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ぬくもりの行方 22



「ミツキ、海の幸を買ってきて!お願い!」

「う、海の……幸?」

 

 満希は仕事終わりに、またクロエに手を握りしめられていた。


 

「新作パンに合いそうな、食材を買ってきて欲しいの!」

「この村に海の幸なんてありますか……?」

 

「ないから、港まで行って来るのよ!」


 友達を思い出してしまうクロエのお願いには、満希はめっぽう弱かった。

 困ったように満希は、パン屋へ呼び出されたフィルに視線を送る。


 フィルはすべてを察し、クロエの隣でわざとらしくため息を吐いた。

 


 

 この村から港町ルミエラへ向かうには、首都レヴァンデルを経由して一週間以上かかる。

 裏人の満希が遠出をするとなれば、当然、魔法管理局員であるフィルの同行が必要になる。

 

 つまりクロエは、フィルが同行することを見込んで、満希にこの依頼をした。

 

 

「でもフィルのお仕事が……」

 満希が心配そうにフィルを見た。

 フィルは、クロエの策略に乗せられるのは気に食わないが、山の守護人として受け入れるしかなかった。

 

 

「次の『みんなのおつかいの日』でいいなら、いいよ」


「……おつかいの日?」

 満希は、首をかしげてフィルを見た。


「村の人は僕におつかいをよく頼むんだ。だからまとめて引き受けてるよ」

 

 フィルが魔法管理局員の通路である転移魔法を使えば、首都レヴァンデルへ1日で帰って来られる。

 その事を知る村人は、フィルによく頼み事をするのだった。

 

 彼が多忙な理由をまたひとつ知って、満希は言葉を失う。

 


「じゃあ、2人ともお願いね~」

 満希は彼らを心配そうに見比べて、身をすくめた。


「……はい。じゃあ、私着替えてきますね」


 満希は店内の奥へと姿を消すと、明らかに不機嫌なフィルとクロエが取り残された。



 

「……ユランもクロエも、余計なお世話だ」

 彼らのおせっかいに、苛立ちを隠さず不躾に吐き捨てるフィルの姿は、幼馴染の顔だった。

 

「あら、私はミツキに従業員として頼んだまで。そして、あなたは守護人としてそれを引き受けた。そうよね?」

 クロエは慣れた様子で、フィルの苛立ちをうまくかわした。


 

「……大事なんでしょ、ミツキのこと」

 クロエの言葉に、フィルは口を開いたがその唇は次第に閉じていく。


 自分の気持ちが幼馴染たちにはお見通しなのだと気付き、フィルは気恥ずかしくなる。

 ただ、この感情の行先は自分で決める。

 

 

「……ミツキは、いずれこの村から出ていくんだ」

 フィルは手のひらを強く握りしめた。


「……僕の気持ちなんて、どうでもいい」

 

 霧神様の企みや自分のせいで、この山に縛り付けてはいけない。

 

 フィルの顔が苦悩に歪む。

 身勝手なフィルに、クロエは呆れ返っていた。


 

「フィルいいことを教えてあげるわ」

 クロエの青空色の瞳は、フィルの弱気な瞳を射貫く。



「恋は、頭でするものじゃないのよ」

 

 とん、とフィルの胸板にクロエの人差し指が突き刺さる。

 フィルは、彼女の助言に不可解そうに眉をしかめた。




 

 

 それから数日後。

 港町ルミエラへおつかいの日、満希は朝から鏡の前に立っていた。

 

 朝霧を透かした淡い光が窓辺から差し込み、青緑色の布地を静かにきらめかせていた。

 

 先日黄色の服をクロエへ返したのに、手渡された新しいワンピース。

 断ることができずに受け取ってしまったそれに袖を通すと、澄んだ青緑色のワンピースが優雅に舞った。

 

 やわらかい青みの緑は、爽やかで落ち着いた上品さがあった。

 満希は、鏡に映った自分の姿を見て、安堵する。

 寒色系なら落ち着いて着られる気がした。


 

 だが、問題は大胆にレースがあしらわれた背中だ。

 しかも、背中ボタン。


 レースはローブで隠せるが、この細かな飾りボタンを一人で留めるのは至難の業だった。


 背後に手を回し悪戦苦闘していると、突然やわらかい風が満希を包んだ。

 かすかに鈴を転がしたような音が耳をくすぐる。

 ふわりと髪が浮遊し、呆気にとられていると背中のボタンがすべて留まっていた。

 

(あれ……ボタンが……?)

