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6-忘れたいこと

教室の空気が、どこかおかしい。


「確かに」

「実はちょっと思ってた」

「シッ」

ボソボソ。

小さく聞こえた声に、お弁当箱に残った最後の一口に視線を落とした。


さっきまでのざわめきとは違う、粘つくような視線がまとわりつく。


——見られてる。

男子たちの視線が、どこに向いているのか、考えたくもないのに分かってしまう。

女子の視線が刺さる。


息が詰まる。

顔を上げられない。


笑わなきゃいけないのに、口元がうまく動かない。


そのとき——

ガタンッ。

やけに大きな音が、教室に響いた。


びくりと肩が揺れる。


顔を上げると、椅子を引いたままの相澤くんが立っていた。


わざとらしいくらいの音だった。

「……あ、ごめん。うるさかった」


そう言いながら、周りを一度見渡す。


さっきまで向けられていた視線が、ふっと散る。

空気が、少しだけほどけた。


碧くんはそのまま教室を出ていく。遅れて、友達何人かが慌てた様子でついて行った。



ざわざわ、と音が戻る。

さっきまでの空気が、なかったことみたいに。

でも——

何も、変わっていない。


胸の奥に鉛があるように苦しい。



「みーたん、ごめん……」

陽葵の声に顔を上げた。

陽葵が顔を少し引き攣らせて謝る。


……また、やっちゃう。


「だ、大丈夫。少し驚いただけで……」

上手く笑えてるかな。


陽葵はどこかホッとした表情を浮かべた。


「みーたんがさ、うちらの友情は永久不滅って言ってくれたの、覚えてる?……嬉しかったんだ」

陽葵は目を伏せて、その後ニカッと笑った。


「あ、うん。……そんな事も言ったかも」

なんでだろう。……心が、モヤモヤする。


何も無かったみたいに、会話が続こうとしていることに違和感を覚えてる。


もちろん、仲違いしたい訳じゃない。

……それでも、しんどい。


「ごめん。……ねぇ、ジュース買ってきてもいい?」


亜美ちゃんが立ち上がる。見上げると目が合う。

亜美ちゃんは無言で私の手を引いた。

されるがままに着いて行った。

後ろを振り返ることが出来なかった。

何も言わないまま、教室の扉に向かう。


教室の後ろを歩くだけでも、なんだか視線を感じる気がして俯いた。




廊下に出た瞬間、空気が少し軽くなった気がした。


……それでも、息は浅いままだった。


手を繋いだまま俯いて歩く。


階段まで来た。

ゆっくり階段を降りる。


階段の踊り場に出ると、少しひんやりした空気が流れていた。


亜美ちゃんの足が止まり顔を上げた。


相澤くん達だ。

窓を背にして、相澤くんが壁にもたれている。

外を見ている横顔。


——あ。

気づいた瞬間、視線が、ゆっくりとこちらに向く。


目が合うと、眉を下げて目を細められた。


それだけで、さっきの音、相澤くんの周りを見る視線を思い出す。

--またまた?それとも……。


目を逸らしたのは私から。

もう一度見るともうこちらから視線は逸れていた。


握っている亜美ちゃんの手にぎゅっと力がこもる。

少しだけ、息がしやすくなった気がした。


伝えなきゃ……。

相澤くんは頬ずえをついて外を見ている。

その相澤くんから視線を逸らすこともできなくて、ただ立ち止まった。


さっきは、ありがとう。たった一言に詰まる。


--言わないと。

息を吸い口を少し開ける。

——でも、言葉が出ない。

何も言えないまま、ほんの少しだけ、息を吐いた。


亜美ちゃんは顔を逸らすと小さな声で呟いた。


「行こ。」


そのまま手を引かれて、どこに向かってるのかも、分からないまま歩いた。


さっき、お礼ひとつ言えなかった。

相澤くんは同じ委員会だから助けてくれたのかな?

それとも……。

……どこかでそれ以上の意味を見出そうとする自分に嫌気がする。

もしも……。

『みーちゃん』

頭の中でつい最近、一緒に帰った時の光景が頭を過ぎる。

……なんであんな顔してたの?



