8話-特別の、その先に
アオくんからのメッセージの後、スマホがバイブして、着信画面になる。
電話をしたらこの関係の何かが終わって、何かが変わる。
もしかしたら、『そんなつもり無かった』って言われるかもしれない。
分かってる。
だから、怖いんだ。
でも、もう我慢できないよ。
アオくんが好きだ。好きって言葉で表せないくらいに好き。
上手く言葉に表せないけど、大切とか特別って言葉に収まらないくらい、私には必要な人なんだ。
アオくん。ごめんなさい。
私、2人の関係が変わることになったとしても、辞められない。
私、アオくんを誰にも渡したくない。
ゆっくりと深呼吸をして画面をタップした。
『みーちゃん。こんばんは』
アオくんの静かな優しい声が落ちた。
「あ、アオくん。配信お疲れ様。」
吐いた息が少し震えた。
『……さっきのさ』
『ああいうの、配信でやるつもりなかったんだけど』
言葉が途切れて、沈黙が訪れた。
ふぅと息を吐く音がした。
『……ごめん。止まれなかった。』
アオくんの言葉の余韻に視線を下げる。
『声、もっと聞きたくなっちゃったの?』
胸が苦しい。
「うん。わがまま、だよね……」
視線を膝に落とした。
『いいや。そんなことないよ。いくらでも……。今日は甘やかす日って言ったでしょ?』
アオくんの声に甘さが乗っている。
今日のコメントが頭を過ぎる。
--例のお家芸ですか?
いや、今までもそういうコメントはあった。
アオくんのファンを豪語して、強火ファンムーブを取ってそれにアオくんが応える。
けど、今日のは……明らかに違った。今までの軽いノリじゃなくて、もっと緊張感を含んだ……真剣さ。
それに--
今は配信じゃない。2人だけ。
誰も見てない。
その意味を考えるのが少し怖かった。
「それは、配信の話しで。」
呟いた言葉はしりすぼみになって弱々しい。
『うん。配信は終わったけどさ。』
ゆっくりと頷く。
『……どうしたいかは俺次第でしょ。』
「うん……。」
意味を飲み込む前に相槌をした。
どちらも何も言わず、沈黙が訪れた。
--アオくん。私……
「アオくんのこと特別って思ってるよ。」
大きく息を吸う。
「……ずっと前から。」
顔が熱い。誰かに告白したのなんて初めて。
電話の向こうからは何も音がしなくて、画面を確認したけれど、通話中のままだった。
スピカーからカタッと音がした。
息が詰まるような沈黙のあと、ポツリとアオくんが呟いた。
『うん。嬉しい。ありがとう。俺も。』
俺も?言いたいこと、ちゃんと伝わってる?
「あのね。その……。」
『ん?』
「男の子としてって……。こと、だよ?」
電話の向こう側で唾を飲む音がした。
電話から聞こえる静かな呼吸音。
心臓が高鳴り、胸が痛い。
『俺も。みーちゃんのこと。……女の子として、特別な存在だと思ってる。』
アオくんの静かな、でも確かな声。
頭がゆっくりと言葉を理解する。
女の子として、特別。
……これって両想いってこと。
--アオくんにとって、異性として、特別な存在。
耳が熱い。
口が震えた。
「アオくん。……ありがとう。とっても、とても、嬉しい。」
『うん。俺も。』
「今、ドキドキしてる。」
胸に手を当てると心臓がバクバクと早く強く打つ。
『一緒だよ。』
「うん。」
2人の間には言葉はなく、何を話せばいいか分からなくなっていた。
『そろそろ、寝る?』
「あ……。う、ん……」
『寂しい?』
「うん。寂しい……。」
『うん。いいよ。』
「あのね。」
『寝るまで、そばにいて欲しい?』
「寝るまでっていうか、ずっと……」
『………。』
「え、あ。駄目、だよね……」
『ちが。駄目じゃないよ。今日は寝るまで一緒にいよう。』
「うん。寝落ち電話だね。」
『うん。みーちゃん。』
「何?」
『呼んだだけ』
クスクスと小さく笑い合った。
電話越しに布の擦れる音がして布団に入ったのが分かった。
少し生々しく感じで、布団をぎゅっと握った。
『みーちゃんとこうやってお話する日が突然に来て、夢みたいだよ?』
「うん。」
アオくんがゆっくり息を吐いたのが分かった。
寝ちゃったかな。
「アオくん」
『ん?』
「好きだよ。」
『俺も。』
アオくんの吐息が耳に息を吹きかけられているみたいで、蕩ける。
「アオくん。好き。」
『うん。かわいい……。』
「え、あ、あり、ありがとう。」
『みーちゃん。ちゃんとお布団入って暖かくしてる?』
なんか、彼氏みたい。
少し恥ずかしい。
「お布団入るね。」
少し早口に話し、布団に入った。
『ん。』
「お隣失礼します……。」
アオくんなら笑ってくれる。
『それ、反則。……もう、寝よっか。』
笑ってくれなくて、その代わり少し低い甘い声が落ちる。
「うん。……ねぇ、アオくん。」
『ん?』
声が、甘い。
「また、話したくなったらね。……電話しても、いい?」
『もちろん。』
アオくんの力強い声に息を吐く。
「嬉しいかも。」
『辛くなった時とか、いつでもかけていいよ?』
「アオくん。ありがとう。」
『こちらこそ、だよ。』
私、やっぱりこの人のこと好き。
「ねぇ、アオくん。」
声が少し上擦った。
『ん?』
何気ない返事になんだか、これが当たり前になるのかなとか思って、嬉しくて、胸が締め付けられる。
「あのね。」
『うん。』
「好き以上に好きだよ」
『あ、みーちゃん。責任取ってね。』
「え?」
少しだけ間があって、静かに、けれどしっかりと聞こえた。
『俺のこと、好きにさせ過ぎた責任』
静かに落ちた声に、逃げようとする思考が、止まった。
言葉は強くない。それなのに、なぜだか引き戻されるみたいに、動けない。
『……ね』
優しく呼ぶ声。
『俺のみーちゃん』
息が詰まる。
否定も、冗談も、できない。
『俺は、みーちゃんの』
ゆっくり重ねる声。
逃げ道を、ひとつずつ閉じるみたいに。
『だから』
ほんの少しの間。
『不安になったら、思い出して?』
優しいのに、逆らえない。
『ちゃんと、ここにいるから』
——その一言で。
何も言えなくなった。
頭に、階段の踊り場の光景が浮かぶ。
あの目。
あの空気。
一瞬だけ、息が止まった。
――違う。
強く、首を振る。
今日、階段で見たあの目は、こんな声じゃなかった。
こんなにも甘さはなかった。
「ふたごのお兄さん」
『ん?』
「なんでもないよ。」




