2-初配信 お耳汚し失礼します
「碧!頼むよ!この通りだ!」
教室に響く声に美衣は顔を上げた。
アオと名前を聞くと反応する体になってしまっている自分を自覚する。
今はお昼休憩。
アオくんから勧められた小説を読むふりをして教室を観察する。
「眞鍋は今日も相澤にアプローチしている」
同じページを見つめながら聞こえてくる声に耳を澄ます。
「相澤くんは中学ではバスケ部のエースで活躍してたんだよ。高校でも続けると思ってたんだけど、もうやらないんだって。眞鍋はバスケ部に入るから、ああやってアプローチしてるの」
「割となんでも球技上手いからバスケやらないならうちに来ないかって色んな所から誘われているらしいよ。うちの最弱軟式野球とか」
「それはもったいない。ていうか、相澤くんってかっこいいよね。彼女とかいるのかな。」
「なんか中2の時から遠距離の彼女いるって噂だよ。振られた子が言って回ってた」
「あー、そうなんだ。」
「羨ましいなぁ。あんなイケメンが彼氏とか」
「何年も遠距離ってこと?別れないかな」
「別れないかなはやばい。ワンチャンっていうのは分かるけどね。彼女モデルみたいに可愛いなら許せる。」
「ね。お人形さんみたいな子じゃないと採算取れないよね」
人の嫉妬は聞いていていいものじゃない。
2年前のことを思い出して指先が冷えていく。
スマホを取り出してアオくんにメッセージする。
みい[あおくん……]
すぐに既読がつく。
あお[みーちゃんおつかれ。どうしたの?]
みい[周りの話し聞こえたらしんどくなっちゃった……。トラウマ刺激されたっていうか…。あおくんを感じたくなって連絡しちゃった。] 既読
あお[午後大丈夫そ?今は休憩時間?]
みい[うん。] 既読
落ち込んでいるうさぎのスタンプを送る。
あお[ちょっとだけ、電話しよっか]
みい[え、いいの?] 既読
あお[ちょっとだけ。]
みい[わかった。移動するね。] 既読
あお[OK]
美衣はスマホを片手に電話ができる場所がないかと廊下に出た。特別教室のある棟のトイレなら人がいないのではないかと思いつく。
人気のない廊下を通って薄暗い茶道室の前のトイレの前まで来た。
物音ひとつなく、薄暗い環境に違う恐怖が芽生えて足が竦む。
勢いでここまで来てしまった。アオくんと電話なんてしたことないのにと徐々に頭が冷静になってくる。それに、電話をしてしまったらただのファンの域を超えてしまう。でもアオくんは待ってくれている。
突如として廊下に響く足音に驚いているとさっき囲まれていた相澤くんが男子トイレの方へ入っていった。
途中視線が交わってソッと目を逸らした。
違うトイレにしようと3階まで上がると吹奏楽の練習の音が聞こえてきてなんだか安心して女子トイレの奥の個室に入った。
あお[電話できそう?]
3分前に連絡が来ていた。
待っていてくれている。ファンとして失格かな。
……でも私たちは友達でもある。
電話ならいいよね。会うとかじゃないし。
みい[待たせてごめん。かけるね]
スマホの画面が切り替わり、少し緊張しながら通話ボタンを押した。
『もしもし、みーちゃん。』
毎日聞いている声にホッと息を吐いた
『アオくん。ごめん。気を使わせたよね』
アオくんが私みたいに一人で本を読んでいるとは限らないのに。冷静に考えて……彼女ならまだしも友達にここまでさせて申し訳ないよね。
『いや、俺みーちゃんの気持ち分かるから』
優しい声色に胸が苦しくなって目元が熱くなる。
『うん。……うん。ありがとう』
こぼれ落ちた雫が熱くて、袖口で目を抑える。
『みーちゃん、今すぐそこに行ってぎゅってしてあげたい。』
アオくんが、心配してくれているのが声色で分かる。
『あはは、ありがとう。ちょっと元気でた。』
『頑張れそう?』
『うん。……私アオくんに頼りっぱなしだね。もう乗り越えないとだよね。……友達作りも頑張らないと。私変われるように頑張るよ。』
『みーちゃん偉いよ。』
『アオくんは、休憩時間何してたの?』
『ぼーとしてたよ。みーちゃんから連絡来ないかなとか考えながら。みーちゃんは?』
『あはは。ありがとう。私はアオくんに勧められた小説を読んでたよ。今、3章のギルバートさんがドラゴンと戦っている所。冒険の初手で手に入れた剣が折れちゃった所は教室なのに悲鳴あげそうになったよ』
