7-アオくんとの距離 -特別になった日-
「あ、アオくんの配信……」
1時間前に通知が来ていた。
21:00 スピーキン アオ☆配信を開始しました。
頭には今日の出来事が浮かんで、気持ちが沈む。
ちょっと声聞くだけ……。そう言い訳して画面をタップした。
『うわ、薬草だと思ったら毒だって。』
アオくんの明るい声が耳に入ってくる。
聞き慣れたその声に少しだけ泣きそうになった。
『食べてみたら毒マーク付いちゃった。わわ、HP、削れてくっ。えーっと、ポーション、ポーション。』
ふふっ。よく分からない物食べちゃったの?なんか可愛い。
『ふぅ、焦ったぁ。毒消し沢山持ってて正解だったね。誰がアドバイスくれたんだっけ?ありがとう』
(ちゃんとお礼を言える所、好き)
頬が自然と緩む。
[はると:普通食わんだろ 笑]
[まる:毒草は、ツキミソウと調合すればちゃんと薬になるよ。毒薬ツキミポーションは隠れレシピでHP200回復、5ターンの間、火力3倍にできる。あと、毒草を矢の先に塗るっていうのもあるけど、]
[いのうえ:強すぎ。てか、ツキミソウってやつ、出てきてないじゃん]
[まる:ツキミソウは精霊の森で取れるよ]
『精霊の森?名前が、何となく終盤に出てきそうだね。』
正直ゲームのことは分からないけど、楽しそうなアオくんと同じ空間にいられることが、なんだか心地よかった。
[まる:正解。遠くに山が見えるでしょ?あれを超えた先に精霊の森がある。でもツキミソウは2つ先の街でも売買してる。1房1000ギル。ひとつのポーション作るのに2房必要だから2000ギルはかかるな]
[さかな:えー、そこまでしてツキミポーション必要かな?逆に普通のポーションいっぱい持ってた方がいいかもね。]
[はると:今は前に入った洞窟に籠った方が正解かもな。アンデッド出るけどこの前は錆びた剣で倒したんだし余裕しょ。金をじゃんじゃん貯めて最強防具にしよ!]
『だね。この森、毒系モンスターと毒キノコか毒草ばかりだから今はまだ早かったかも…。毒消しも、あと1つしかないな。……HPも10だし、今日は引き返すしかないか。』
[はると:誰かが草食って毒食らったからな。]
『まあまあ……。はい。今日の売上は2800ギルでした。毒消しとかポーション消費したのとか考えると、暫くは洞窟の方がいいかもね。』
[さかな:毒消しひとつが100ギル。今回使ったのが9つ。上手く立ち回れば毒森の方が稼げそうだけど。]
『そうだね。まぁ、おいおいね。……んー。今日は区切りいいし、ゲームは終わろうかな。……あとは雑談にしようか。』
[まる:アオは攻略とか見ないの?一定数の人はネットで攻略見てやってるよ。その方が方がサクサク進められる。ストレス少ないし。]
『んー。まぁ、そうだよね。……でも、答えみながらテスト用紙記入する感じしてさ。あんまり、好きじゃないんだよね。』
[いのうえ:地道に、頑張って笑]
『ありがとう。……引き続き、お付き合いくださいね。』
『……ねぇ。みーちゃんいる?』
突然の呼び掛けに、ドキッと肩が上がった。
呼びかけられるなんて思わなかった。
スマホを間違ってベッドの下に落とした。
腕を伸ばして拾い上げる。
少し迷ってから打ち込む。
[みいこ:いるよ。こんばんは]
『ふっ。…ん、こんばんは。』
アオくんの優しい声色。
さっきまでのゲーム配信との空気感の違いに、耳が赤くなる。
ただ、挨拶しただけ……。不思議じゃないよね?