 

 

 満希は不可解そうにこめかみに手を当てた。

 前もこんな風に、不思議な力に助けられた気がする。


「……魔法?」

「ワフッ!」


 ベッドの上でくつろぐアサギリが、小さな声で誇らしげに鳴いた。


「……すごいね、ありがとう」

 満希は、魔法が使える賢い犬を褒めてあげると、アサギリは嬉しそうに尻尾を振った。

 


 

 

 満希はフィルと朝食を済ませ、お座りしていたアサギリを振り返った。


「じゃあ、アサギリはお留守番ね」

 ついていく気だった犬は、目を見開いている。

 

 アサギリはどうにかしろとでも言いたげな視線をフィルに向けたが、彼は首を振った。

 ルミエラに行くには、馬車へ乗り込む必要がある。


 

「犬は無理です」


 きっぱりと告げるフィルに、アサギリは鼻筋にしわを寄せる。

 ならば、とアサギリは優雅に大きな尻尾を揺らした。

 


 すると、満希は首元のあたたかさに気が付いて振り返る。

 

「わ、綿毛ちゃん……!」

 首元にいたのは、神様の魔力を分けた精霊だった。

 満希は久しぶりに見る愛らしい姿を、手の中におさめる。


「アサギリが、呼んだの?」

 フンッと鼻をならしたアサギリを、満希は肯定と受け取り頭を撫でてあげる。


「お土産買ってくるね」

 その言葉に、犬は尻尾を振った。


 

 

 綿毛を首元に隠し、リビングの絨毯をめくると転移魔法陣が現れた。

 

 2人でその上に立ち、満希は自分の鳴り響く鼓動を耳の奥で聞く。

 魔法陣の紋様が淡く輝き、低い風鳴りのような音が床下から響いた。


 思い出すのは初めて転移をした、あの感覚。

 深い海の中にいるみたいに息が苦しく、何も見えない恐怖を何度も頭で思い出す。


 

「行ける?」

「い、行きましょう」


 フィルの静かな声に、満希は強張った顔のまま、フィルに向かって両手を差し出した。


 フィルは瞠目し、差し出された彼女の両手を、恐る恐る包み込むように握る。

 

 初めて転移する日、『同伴者は、手をつなぐ必要がある』と、フィルが自分から言ったのだ。

 これは義務で繋がれた手だと、頭では分かっているはずなのに。


 少しずつ慣れていく彼女の体温に、フィルの胸はどうしようもなく苦しかった。




 

 転移魔法の使い心地は、以前と違った。

 浅瀬の海に潜り、底に足が届きそうな感覚だ。

 

 陽の光ですこし温くなった水の中、気が付くとレヴァンデルの魔法陣の上にいた。


 身構えていた満希は拍子抜けだった。

 魔力が馴染んだ今、転移魔法は苦しくならなくなったのかもしれない。

 

 

 強い陽を見上げて、満希は目を細めた。


「フィルさん、今日はおつかいの日っすか?」

「うん、局長には一応話してあるよ」

「っす、いってらっしゃーい」



 

 魔法管理局員に見送られ、2人は久しぶりの首都の喧騒に紛れ込んだ。

 

 焼き菓子の甘い香りや、露店で焼かれる肉の匂いが風に混ざって流れてくる。

 満希は、今日ははぐれないようにとフィルの後を真剣に追った。

 

 

 街の入口までたどり着くと、馬車の前に長蛇の列ができているのを見つけた。

 馬のいななきと車輪の軋む音が絶え間なく響いていた。


 

「一時間くらい乗れば、港町へ着くよ」

 

