表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

4-『歌ってみた 羽衣』

ーーあお メッセージが届いてます。

スマホの画面を見て心臓が跳ねる。


震える指が迷うように宙をきる。

スマホを置いて、考えて、また手に取って、また置いた。

もし、内容がもう関わりたくないとかだったらどうしよう。


「やだ。」

テーブルに突っ伏した。


またスマホが震える。


恐る恐る、画面を見ると"亜美からメッセージが届きました"

小さく息を吐いて画面をタップした。


[亜美:ご飯食べた?]

[みい:食べたよ。チャーハンにした]

[亜美:偉い!私、チャーハン作れないよ〜ちゃんと食べたみたいで良かった!]

[みい:ありがとう]

[亜美:また学校でね]

[みい:また明日]


トーク画面を閉じると、あおくんのメッセージが視界に入った。

[ごめん。昨日、ちょっと無理だった]

……よかった。

既読もつかないまま、何も終わってしまったわけじゃなかった。

胸の奥に張り付いていた不安が、ゆっくりほどけていく。

指が震える。何を返せばいいんだろう。

指が止まって、打って、消して……。

それでも、何か伝えたくて。

[体調、大丈夫?]

いつもみたいにすぐに既読にならなくて少しだけ安心してる自分がいる。


[ ……声、聞けなくてちょっと寂しかった]

怖くなって画面を消してスマホを伏せた。

お風呂から出てもう一度スマホを確認した。


——返信は、来てなかった。

ホッとしているようで、寂しいようで複雑な気持ち。


いつもなら、当たり前のように始まる時間を過ぎても、配信の通知は来ない。



スマホの画面は、静かなまま。


もう11時だ。今日は無いって事……?私のせい?



——その時。

スピーキンの通信が届いた

23:15 "スピーキン アオ☆が投稿しました

歌ってみた「羽衣」"


配信じゃない。

でも、アオくんの名前。

指先が、わずかに震える。

再生ボタンに触れた。



画面の先で流れ出したのは——

『歌ってみた………羽衣』


『……ワン、ツゥッ。』

ギターをかき鳴らす音に瞼を閉じる。


アオくんの震える吐息みたいなのが入る。

『君という羽衣を見た時に

昔から知ってる気がしてさ

そっと触れたくなりました

君の名のその響き

大切な人に似ていてさ

懐かしさを感じて

どうしても惹かれてしまったんだ


君が織姫だなんて

誰も思ってないけど

そのことを知ってるのは

たぶん僕だけで

バレないように

大切に隠しておいたんだ


君の探すあれがいつも

近くにあったことに気がついたら

どうなっちゃうかな


君の好きなものはなんだい?

好きな歌

好きな言葉

君の「好き」を集めたら

花束みたいに渡せるかな


天の川が大きすぎて

姿がぼやけて

見えなくて

七夕さんのお願いで

隔てるものが消えた日に

怖くなって逃げてしまって

羽衣返しそびれちゃった


君が羽衣の端切れを

見つけた日

僕は何も言えなくて


こんな僕を許してくれますか』


今日一緒に隣を歩いた男の子の姿が脳裏をよぎった。

何度、何度も再生して、言葉に詰まる。

ねぇ、アオくん。君は誰?