『……ねぇ。みんな。今日はどんな日だった?』
沢山のリスナーが今日あったことについてコメントしていく。
ふぅと息を吐いて美依もコメントした。
[みいこ:ちょっとしんどいことあった。]
送信したあと、すぐに画面を伏せた。
どうせ、沢山のコメントに埋もれるから、気にしたって仕方ない。
でも、誰かの目に止まったらと思うと正直……怖い。
『……そっか』
静かな受容するような声に、静かに目を瞑る。
アオくんの声が少しだけ、近くなった気がした。
アオくんの息遣いがマイクに入る。
『みーちゃん、今日どうしたの』
心臓が、大きく鳴る。沢山のコメントに埋もれてるって思ったのに。
画面を見ると、コメントが止まっていた。
返したいのに、言葉が出てこない。
頭が真っ白だ。
コメントを回らない頭で確認するが上手く内容を理解できない。
[まる:どうした今日]
[ミチル:珍しいね]
[はると:アオ出番だぞ]
[なな:初見です。アーカイブ全部聴きました!…これって例の、お家芸ですよね!アみいの二次創作見ましたよ!リアルで見れるの嬉しい!公式公認ってことでいいですか!?]
[ミチル:お家芸とか、そういうのじゃないよ。]
[さかな:アオ、ななの垢BANお願いします]
コメントの流れが、少しだけ変わった気がした。
アオくんが待っている……。
いつものノリだ。
私がアオくんに甘えて、ヨシヨシってされて、それから、えっと……。
[みいこ:ちょっとだけ、甘えていい?]
いつものノリでいいんだよね?
送ってから、後悔した。
頭に今日窓辺に立っていた男の子がチラついて違うと小さく呟く。
心臓が痛い。スマホを胸に抱え込む。
いつもの……。私がアオくんに甘えるのなんて、珍しくない……よね?
けど、やっぱり、最近の空気感考えると違ったかも……。
私、なに言ってるんだろう。
やっぱり、引かれるかな。
『……っ、』
小さく息を呑む音が、マイクに乗った。
沈黙が痛かった。
あ、間違った……。穴があったら入りたい。
『……これ、ほんとはさ』
小さく笑うような、困ったような声。
--前なら笑って、ほら、おいでって……。
『配信でやるの、よくないって分かってるんだけど』
少しだけ、言葉が途切れる。
--なんか、いつもと……
『……ごめん。今日は、やめられそうにない』
喉の奥が、きゅっと詰まる。
--違うかも。
『……いいよ。おいで?』
真剣に聞こえる、その声。
それだけで、胸がいっぱいになる。
--いつもはもっと軽いノリで……。
『今日は、いっぱい甘えていいよ?』
なにか、なにか言わないと。みんなが期待しているようなこと。クスッと笑えるような。
スマホの画面を見て、少し震える指で打ち込む。
[みいこ:お膝に乗せてなでなでして欲しいかな……(笑)]
送信した瞬間、顔が熱くなる。
目を瞑る。
(「七夕好きなの?」って違う……)
あの人が告白されている姿が浮かんで息を吐く。
「違うのに……。だって、アオくんは……」
コメント欄がざわついてるのを肌で感じる。
[まる:おい、アオ]
[はると:いつもの]
[ミチル:今日、甘えん坊だね]
[なな:アオみキター!全アみこ歓喜!]