 荷馬車へ並ぶ長蛇の列を満希はのぞき込み、前に並んだ人の背中を見上げた。

 満希は馬車に乗った経験がないため、少しの不安と期待が混ざり合う。


 

 馬車が次々にやってきて、2人は何台目かの荷馬車に乗り込んだ。

 簡易な木の椅子に2人は腰かけたが、座り心地はとてもよくなかった。

 

 フィルは動き始めた荷馬車から、今まで並んでいた列をぼんやり見た。

 

「今日はやけに馬車が多いな……」

「今は、海産物がよく採れる時期だからな。荷物を運ぶ行商人も多いのさ」

 

 すぐそばにいた乗客が、フィルの独り言に返事をする。



 

 馬車は、複数の停留所を経由してルミエラに向かっていた。

 停留所で人が増えるたびに、馬車の中は狭くなっていく。

 互いの肩が少しずつ近付いていき、満希の肩はどんどんフィルの肩を押していた。

 

 肩が触れ合うたびに、通学路の満員電車をふと思い出す。


 

「……フィルは、ほうきに乗らないんですか?」

「え、ほうき?」

 満希は、隣に座るフィルを見た。

 違うことを考えていたフィルは、不意をつかれて満希を見ると、思いもよらない距離に思わず離れる。

 

 

「私がよく読んだ童話に出てくる魔女は、ほうきに乗るんです」

「空を飛べるのは、由緒ある血筋の魔法使いだけだよ」

 

「……フィルは違うんですか?」

「うん、本物の魔法使いは珍しいからね」


「だから、僕たちはこの荷馬車に乗らないといけないんだ……」

 

 干した薬草や革袋の匂い、どこか潮の香りをまとった荷物の匂いが入り混じっていた。

 フィルは、人や荷物で溢れかえる荷馬車の中を見渡して、やれやれとため息を吐いた。

 

 

 

「乗りまーす、詰めてくださ~い」


 大きな荷物を抱えた行商人が、慣れた様子で乗ってくる。

 その客を迎え入れると、馬車の中はパンク寸前だった。


 2人は椅子から転げ落ちるように奥の方まで追いやられ、互いの肩は窮屈そうに押しつぶされていた。

 人が押し寄せてくる方を、満希は静かに見つめて、片隅で小さくなるフィルを振り返る。

 

 

「フィル、……生きてますか?」

「……なんとかね」


 フィルは壁の方に頭を預けて、耳の奥でやけに大きく鳴る鼓動を無視しようとしていた。

 

 満希の細い肩ややわらかい太ももが、フィルの身体にぴったりと寄り添っている。

 フィルは少しずつ熱くなっていく身体に、さらに恥ずかしくなっていく。

 服越しに伝わる満希の体温から気を逸らし、腕を組んで違うことを考えることにした。


 

 満希は静かなフィルを心配してのぞき込むが、難しい顔で何かを考え込んでいた。

 フィルに体重をかけないように移動しようとした、その時。


 馬車がわだちにはまり、大きく揺れた。


 

 人や荷物が跳ね飛ばされ騒然とする中、満希は恐る恐る瞼を開けた。

 

 背中には、フィルが支えてくれる確かな温もりがあった。

 気がつくと、満希はフィルの胸の中に飛び込んでいた。

 

 硬い胸板に手をついてしまい、フィルの体温を全身で感じる。

 どくどくと速くて力強い鼓動が、満希の手のひら越しに伝わってきた。

 周囲のざわめきが遠のき、耳に届くのは彼の鼓動だけだった。

 

 いつかの雨の森の匂いに包まれて、満希は驚いて身体を離そうとするが、すぐ後ろにいた人とぶつかってしまう。

 


「ミツキ、大丈夫?」

 背中を支えていた彼の手が、気遣うように動いた。

 満希は、恥ずかしさで身をこわばらせる。


「……はい」

 満希は、小さくなって頷く事しかできなかった。

 顔を真っ赤にした満希に気が付いて、フィルもぎこちなくその手を離すのだった。

 



 

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