 ” だ。」
教室の空気が一段階重くなる。
「危険度についても話しておく。
長期間滞在型ダンジョンは、階層が深くなるほど魔物が強くなる。
今回使うのは、Dランクダンジョンの上層だ。
上層の魔物の強さは、Eランクダンジョンの下層と同程度だが、それが複数体出てくる。
演習には、少なくともEランクダンジョンをクリアしたやつらしか連れて行かん。
現時点で資格がないやつは無理をせず、次の機会に備えろ。」
黒鋼先生は淡々と告げるが、その言葉には重みがあった。
「最後に――心理的負荷だ。」
黒板に “ 暗闇・閉所・疲労 ” と書き連ねる。
「ダンジョンは暗い。
空気はよどみ、湿気が肌にまとわりつく。」
「普段の短時間の探索では気にならないが、長期間の探索ではこの状態に長くいることになる。
疲労が蓄積すれば、判断力は鈍り、些細なことでパニックになる。
仲間との連携が乱れれば、それだけで命取りになる。」
クラス全体から、戸惑いの声が上がり始める。
「え、寝泊まりするの……?」
「無理無理無理!」
黒鋼先生は、こめかみを押さえるようにして小さくため息をついた。
「……気持ちはわかる。だが、現実は待ってくれん。
不安だからといって、魔物は優しくしてくれんぞ。」
その静かな一言に、教室のざわめきがすっと引いていく。
(……まあ、俺も前世で似たようなことは何度か経験したけど、簡単に慣れるものじゃないよな。)
俺は、前世で長期探索をしたことがある。
とはいえ、前世では魔法が発達しており、
古代文明によって作られた階層間ワープ機能もあった。
そのおかげで、多くの冒険者は長期探索でも無理をする必要がなかった。
それでも、特定の魔物を狙う時や、遺跡ダンジョンで掘り出し物を探す時など、
泊まり込みでの探索が必要になる場面は確かにあった。
(この世界には、あの便利なワープ機能はない。
だからこそ、長期探索の負荷は前世よりもずっと重い。
……気を引き締めないとな。)
ひとしきり説明が終わったあと、
黒鋼先生は質問がないか皆に確認した。
クラス全体が戸惑いから回復できずにいるなか、
我がクラスが誇るイケメン、池輝颯斗が、さっそうと手を挙げた。
「先生、長期滞在中の魔力枯渇の兆候について、
具体的にどの段階で撤退判断をすべきでしょうか?」
「いい質問だ、颯斗。
魔力枯渇は “ 自覚症状が出た時点で遅い ” 。
仲間の魔力量も常に把握しておけ。」
颯斗の発言で沸き立つ女子たち。
「颯斗くん、やっぱりすごい……!」
「頭も良くて強いとか、反則だよー!」
(俺も、黒鋼先生にカッコよく質問したら、女子にキャーキャー言われるかな。
りんたろうくん すてきー!! とか。
……いや、ないな。)
俺がくだらないことを考えていると、
黒鋼先生は話を切り上げるようにクラスを見渡し、締めくくるように言った。
「以上だ。
大規模ダンジョン演習は “ 遊び ” ではない。
だが、ここを乗り越えれば、お前たちは一段階成長できる。
覚悟を持って臨め。……解散だ。」
教室が再びざわつく。
(……いよいよか。
長期探索は、実習とは比べ物にならない。
でも――)
しずくが不安げにこちらを見ていた。
(……しずくには格好わるいところ、見せられないよな。
幼馴染として、頼りないと思われたくないし。)
俺は小さく息を吸い、前を向いた。
TIPS:スキル
・スキルは選んで取得できない。
・魔物を倒すことで体内に蓄えられた存在の力が、個人の特性に応じてスキルとして顕現する。
・万能ではなく、油断すれば普通に魔物に殺される。