[さかな:↑これ放置やめてもらっていいですか?いつものブロック警察しろよ]
アオくんの返事が来ない。
BGMもないから本当に静か。
一瞬かもしれないけれど、その沈黙がすごく長く感じる。
『……』
小さく、息を吸う音。
『……みーちゃん。……無理してない?』
——優しい声色。
優しいのに。
ちょっとだけ、怖い。
静かな間が怖かった。
『…ん。お膝……。みーちゃんだけの特等席。』
甘さを含んだ優しい声。
一言だけ。
静かに、落ちる。
『よく、頑張ったね』
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
ギシっと椅子に座り直す音が遠くで鳴った。少しだけ、マイクに息が近づく。
『……いい子』
甘く、息を吐く音が混ざった声。
その声が、少しだけ、震えている気がした。
「……っ」
思わず、声が漏れそうになる。
[みいこ:……やばい]
画面が滲んで見える。
[まる:アオお前さぁ]
[はると:距離感バグってる]
『……うるさいな』
少しだけ、照れたような声。
『今日は、みーちゃんの日でしょ』
少し早口に話すのが照れてるようで、余裕のないその姿にいつものアオくんを感じて、何故か安心した。
……みーちゃんの日なんて初めて聞くよ。
なにそれ。
クスッと笑って、全部、どうでもよくなる。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
あの人とアオくんは別人……。声が似てるけど、私の知ってるアオくんはこの人だ。
少し弱い所もあるけど、優しくて、恥ずかしがり屋で、でも甘くて……。
——ここが、私の居場所。
スマホを胸に押し当てる。
『みーちゃん。……無理しなくていいからね』
『しんどくなった時はいつでも、ここに来てね。』
その言葉に、ゆっくりと目を閉じた。
さっきまでの苦しさが、少しずつ、ほどけていくようだった。
——でも。
ほんの一瞬だけ……。
また、別の顔が浮かんだ。
今日、階段の踊り場で見たあの目。少し冷めたような目……。
「……なんで」
小さく呟いて、首を振る。
違う。
アオくんは、アオくん。
「ふたご?」
ポツリと自分の口から出た言葉にストンと納得した。
声が似てるだけ。
たまたま似てるだけ。
もしかしたら、ふたごとか、生き別れとか、そういう――。
そう思ったら、少しだけ息ができた。
アオくんの声が不自然に途切れた。
ゆっくりと瞼を開ける。
コメントが視界に入った。
[まる:お前。ほんとに、みいこ好きだよねー]
コメント欄の流れが、止まっている。
『……』
息を呑む音。
『……は?』
少しだけ、低い声。
[はると:あーあ]
[ミチル:言っちゃった]
[さかな:おまっ、ガチだから……汗]
『違うから』
即答。
『ほんと……そういうのじゃないしっ』
言い切る声、なのに、少し早口でどこか曖昧に聞こえる。
心臓が、大きく鳴る。
なにかコメントしないといけないと思うのに、何も打てない。
[まる:はいはい]
[はると:否定早すぎて逆に怪しい]
『うるさいって』
少しだけ笑った声。
さっきより少しだけ、距離が遠い気がする。
[いのうえ:じゃあ、特別ってヤツ?]
一瞬。
ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
『……』
小さく息を吐く音。
『……そういうの、でもないよ』
なんだか——
さっきよりも、言葉尻が弱かった。
[まる:あーはいはい]
[はると:否定のトーン下がってて草]
[ミチル:かー!青春だね]
[ハルオ:おじさんには眩しいよ > < ]
空気が、ふっと緩む。
『……なんなのその流れ』
アオくんの少しだけ笑った声。
『……みーちゃん、気にしなくていいからね』
[みいこ:ありがとう。ちょっと元気でた。]
[まる:明らかに、対応が他と違うけどね。]
『みーちゃんは……大事な人、なんだよ。もう、いいでしょ。』
[はると:あ、察し。]
[まる:はいはい。お幸せに]
[ミチル:知ってたよ]
[ハルオ:しっかり青春楽しんで byおじ]
大事な人。耳に残ったその言葉が何度も反響する。
大事な人。ずっと配信を聞いてきた。
心が壊れそうな時、いつも隣にいた。
大事な人って、意味合いが広くて、でも答えを聞くにはとても勇気がいることだ。
私にとってもアオくんは大事な人だ。
推しであり、友達であり、家族よりも心が近い存在であり。
--好きな人だ。
配信はいつの間にか終わっていた。
大事な人って、どういう意味?
スマホを開いて、閉じて。考えてまた開く。
気づいたらLINEを開いていた。
LINEのあおのアイコンをタップした。
トーク画面はアオのメッセージで終わってた。
[あお:無理してないでね]
大事な人……。今聞かないと曖昧になってしまう気がした。
でも意味を確認してしまったら……。
もう、後戻りはできない。
もしかしたら、今まで積み上げてきたものが全部壊れてしまうかもしれない。
聞かない方が良かったって思うかもしれない。
でも曖昧なままで、この関係はどこに行き着くのだろう?アオくんに、もっと大事な……特別ができたら終わっちゃう?