LINEの通話のボタンに指をかけて、止まる。


浅くなっていた呼吸をゆっくり吐いた。


そっと指を離し、行き場を失った手をギュッと握った。

瞼を閉じる。

ーーかけたいのに。確かめたいのに……。

大きく息を吐いて、瞼を開いた。


もう一度「羽衣」の再生ボタンを押した。



※ ※ ※ ※


朝5時。

お弁当を作りながら「羽衣」を小さく口ずさむ。


アオくん……。


「やっぱり好き。」



お弁当と水筒をカバンにしまい時計を見る。

もう出ないと。


朝の冷えた空気に息を吐き、家を出た。



学校に着くと人はまばらだった。


自分の席に着いて本を取り出す。



ギルバルト冒険録、読み終えちゃった。


「美依ちゃんおはよう」


声に頭をあげる。亜美ちゃん。

「亜美ちゃんおはよう。昨日はありがとう。」


亜美ちゃんはリュックを机の横にかけるとこちらを向いた。

「こちらこそ。委員会お疲れ様ね。」


ニコッと笑いかけられ少しホッと息を吐く。

「うん。来週から水曜日の放課後が当番なんだ」


机に視線を落とす。相澤くんもってことだよね。

「そんなんだね。大変な仕事だ。」

気の毒と思っているような声色に慌てて顔を上げる。

「でも、本は好きだから……。」

本は好き。本は……。


教室の空気がザワっと揺れて少し見渡すと相澤くんが教室に入ってきた。


一瞬だけ目が合った。

相澤くんが他の子に話しかけられ視線が逸れる。


やっぱり目が合った……。

同じ委員会だし、昨日接点があったわけだし、不思議ではないよね?


「羽衣」のことが頭を過ぎる。


気になってスマホで羽衣と検索する。

ヒットしない……。

調べ方が悪いのかな。

そしたら、[羽衣 曲]で……。出てこない。


「美依ちゃん難しい顔してどうしたの?」

隣からの声に一瞬肩を震わせる。

視線が机の上で彷徨う。

「あ、あの……。」

言い淀んでしまい、変な間に汗が出る。

「ん?」

「その。『羽衣』って曲、知ってる?」

亜美ちゃんが隣で息を飲んだ。

急に怖くなって下唇を噛む。

「もしかして!」

もしかして……?

「知ってるの!?」

ちらっと横を見ると興奮に顔を赤くした亜美ちゃん。その姿に驚いて言葉を失う。優しいけど、少しミステリアスな感じだと思ってたから。

「歌ってみたのアオの羽衣!?」

体を乗り出して聞かれる。


「え、あ…。うん。そう……。原曲あるのかなって……。」

ちらっと顔を見るとにっこにこな笑顔に目を逸らす。

「うちも1年くらい前からアオの配信聴き始めて!いっつもマイナーな曲ばっかりだよね。ほとんどが調べても出てこない曲ばかりだよ?」

知らなかった……。

「え、あ。そうなんだ。知らなかった……。」


「声、いいよね。」

亜美ちゃんに手を取られてドキマギする。

「うん。好き……かな。」


「嬉しい!じゃあ、美依ちゃんも!アみこだ!」

あみこって何?首を傾げる。

私の知らないアオくん……?

「あ、みこ?」


「え、知らない?アオのファンの名称だけど……」

変な空気が流れているのを感じる。亜美ちゃんのこと困らせている。


「そういうのあるんだ……。知らなかった。私、そういうの疎くて……。」

気まずいよね。ごめん。

私がアオくんを知ったのは……。


「アオくんのこと、配信始めた頃から知ってるけど、……好きだよ。今も。」


亜美ちゃんの表情が、一瞬だけ固まった。


「……ぃちゃん。あ……。……やっちゃった。」

(今、なんて言ったの?)

亜美ちゃんは固まった笑顔のまま、静かに手を離すとスンと前を向いた。


あ、変なこと言ったかも。どうしよう。


亜美ちゃんの様子に困惑しながらも何と話せばいいか分からなくて俯き、前を向いた。


中島さんと高橋さんが登校してきて、3人でいつも通り、話し始めた。




スマホを取り出し、昨日のアオくんとのやり取りを眺めた。

アオくん。君は今……何してますか?



---


あるSNSのグループチャットにて


かなえ:私のばかばかばか!

まる:何?

かなえ:認知されてしまった……。

ハルオ:む?話を聞こう。

かなえ:(仮)リアルあの子に"アみこ"の事を話してしまった……オワタ\(^o^)/


誰も返信しないまま時間が流れ、5分後。


はると:かなえ、お前やってんな。失言ネキ。

かなえ:申し開きさせてください!だって!羽衣知ってる?って聞かれたから!昨日の祭りを引きずってたんです!

まる:言いたいことはそれだけか?

かなえ:……しばらく独房で反省します。2500人のアみこ様、申し訳ありませんでした。

ミチル:……それ、本人だったらもう戻れないよ?

