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第11話


「ごめんね……うちの上司が」


 フィルは首元のホックを指先ではじき胸元を緩めた。

 げんなりしたフィルに満希は首を振り、先ほどカイルが食べていたお菓子たちを思い出す。


「吸引力がすごかったですね」

「……えっ?」

「面白い人ですね、って言いました」

 

 

 魔法管理局を出ると、眩しすぎる太陽に目を細める。

 フィルといた山は、霧が薄く太陽を隠していた。

 

「じゃあ、たまには息抜きでもしますか」

 

 フィルは髪をかきあげると、分けられた前髪はいつもの位置へ戻った。

 頷き、異国の街に繰り出した。


 


 

 しばらく歩くと、祭りでもあるかのように道の奥まで露店が並んでいる。

 甘いものや香ばしい匂いがあたりに包まれ、客を呼び込む声が行き交い、がやがやと騒がしい。

 

 人の波に流されないように、慎重にフィルについていった。

 フィルは慣れた様子で、露店で串焼きや紙に包まれた揚げ菓子、スープなどを次々に買っていく。

 

「さ、食べよ」

 フィルに渡されたそれを、満希はまじまじと見つめた。


 串焼きにはなぜかフルーツが乗り、揚げ菓子には甘いソースのようなものがかかっている。

 隣ではすでに、フィルがそれを美味しそうに口へ運んでいた。

 

「歩きながら食べるんですか?」

「うん?」


 何を聞いているかわからないフィルだったが、彼女はふざけた様子も無く真っすぐフィルを見ていた。

 いや、フィルの食べ方を見ていた。

 食べ歩きなんてしたことがない彼女の育ちの良さが、手にとるようにわかった。


 

「あったかいうちに食べるのが、美味しいよ」


 満希は食べ方を教わる猫のように何度もフィルを見て、串焼きと目を合わせる。

 行儀が悪いとしかる人はここにはいない。

 人の波に注意しながら、串焼きに思い切ってかぶりついた。

 

「おいしい!」

 彼女の目は、餌にありついた小動物のように輝いた。

 

 油の多い肉の上に乗った果物が、肉の臭みや油っぽさを消している。

 揚げ菓子も、香ばしいナッツの香りがまざり食欲を誘う。


 

「……!? 」 

 最後にスープを口にして、満希は固まった。

 香ばしくて甘いのに後味に酸味がやってくる。

 

「口に合わない?」

 平気な顔で飲むフィルを見て、カルチャーショックを受ける。

 

「いえ」

 もう一口飲んでみた。

 ごくりと流し込むように飲み込み、絶句した。

 やはり慣れない味だった。

 

「まずいんだ」

 フィルは、表情がわずかに変わる満希を見て笑っていた。


 彼の暗い部屋にあった本『裏人の食材表』を思い出す。

 フィルが、いつも満希に食べやすいように味付けしていたに違いない。

 急にフィルのスープが恋しくなった。


 

 フィルは揚げ菓子を、満希の目の前に差し出す。


「はい、口直し」

 食べ終わったゴミで両手いっぱいの満希は、受け取ることができない。

 どうしようか迷う満希を見たフィルは、特に深い意味もなく揚げ菓子を小さくちぎって満希の口元に寄せた。

 不意に、フィルの指先が満希の柔らかい唇に掠める。


「(……あ)」

 フィルは瞠目する。


 食べさせておいて、フィルは自分の行動に今更恥ずかしくなり、彼女の顔を盗み見た。

 

 満希は餌付けされる猫のような顔をしていた。

 


 

 ゴミを握りしめた満希は露店からたくさんの声をかけられた。

 次はうちだとばかりに、「そこの嬢ちゃん、美味い酒はどうだ?」と威勢のいい声が飛んでくる。

 店主のおじさんと目が合った。


「ミツキは、まだ飲めないよね?」とフィルが覗き込んでくる。

 