「ねぇ」

亜美ちゃんの声に顔を上げた。


気づいたら、自販機の前にいた。


「……何飲む?」


ぼんやりと自販機を見上げた。

「……なんでも。」


「じゃあ、ミルクティーね。」

亜美ちゃんに手を引かれ、少し離れたベンチに腰掛けた。


「はい。」

膝の上にミルクティーのペットボトルが置かれた。


「これ、好きでしょ。」


「ありがと。」


ラベルをじっと見つめた。

両手でペットボトルを握る。


「なんかさ。」

亜美ちゃんの言葉に顔をあげる。


「特別なんだろうなって。……分かりやすいよね。」

亜美ちゃんは目を細めた。


「え?」

瞬き、首を傾げる。


「なんでもないよ。」


亜美ちゃんは優しい表情をしていて、その顔から視線を逸らした。


「……うん」


変だなって思ってると思う。

陽葵の話しと今の私こんなに違うんだもん。


「ごめん。違和感しかないよね……。トラウマあってさ。」


「うん。」

亜美ちゃんの声はどこまでも優しい。


言ってもいいかな。あの日のこと。これを話すのは2回目。1回目はアオくん。



「ちょっと長くなるかも……。」


言葉にした瞬間、逃げられなくなった気がした。




※ ※ ※


中2の5月。


あの日、放課後に教室に忘れ物をしていたことに気がついて教室に戻った。

教室の扉に手を掛け引き戸を開けようとした時、中から啜り泣く声が聞こえ、開けるのを躊躇した。

続けて聞こえてきた声は、友達の声。

「あかりー、元気だして。」

「まさか、佐藤くんが好きなのが美依なんてね。噂だと高野くんとか原田くんも好きって。あかりの方が可愛くて、モテるのわかるのに。美依って、空気読むの下手でうるさい。どこがいいか分からない」

え?今日だって、美依は犬みたいだね、元気っ子だな〜って笑ってたじゃん。

いつもうるさかった?迷惑だった?



「朝とか静かに過ごしたいのに、朝からテンション高いのきつい。○○ちゃん!オッハー!って、うざい。いっつも薄ら笑ってさ。てか、胸デカイのも無理。華奢な方が良くない?」

イツメンなんて言ってプリクラ撮った時も、そう思ってた?


「抱きついてくる時に胸当てんな」

休憩時間とか体育の時に抱きついてごめん。


「あかりの方がお人形さんみたいで可愛いのに。」

自分が可愛いとか思わないけど、周りを不快にさせるほどだと思わなかった。


「垢抜けない感じで、元気で天然、純粋キャラ演じてて、実は男に媚びてたと思うとキモくない?」


「今日、原田くんにも頭撫でられてたよね。媚びてるって思ったら鳥肌立った」


「好きっていうか、ペット枠の間違いじゃない?」

笑い声が重なって、キモい、という言葉が何度も耳に刺さった。


「あー、美依なんかに負けて悔しい!佐藤なんてもう忘れる!佐藤、本当にセンスないよね!どっちも大っ嫌い!」


廊下に私がいるとは思わないまま、言葉は続いた。


あかりちゃんを元気づけるためじゃないかと、そう思おうとした。


——でも、次から次へと否定の言葉が続いた。


足の力が抜けて座り込んでしまった。


知らない所であかりちゃんを傷つけてしまった申し訳なさと、無神経な態度が周りを不快にしていたに頭が追いつかない。


私、みんなから嫌われている。


両手で口を覆って漏れそうになる嗚咽を抑えた。揺れる視界で下を見ればムチムチの太ももが視界に入った。涙でスカートが濡れた。


友達と思っていたのは私だけだった。

ウザイって思いつつ、一緒にいてくれたんだ。明日からはもう一緒にいれない。嫌な思いさせてごめんね。

もっと静かに過ごそうと思った。


5人の言葉が脳裏をよぎると明るく振る舞うのも怖くなった。




最低な自分が、嫌いだ。


※ ※ ※



何か言われるか怖くて俯いた。

手に力が籠る。


「最低だよね。みんな傷つけてさ。」


沈黙が痛かった。

「そんな事ないよ。」


--そうだったらどれほどいいか。


怖くて亜美ちゃんの顔が見れなかった。


続けて亜美ちゃんは言った。

「大丈夫…。」


そう言われても、すぐには信じられない。

でも——

さっきより、少しだけ怖くなかった。


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