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第9話


 フィルは毎朝、窓からやってきた白い小鳥たちが運んできた手紙に目を通す。

 机の端に積み上げられ、最終的にゴミ箱に入っていく不思議な手紙たち。


 「うわ……」


 今朝は4羽の鳥が手紙を足にくくりつけてやってきた。

 フィルは慣れた手つきで封を切り、次々と目を通していく。封筒の裏にある差出人の名前が、4通全て同じだった。


 読み終えるなり大きなため息を吐き、満希の顔を見た。


「お呼び出しだ。出かけないと」


 フィルは心底嫌そうな顔をした。満希はそんな彼を初めて見た。



 

「魔法、管理局?」

「そう、魔法使いたちが管理している場所」


 焼いたパンの香ばしい匂いが居間に広がっていた。

 最近は満希が朝食を作ることが増え、フィルは満希が用意した朝食に手を伸ばす。

 

「どうしてそんな人から?」

「魔法管理局は、僕の勤め先だよ」


「え」

 満希は目を白黒させて、フィルを見た。

 

 仕立て屋の店主のサリーの話では、彼は生まれたときから山の守護人の候補だと満希は聞いた。

 満希は改めてフィルを見つめた。山の守護人で魔法管理局員?

 


「裏人の保護は、山の守護人の仕事って言ったの覚えてる?」


 満希は頷いた。

 もちろん覚えている。だから満希を助けてくれたのだから。


「裏人を支援するのが魔法管理局なんだ。ミツキのことは報告したし、落ち着いてから顔を出しに行こうと思ってたんだ」

「そうなんですか……」


 満希はわかるようで、わからなかった。

 フィルの兼業については謎のままだった。

 


「僕の上司が、君に早く会いたいみたい」

 お呼び出しは、フィルだけではなく、満希もだった。

 フィルの上司といえば、仕立て屋で領収書の届け先になった人物だ、と満希は思い出す。


「……なぜ?」

 満希は怪訝に眉を寄せた。

「うーん……なんでだろう」


 満希は不安を抱えて、押し黙った。


 

「あ、魔法管理局はレヴァンデルにあるんだ」


 聞いたことがある名だ。

 満希の今後の行き先は、レヴァンデルに行くまでに決めようと彼と最初に話した。



 サーッと血の気が引く。

 最近は山での生活になじみ、これからのことを真剣に考えていなかったからだ。

 

「あ、違うんだ。落ち着いてから、レヴァンデルの魔法管理局に行こうと思ってたんだ」

 フィルは慌てて、あのときの言葉を説明した。


「だから、それまでに決めればいいと思ってたんだよ」

 ここにきて迷ったばかりの満希を慮っていた。


「これはお呼び出しだから、すぐ決めなくていいよ」

「……はい」

 

 フィルは出会ってからずっと、裏人の満希を考えて行動していてくれていたようだ。

 ゴミ箱の中の手紙は、何が書かれていたかわからない。少なくとも、満希の内容はあっただろう。


 満希は、支度の準備を始めた。

 仕立ててもらった星屑のスカートを履いて髪をハーフアップに結った。

 とくべつな日の、とっておきのおまもりだ。


 

 

 荷物をまとめて居間に向かうと、ワインのような深紅の色の制服に身を包んだフィルが立っていた。

 満希は驚いて声が出なかった。フィルはいつも山の色をしたラフな姿だったため、余計に新鮮だった。


 驚いている彼女の反応に、フィルは詰まった首元を指先で触り「やっぱり制服似合わないよね」とげんなりしていた。

 満希は首を振る。彼のいつもあちこちはねる髪はきれいに整えられて前髪は違う分け目になっていた。

 いつもと違う彼に満希は、「……その、変ではないです」気の利いたことを言えなかった。

 

 

 居間の家具を避け、カーペットをめくると床に魔法陣が隠れていた。

 こんな場所に魔法陣があるなんて。初めて見る魔法陣に満希は興味津々にのぞいた。


 

「準備はいい?」

 満希は困ったように魔法陣とフィルを見比べた。


「これは転移魔法。これで、首都までひとっとびだ」

 満希は半信半疑に魔法陣の中へと踏み込んだ。


「ど、どんな感じで動くんですか?」

 エレベーターや飛行機、あらゆる乗り物の感覚を思い出す。

 

「うーん……」

 フィルは少し考えたがすぐに諦めたように「まあ、使ってみた方がわかるよ」あっけらかんと言ってみせた。

 

 満希は、だんだんフィルの性格がわかってきた。

 けっこう説明が下手で、ときどき大雑把だ。

 

「まあ、僕も好きじゃないし、苦手なんだよね」

 不安を煽られ、満希は踏んでいる魔法陣を恐る恐る見た。

 満希の表情は変わらないが、まるで直下型ジェットコースターに乗る直前の気持ちだった。


 

「同伴者は迷子にならないため、手をつなぐんだ。触れていいかな?」

 

 フィルは大きな手を満希に差し出す。

 

 満希は、横目でその手を確認した。羞恥心よりも、怖さが勝った。

 すがるように両手で彼の手のひらをつかみ、満希は覚悟を決めた。

「……行きましょう」


 表情は大きく変わらないのに、彼女の感情がわかった気がした。

 また意外な満希の姿を見つけてフィルは少しだけ笑った。


 

 

 大きな海に沈み込むような感覚だった。

 深い海の中のように息が苦しい。真っ暗で何も見えなかった。

 怯える満希の手を、繋がったフィルの手が引く。


 フィルの温度を思い出し、そばにいることがわかる。

 握った手を、さらにぎゅっと力をこめた。

 