「こっちは、何歳から飲めるんですか?」

「21歳だよ」


 ならばと満希は、おじさんに1つくださいと指を立てる。

 フィルは目を白黒させて「え」と満希の顔を凝視する。その真っ直ぐな視線に、満希は思わず戸惑った。

 

「26歳なので」

「……本当に?」


 小さく呟く声は、口を覆った手のひらでくぐもっていた。

 フィルが驚くので、満希は居たたまれなくなる。

 一体、何歳だと思ったのか。

 

「フィルは、何歳ですか?」

「……28だよ」

 

 今度は満希が驚く番だった。



 

 美味しそうなパン屋の匂い、にぎわう人の声の中。

 酒をこぼさないよう慎重に歩いていると、フィルを見失った。

 

 慌てて人ごみを振り返ったが、深紅の制服が見つからない。

 見えない背中を探し、満希は胸元のローブを無意識につかんだ。

 がやがやと周りにいる人の声が大きくなっていく。

 

 首元にいた綿毛が満希を励ますように、ぐりぐりと頭をこすりつけた。

 

 くすぐったい。

 襟元に隠れた綿毛を、満希は撫でた。

 

 

「ミツキ!よかった……、見失っちゃった」

 

 後ろから両肩をつかまれた。

 頭上から心配したフィルにのぞき込まれ、翠玉色の瞳と目が合う。

 

「霧神様の魔力ですぐにわかったよ」

 フィルは少しだけ息が上がり、走っていたことを物語っていた。

 

「……ごめんなさい」

 フィルは落ち込んだ彼女をみていた。

 今の彼女に何を言っても自分のせいだと考えるだろう。

 今日の彼女は何を考えているかわかった。それとも、満希のことが少しずつわかってきた証拠だろうか。


「あっちまで我慢してね」

 

 フィルはそう言うなり、満希の手を包み込んだ。

 落ち込んで欲しくない、見失いたくないという彼の必死な優しさが透けていた。


 満希は引かれた手を見た。


 フィルの手は大きく、あたたかい。

 それに、言葉にできないその感覚は、満希をひどく安心させた。


 


 広場の人だかりに気が付いた。

 明るい声に目を向けると、魔法をつかった見世物を見つけた。手品のような魔法で観衆を盛り上げている。

 

 『まずは楽しむこと』

 カイルの言葉が頭の中に響く。

 

 今まで関係ないことに目を向けないようにしてきた。今は魔法から目を離せない自分に嘘をつかないように、自身のローブを掴む指先に、かすかな力をこめる。


 前を行くフィルに引かれるままだった腕を、思い切ってその場に留めた。

 驚いて足を止めた彼の背中に向かって、満希は恐る恐る声をかける。

 

 

「……フィル、見ていきませんか?」

 

 いつも遠慮する満希が、フィルを誘っている。

 恥ずかしそうにする彼女をフィルはぽかんと見ていた。


 彼女が指をさすものは、マジックショーだった。

 


 

 魔法を見つめる彼女の夜の森の色をした瞳は、輝いている。


「(手、いつ離そう)」

 フィルは、人だかりを超えたら繋がった手を離すつもりだった。

 ショーを見る人だかりは多く、まだ離せない。

 

 満希は、落ち着いた佇まいで魔法を凝視していた。

 騒ぎ立てる事はなく、時折小さく息を呑んだり、涼やかな瞳が終始輝いていた。


「(……まあ、いいか)」

 フィルは、夢中になっている彼女の横顔を見て何でもよくなった。



 


「すごかったです」

 満希は、落ち着いた声で言った。

 伏せた瞼の裏には、今見終わったばかりの魔法が簡単に描けた。


「ミツキは、魔法が好き?」

 満希はすぐに頷いた。

 好きなものを即答で認める彼女は珍しい、とフィルは思った。

 

 少し考えてから「ミツキ、魔法使ってみる?」フィルは彼女の瞳の奥を期待するようにのぞき込んだ。

 フィルの思惑どおり、彼女の瞳がパッと輝いた。

 

 