『みーちゃんがひいひい言いながら読んでるの想像しちゃった。可愛いなぁ。クライマックスの胸熱展開の所だね。やっぱりFランクの薬草取りで得たお金で、叩き売りで手に入れた剣をSランクになるまで使っていたのは気になっていたんだよね。村人の、このドラゴンはAランク冒険者のパーティーがやっと倒せるかのレベルだ!って言った時ギルバート逃げろーって叫んだよ。だってその前のゴブリンとの戦いで刃こぼれしてしまった、こいつも限界か?とか言ってるのにそれで戦うのはダメでしょ。』
『うんうん。ギルバートさん強いのに抜けててそこがいいんだよ。学校で読むの危険だよね。電車で1時間かかるから今日読み終わっちゃうかも。アオくんと話して元気になった。本当にありがとう。アオくん迷惑じゃなかった?』
『みーちゃん偉いよ。全く迷惑だなんて思ってないよ。あのさ、これからは俺が一緒にいてもいいですか?あ、えっと、ごめん順番が逆で。気付いたんだけど……。あの……。みーちゃんって…ゎ……ぃさんかなって…。』
『え?ごめん聞き取れなかった。』
予鈴が聞こえてきた。
『ごめん、予鈴なったから教室戻らないと』
『あ、俺も。』
『バイバイ。午後も頑張ろうね』
急いで教室まで走ると何とか間に合った。
椅子に座ると、はぁはぁと荒い呼吸が漏れた。隣の田中さんが「大丈夫?」と声をかけてくれて、コクコクと頷いた。
バクバクとなる胸を押さえながら呼吸を整える。
「相澤くんどこいっちゃったんだろ。」
「なんか彼女が心配だからとか言って突然いなくなって……。本当に彼女いたんだね」
「えー、絶対女避けのためだと思ったのに。」
聞こえてきた声に教室の右の一番前の席を見るとひとつだけ空席があった。
予習のために、教科書に視線を落とす。
「なんか、相澤くんが遅れてくるとか意外だよね。」
中島さんが足を組みながら高橋さんと田中さんに話しかけている。
「ね、完璧って感じするのにね。」
「ふふっ、クソでもしに行ったんじゃない?」
「ちょっと下品だよ〜。」
クスッと笑いそうになって咳払いをした。たわいもない会話、なんか仲良しって感じでいいな。
私は入ってないけど……。
アオくんとのさっきの会話が頭を巡る。
アオくん、やっぱ好き。
胸の奥がじんわりと暖かくなる。
教室の扉が開く音に、なんとなく顔を上げた。
少し遅れて入ってきたのは、相澤くんだった。
いつも通りの落ち着いた様子で、でもどこか急いできたみたいに肩で息をしている。
誰かを探しているみたいに。
――その瞬間、目が合った気がした。
黒目がちの瞳が、まっすぐこちらを向いていたように見えて、思わず息が詰まる。
けれど、次の瞬きのあとにはもう前を向いていて、何事もなかったみたいに自分の席へ歩いていった。
……気のせい、だったのかな。
胸の奥が少しだけざわついて、理由も分からないまま、視線を手元の教科書に落とした。
文字を追っているはずなのに、さっきの一瞬が頭から離れない。
なんだか、見られていた気がした。
――ほんの一瞬だけ、確かに。
※ ※ ※ ※
19:30 スピーキン みいこ が配信を始めました
初配信です!お耳汚し失礼します
リスナー:0人 風船0
配信には興味があった。
スピーキンは私にとって安全地帯だ。アオくんとその周りの人はいつも優しくて、学校で嫌なことがあって心が冷えきっても、ここに来ればポカポカと心が温かくなる。ここでは自分らしく居られる。
高校に入ったら変わりたいと思っていた。でも上手くいかなくて、少しずつ練習が必要なんじゃないかと思った。配信は外でも自分を出すための訓練になると思った。
"いのうえが入室しました"
"いのうえ:みーこちゃん初配信おめでとう!"
『いのうえさん。来ていただいてありがとうございます』
"いのうえ:みーこちゃんは癒し甘ボイスだね"
胸がギュッと苦しくなった。アオくんのファンの人が来てくれて嬉しいのに、おかしい。どこかで残念と思っている。
"さかなが入室しました"
"まるが入室しました"
"かなえが入室しました"
"はるとが入室しました"
"ハルオが入室しました"
"ミチルが入室しました"
アオ☆の文字を探している自分に戸惑う。
続々とアオくんのリスナーの古参のみんな入ってきてくれて嬉しい。……0人のまま終わることも想定していたから。
『わわっ、皆さん来て頂いてありがとうございます。初配信頑張ります!』
"かなえ:可愛い!頑張って!"
"ミチル:みーちゃんこんー(´ω`)ノ))声かわいい!"