---





少しだけ開いてる窓から暖かな風がふわっと入ってきた。


チョークの音が遠くに聞こえる。

ノートに書かれた文字は、頭に入ってこない。

——君の好きなものはなんだい?

「……っ」

さっきから、同じフレーズばかりぐるぐるしてる。


「じゃあ、ここ。和田」

え、私?


「え、あ……えっと……その……」

立ち上がると、視線が一斉に集まる。


「こ、この場合は……その……あま、あまの……」

——天の川。

頭の中に浮かんだ言葉に、自分で驚く。

「ち、違っ……あの……!」

教室のあちこちから小さな笑いがこぼれる。

誰かの小さな声で、顔真っ赤と聞こえて俯く。


「落ち着いて。」

先生の声に、余計に焦る。

横を見ると、亜美ちゃんと目が合う。

少しだけ、困ったように笑っていた。


「竹取の翁というものありけり、だよ?」


「え、あ。竹取の翁というものありけり……」


「和田、いいよ。ありがとう。」

バクバクとする心臓を抑えて俯く。


「和田、顔真っ赤」

「ふっ、可愛い」

「シッ」


顔を隠すように俯いた。


授業が終わって何となく右前に視線をやった。


相澤くんと目が合う。

——あの時と、同じ目。


あの目は……。

『みーちゃん』


切なくて、胸が苦しくなる。


「碧〜」

そっと視線が逸れる。



スカートを握りこんだ。


隣から視線を感じて見ると、亜美ちゃんが首を横に振った。その表情は、少しだけ強張っていた。



机の傷に視線を戻した。

『みーちゃん』


指先に力がこもった。


※ ※ ※


休憩時間。

「美依ちゃん。良かったら一緒に食べない?」


いつものようにお弁当の包みを出すと、亜美ちゃんはどこか遠慮がちに聞いてきた。

嬉しさで息が詰まる。


「いいの?」

少し声が震えた。


「もちろん」

亜美ちゃんのにこっとした笑いに少し安心する。


「亜美ちゃんも一緒に食べていいよね?」

亜美ちゃんが中島さんと高橋さんに聞いてくれて、快く了承してくれて、亜美ちゃんと私の机をくっつけるとふたりが椅子を反転させてお弁当を開け始めた。あまりにも自然な動作に嬉しさで少し泣きそうになった。


「わだみは中学部活とかしてた?」

中島さんが聞いてくる。

「あ、うん。……吹奏楽。」

少ししりつぼみに答える。

「え、意外!」

高橋さんは目を丸くした。 意外だよね……?