 フィルは満希の手をやさしく引き、広場の端へ移動した。

 杖を取り出した際、離れた手は互いに冷える感覚だった。


 

「術式は編んであるから、杖を振るだけだよ」


 満希は、手渡された杖とフィルの顔を、何度も見上げた。

 本当に私にできるのだろうか。期待と不安に揺れる彼女の心をすべて見透かしたように、フィルが低く笑う。


「大丈夫だよ」

 満希の袖口をそっと掴み、耳元で優しく促した。


 

 満希が杖を恐る恐る小さく振ると、杖の先に淡い光が小さく弾けた。

 まるで線香花火みたいだった。


「キレイ……」

 光を吸い込みきらめく瞳を、フィルは見つめていた。

 


 

 暗くなりはじめると、人はまばらになり冷たい風が頬を撫でていく。

 2人は紫色に彩っていく空をぼんやり眺めていた。


「……帰ろっか」

「はい」


 人だかりのない帰路は、もう手をつなぐ必要もない。

 満希は、冷えた指先を何度も擦った。


 フィルと山へ戻るために、転移魔法陣の上に立つと同伴者だからとつながった手のひらは、やはりあたたかい。

 満希は小さく息を吐く。


 

 最初に転移魔法を使ったときよりも、海の深い場所へ沈み込む感覚だった。

 息苦しくなり曖昧な意識の中、暗闇の中で握った手だけが確かなものだった。

 

 瞼の裏では、線香花火がぱちりとはじけて、消えた。


 

 

 フィルは見慣れた居間で目を開けると、すぐ隣に満希の姿があった。

 転移魔法を2人で使ったことはなかったので、無事にたどりついたことに安堵した。

 あたたかい手のひらを離し、窮屈な深紅の上着を脱ぎ捨てた。

 

 やっとまともに息ができた。

 

 

「……ミツキ?」

 下を向いたまま動かない満希に、フィルは近づく。

 ローブから垂れる黒い髪は、彼女の表情を覆い隠していた。

 

「どうした?」

 フィルの声は低く掠れた。

 満希は胸元のローブをぎゅっと握りしめ、呼吸がつらそうだ。


「……はい」

 目はうつろで、顔は真っ赤だった。

 まともに返事ができていない様子に、フィルは目の色を変える。

 

「立ち眩み、だと思います……」


 瞼を閉じ、懸命に耐えながら小さく呟く。

 顔はどんどん赤くなり、苦しそうに呼吸を荒くしている。

 首元の綿毛が、彼女の頬へほおずりするように動いた。



 フィルは彼女の肩を抱き、居間の端によせたソファに座らせた。

 彼の温度に触れて、満希はようやく肺に空気が届き、楽になった。

 彼女の様子に、フィルは息を呑む。


 

「……魔力酔い?」

 満希は目を閉じ、彼の言葉に耳を傾ける。

 熱い吐息が漏れるばかりで、うまく言葉を紡げなかった。

 

 

「慣れない魔力に、身体が酔っちゃったんだ。霧神様の魔力で少し落ち着くはずだから、ちゃんと持っててね」

 綿毛を手渡され、満希はぼんやりと眺めた。

 首元に隠れていた子たちと初めて目が合い、うっすらと弱々しく笑う。


「……かわいい」

 満希はその綿毛を愛おしそうに胸に抱きかかえた。


 フィルの言う通り、綿毛から伝わる神聖な気配のおかげで、頭の芯の激しい痛みは徐々に引いていく。

 代わりに耐え難い眠気が波のように押し寄せてきた。


 

 心配そうに覗き込むフィルの、翠玉色の瞳が滲んでいく。

 その色に安心して、小さく息を漏らした。

 

 次の瞬間、満希はすとんと意識を手放し、フィルの胸元へと倒れ込んだ。


 

「え、ミツキ!?」

 胸元に倒れてきた彼女は、規則正しく息をしている。

 落ち着いた寝顔を見て、フィルは安堵した。



 

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