そしたら私は……絶対に、あの時、逃げないで確認していれば違っていたのかなって後悔してしまう。
逃げる後悔はしたくなかった。
2年前にアオくんとの距離が変わったのも……。
--本当の意味で信頼し合えるようになったのは、逃げない後悔を選んだからだ。誠実でありたいって思ったから……。
息を吸って、下唇を噛む。
いつかアオくんに彼女ができて、例えば……
--本当に特別と思える人ができたから、適度な距離を保ちたいとか言われたら…。私は、そっか良かったね、幸せにねって言わないといけない。そしたら、もう、気持ちなんて伝える機会は訪れない。
逃げたら、アオくんという土俵にすら立てないんだ。
……それは、嫌だ。
[みい:配信お疲れ様]
間をあけて、どう伝えればいいか迷って、キーボードの上で指が彷徨う。
[みい:大事な人ってどういう意味?]
続けて打ち、止まって、消して、打って、書き直して、迷って……送信を押した。
[みい:さっきの配信の]
浅い呼吸で返信を待つ。
既読。
アオくんに見られちゃった。
どんな顔して見てるかな……。
知らず知らずに息を呑む。
鼓動が大きく聞こえた。
反応を知りたいようで知りたくない。
あぁ、怖い。……告白ってこんなにも勇気がいることなんだね。
時計の秒針が大きく聞こえる。
口の中はカラカラ……。
待つ時間が永遠に感じた。
--その時。
返信があった。
[あお:難しいこと聞くね。大事な人っていうのは、他の人と違うってこと。]
他の人……。私、スベった?……文字だけで見ると冷静に返信されているとすら感じてしまう。
配信じゃない場でこんなこときいて、迷惑だった……?
[みい:私は、アオくんにとって、大事な人……?] 既読
[あお:うん。大事な人だよ。]
大事な人って、2人っきりでも言って貰えたことに、どこかで安堵した。
[みい:他のリスナーと違うっていうこと?]既読
[あお:まぁ、そういうことになるかな。……特別ってこと。]
アオくんには1000人越えのリスナーがいる。そのリスナーと私なら、認知されているという意味合いで、きっと私は少し上にいる。
[みい:アオくんの特別?] 既読
[あお:他の人にはしない話をしたりさ。心を預けたいって人のことかな。]
……信頼ってこと?
私たち二人が積み重ねてきた関係。
ぶつけ合った思い……。
[あお:……守りたいって思ったり。]
守りたい……。
私とってのアオくんについて考える。
トラウマは誰にでも言える事じゃなかったけど、アオくんだから言えた。ずっと、年単位でアオくんは心の拠り所で……。アオくんの笑顔を守りたいって思う。
うん。
[みい:わかるかも。同じだ] 既読
既読のまましばらく返信がなかった。
数分後。
[あお:分かってもらえてよかったよ。モヤモヤはスッキリした?]
嫌だ。なんでそう思ったのか分からない。
けれど、なんだかアオくんの心が遠く感じた。
……アオくんの温度感が分からなくて、どう思っているのかよく分からなくて……。
私は、アオくんが好きだ。誰にも、取られたくない。アオくんの特別でいたい。アオくんの……女の子としての特別でいたい。
アオくんにとって私に感じてくれている特別は、友情か、愛情か……。
言葉の味合いの本質的な所を曖昧にしたくなかった。
[あお:大丈夫?]
このまま、この話題も、……いつか、この関係も終わっちゃいそうで怖い。
[みい:ちょっとだけ、声聞けないかな?ちょっとだけ。]既読
[みい:配信もちゃんと聞いてたけど。] 既読
[みい:特別な声聞きたくなっちゃった。] 既読
少しだけ間があって返信。
[あお:俺も思ってたよ]
スマホが震えた。
着信画面に、あおの名前が表示される。
……アオくんは、アオくん。
そう思ったはずなのに。
階段の踊り場で見た、相澤くんの目が浮かんだ。