「そう?なんか似合うかも。」

亜美ちゃんの言葉に少し救われた気がした。


「そ、そうかな?」

照れて、米粒を突っついた。

「何吹いてたの?」

中島さんは興味を持ってくれたみたいで聞いてくれる。この話題少し苦手。


「トランペットを」


「すご!ラッパってことでしょ?花形じゃん!」

意外だよね……。こうなるの分かってた。


「かっこいいじゃんね」

かっこいいかな……?ありがとう。


「み、みんなは、バスケットボールいつからやってるの?」


「うちらみんなミニバスは一緒だったんだよね。小4とか5とかそのくらいから。学校はバラバラだったから、一緒にできるの、案外嬉しいよ。」


「あ、そうなんだ。だから仲良しなんだね。」

何も知らなかった。話さないと知らない事ばかりだ。


「ね、あれ見て」

嘲笑を含んだ声。


「和田さんだけなんかちょっと」


「浮いてるっていうか。なんか、陰キャ」


「シッ。」

クスクスと笑い声が聞こえて俯く。




「美依ちゃん。ジュース買いに行かない?」

亜美ちゃんがお財布片手に立ち上がる。

「あ、うん。」

椅子を引き立ち上がる。俯きながら教室を出た。


教室を出るとさっきの空気が少し遠くに感じてホッと息を吐いた。


「美依ちゃんは好きなジュースある?」

肩がぶつかりそう距離で隣に並んで歩く。

「紅茶が好きで、買うならレモンティーとかミルクティーとかかな。フルーツティーとか売ってると気になって買っちゃうんだ」


「へー。可愛いね。なんか似合う。」


「そ、そうかな。」


「うん。あるといいね。うちはどれってことないけど、果汁のが好きかな。」


自販機に着くとミルクティーがあったからそれを選んだ。


他愛もない話をしながら歩いていると、一瞬足を止める。

相澤くんと知らない女子生徒が向かい合って立っているのが見えた。


あ、あれ告白だ。

相澤くんが不意に顔を上げて目が合って、少し驚いたように開き、目を細められた。

目が離せない。息が詰まって、下唇を噛んだ。


ソッと視線がそれて、亜美ちゃんも一緒だったことを思い出して少し焦る。

取り繕うように歩き出す……。


「あ、亜美ちゃん……。ごめん」


「ううん。」

亜美ちゃんは静かな声で答えて首を横に振った。


「相澤くん。モテるんだね。」

ポツリと呟く。やっぱり、近づいちゃダメだ。


「うん。そうだね。でも、断ってるように見えたね。困っているように見えた。」

亜美ちゃんの言葉に瞬く。


「そうかな。」


「うん。」


そういえば、あの人には彼女がいるんだった。何考えてるんだろ私。


ふたり無言で教室に戻った。


※ ※ ※ ※


放課後になった。


チャイムが鳴って、教室の空気が一気に緩む。

椅子の音と話し声が重なって、少しだけ安心する。

「今日の放課後カラオケ行かない?」

「大勢で行きたいなぁ。」

「碧も行くでしょ〜?」

「俺は今日は、ちょっと」

「えー、残念……」

ノートを鞄にしまいながら、午前のことを思い出す。


——『みーちゃん』

指先に、また少しだけ力が入った。


「和田さん」

名前を呼ばれて、肩がびくっと跳ねた。


頭上から、今考えていた人の声がする。


少し教室の音が遠くに聞こえた。


「さっきさ」

机についた、大きくて綺麗な手。

「……?」


「天の川って言いかけてたよな」

ーー聞こえてたの?

顔がボッと熱くなる。


「え、あ……」

息が詰まる。目が泳ぐ。

「七夕、好き?」

七夕?七夕っていうか……羽衣が……。

「七夕っていうか……。その、うん。好き……かな?」


「そっか。」


「うん。」


「来週の水曜日から委員会よろしくね。」


「うん。」


「また明日。」

そう言った声が、どこか優しかった気がした。

それなのに、少し怖かった。


---

あるSNSのグループチャットにて


かなえ:緊急招集!緊急招集!

はると:まじでいい加減にしろって。失言の女王様

かなえ:違う!イベント発生!

まる:何?

かなえ:イベントって(仮というか確信)あの人が(仮)あの子に接近!!

はると:クワシク

かなえ:(確信)あの人が(仮)あの子の所にいらして、「七夕好きなの?」だって!!

まる:かなえのせいじゃね?

かなえ:今日はもう何も考えられません。旅に出ます。

まる:これ、もう時間の問題じゃね?

かなえ:え、あ゛あ゛あ゛あ゛。神様仏様、私はどうすれば罪を償えますか……。どうしよう、どうしよう。

ミチル:もう止まらないよ。

ミチル:あの人、気づいてる。


---


帰りは図書室に寄って本を借りることにした。

アオくんに勧められてたヤツ。

迷探偵ココロ、1巻。

おっちょこちょいのココロはいつも推理が間違っているのに、ココロの活躍で問題が解決。笑いあり涙ありのハートフルコメディー。ふふっ。こういうの好きなのちょっと可愛い。



表紙を指でなぞり微笑む。

アオくんが勧めてくれた本を読むとアオくんのことを、また一つ知れた気になる。




少し軽い足取りで廊下を歩いていると職員室前にいる女子生徒に目が止まった。



「先生!明日からよろしくお願いします!」


「元気がいいね。うちのクラスは雰囲気悪くないからすぐに慣れると思うよ。」

笑いながら職員室に入って行く、その後ろ姿に足を止めた。


リュックの肩紐をぎゅっと握り込む。

心臓の音がバクバクと大きく聞こえた。


ノイズみたいにその声が頭を掠める。


『オッハー!みーたん。イエーイ!』

---どうしよう。怖い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