 



 人の声で目を開けた。

 山は静かだったせいか大勢の話し声は、耳が痛い。

 

 青々とした晴天の下、満希は街中の大きな魔法陣の上に立っていた。

 久しぶりの太陽は、眩しすぎて目を開けづらい。

 

 魔法陣の上には、フィルと同じ深紅色の制服を着ている数人がいた。

 目を開けるなり、すぐに目的地へと足を伸ばす。

 どうやら魔法管理局員が使う、通路らしい。

 

 

 満希は知らない人たちの視線に身をすくませた。

 

 隣に立っていたフィルは、突然、満希の空気の異変に気が付いた。ぎょっとして彼女の顔をのぞき込む。

 満希は、いつもと違うフィルに至近距離で見つめられ、目を丸くした。

 

 その合間を、ふわりと綿毛が横切る。


 

 それを2人は目で追っていると、ひとつ、ふたつ。とどんどん数が増えていく。

 溢れてくる先を目でなぞっていくと、満希のローブの下から溢れてきていた。


 服の裾やローブの隙間からふわふわと光る綿毛が飛び出し、満希の周りを寄り添うようにくるくる飛び回る。

 魔法陣の上に綿毛が溢れ、振り返る人がちらほらいた。見えている人も、見えない人もいるようだ。


 綿毛はきらきらと輝いて、人の目を奪う。「なにこれ、綿?」

 

 綿毛の出どころを探した局員が、フィルと目が合う。

 フィルは、ローブを引っ張りフードをかぶせて彼女の顔を隠す。


「なんだフィルさんか」

「やあ、みんな久しぶり」


 彼の顔を見るなり、納得した様子でその人は目的地へと足を向けた。

 2人は人目がつかないように、その場を離れた。


 

 石畳を行き交う人々の靴音が響く。

 

 フィルは彼女の肩を抱き、急ぎ足でどこかに向かっていた。

 焼き菓子の甘い香りや、香水のような匂いが風に混じって流れていく。

 

 あふれ出る綿毛は、ローブの中から漏れ出て、青い空に消えていく。そして、また中から出てくる。

 不思議な光景を満希はローブの下から眺めていた。

 

 

 人気のない路地裏に辿り着くと、フィルは満希を覆うように立つ。大きな身体は、満希を簡単に隠せた。

 満希は全く状況が読めず、彼の制服の金色のボタンを見つめることしかできなかった。

 


「……霧神様の仕業だ」

 

 呆れたような掠れた声が耳のすぐ近くに届く。困ったと言わんばかりに吐いたため息が満希の髪を撫でた。

(霧神様?)

 思いもしない神様の名に満希は首をかしげたかった。だが、ローブをしっかりときつく掴まれているせいで身動きが取れない。


「出ておいで」

 彼の声がまた近くなる。

 精霊が満希の首元に隠れようとするのを見て、フィルは彼女の首元へ手を伸ばした。


「出てこないと――」

「あの……っ」


 フィルの指先が、満希の柔らかなうなじをかすめる。

 

「……くすぐったい、です」

 

 真っ赤になった満希が消え入りそうな声で溢すと、フィルは自分が触れてしまった箇所に気づき、絶句した。

 フィルはつられるように顔が赤くなっていく。


「ご、ごめん!!」

 フィルがローブから手を離すと綿毛は溢れかえり、満希のまわりや空に舞っていく。

 上空へ舞う綿毛を2人でぽかんと見上げた。


 

「……霧神様が、君に加護を授けたみたいだ」

 フィルは、頭をかいてから呆れたように言った。

 

「私に?」

 綿毛の精霊からは、境界線や先日会った犬から感じた、馴染みのある不思議な感覚があった。

 加護というものはよくわからない。だけど、神様が何かを授けてくれた。

 このまえの犬が、霧神様によろしく伝えてくれたのかと考たら、満希は笑みがこぼれた。


 

「霧神様って、すごく親切なんですね」

「親切なんてもんじゃないよ……」


 フィルは頭を抱え、精霊を見た。

 まるで満希に執着するように、彼女の身体から光が溢れ続けている。


 (霧神様の加護なんて聞いたことがない)

 不思議な力を授けるというよりは、まるで自分のものだと誇示しているようだった。

 フィルは嫌な予感しかできなかった。


 (いつ、ミツキに授けたんだろう)

 やさしく光を見つめる満希の横顔を見ていた。

 


「でも、ちょっと目立ちますかね……?」


 精霊は、とにかく輝いていた。

「うん、力も強すぎる」

 わがままな独占欲の強い力に、フィルは呆れていた。


「僕もたまに精霊を連れてきちゃうから、さっきはどうにかなったけど……」


 2人は先ほどのことを思い出す。

 街中、綿毛で溢れ騒がしくなる光景は簡単に想像できた。


 

「みんな目立たないように、満希に隠れられる?」


 綿毛たちは、満希の首元に隠れていく。先ほどより数が減った代わりに、凝縮されたように光が濃くなる。


「ま、まぶしいのでもう少し抑えてもらえますか?」

 満希は、首元が眩しく瞳を手で覆った。

 露わになった彼女の白いうなじを見て、フィルは先ほどの感覚を思い出しごくりと唾を飲み込んだ。


 精霊の光が淡くなり、満希はやっと目を開けた。

 首元がやけにあったかく感じて頬をほころばせたのだった。


 

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