"まる:デビューおめでとう。みいこちゃんはどんな配信内容にしたいとかある?アオくんだと歌とかゲームとか雑談だけど"
『明確には決めていないけど、皆さんのコメントを拾いつつ進められたらなと思ってます。テーマとかあった方が進めやすいかなとは思うんですけど、模索中かな』
"かなえ:まあ、無理せずかな。みーたんだって忙しいと思うし"
"ハルオ:姫の配信よき(`・ω・´)b"
"さかな:声かわいいからずっと聴いていたい"
"ミチル:気負わずに気楽にやればいいよ!"
みんな優しい。
『皆さんありがとうございます。』
"はると:来てやったぜ!参上∠( ˙-˙ )/スタ
てか、なんかいつもなら飛びついてくるやついなくね?こんな特別イベント誰よりも早く入室しそうなんだが"
アオくんの枠でいつもじゃれ合うはるとのコメントに変な間が空いてしまった。
『……あはは、忙しいのかな。えーと、今日はゆっくり、まったりできたらなと思います。……気になっていたんですけど、今更ですが、皆さんはだいたいおいくつでしょうか。突然すみません、皆さんの事あんまり知らないなって思って。皆さん私よりも年上なんだろうなと思っているのですが、皆さん社会人さんなのでしょうか?』
"さかな:大学生です。ミチルさんもそうでしたよね?"
"ミチル:そうそう。大学生です"
"かなえ:25の社会人でーす"
"はると:みいこと一緒"
"ハルオ:姫の20歳上のおじです…。昭和生まれの社会人です…世代ギャップキツイ(´;ω;`)"
"まる:ハルオさん泣くくらいなら年齢公開しなくてもいいと思うけど汗。自分はアオ氏達と同じ"
『なるほど…。皆さんの事またひとつ知れて嬉しいです。ほらアオくんの配信ってコメントが早く流れちゃうから皆さんの事聞けないから。あ、個人情報を知りたいとかそういうのではなくて、えっと、皆さんが好きな事とか、どんな人なんだろうっていうの知れたらいいなって思います。ほら、昔は私の事をアオくんに相談してアドバイスを皆さんから貰っていたけど、皆さんのこととかあんまり知らないから…。私にとって、スピーキンのアオくんの枠は居場所だと思っていて、アオくんのリスナーの古参の皆さんは仲間と思ってるんです。アオくんという好きを共有している仲間だけど、今日どうだったとか、今日こんなことがあって大変だったを共有できたらいいなって。もちろん、アオくんのファントークも話せたら嬉しいな。アオくんのファンのための枠みたいになってもいいかなとか考えています…。えーと、私の枠が皆さんの疲れを癒す温泉?休憩所?みたいな空間にならばいいなって。変かな…。』
"かなえ:みーちゃん。尊いよ(´;ω;`)"
"ミチル:一生懸命思いを伝えようとしてくれているの伝わってるよ!胸が熱くなった!"
"はると:〜悲報〜みーちゃん公式にアオくんファン宣言。リアコではない模様。ちょっとざまぁ"
『ありがとうございます。アオくんは本当に尊いから神みたいになってますね…。いっぱいファンついてるし。リアコとか恐れ多いというか…。えーと、話は変わって、何時くらいに配信すれば皆さんに来ていただけますか?あ、アオくんみたいに毎日配信はできないけど、たまに出来たらいいかなって思っています。皆さんには、無理のない範囲で気が向いたら遊びにいらして頂いたら嬉しい、です。』
"はると:アオ…不憫"
"まる:逆に入れないとか…?本当は聴いてるかもよ?"
"ミチル:ヘタレかな?入ればいいのに。まぁ、忙しいだけかもだけど"
アオくんが来てないのが実は私も気になっていた。忙しいだろうし告知してた訳じゃないし仕方ないと思う。
"かなえ:そういえばアーカイブ残すの?"
『アーカイブの事は考えてなかったです。残した方がいいかな。どうしよう』
"ハルオ:記念に残す人もいるね!配信終わる前に設定すれば残せるから、終わる時に決めても良いかと!"
『そうですね。最後に決めます。』
"まる:そういえば、アオくんに特別配信みたいなのした?"
『特別配信?』
私のせいで来ないの? 手が震えそうになって反対の手で包み込んだ。
"まる:この前のアオ氏の配信の時に個人に対してもできるよって伝えたと思うんだけど、まぁ、どちらでもいいと思う。"
"はると:アオの事だから実は楽しみにしてたんじゃない?まあコメント爆速で流れていたから見てないかもだけど。"
"ミチル:まぁ、アオはみーちゃんにベタベタだからお灸を据えるのも必要かと。強制退場は普通に考えてナシだし。"
はくはくと浅く息をしながら、口を開けたり閉じたりした。
『傷つけちゃったかな…アオくんのこと。アオくん、……ごめんなさい。あの、私、アオくんだけの配信って尊すぎて、好きすぎて逆に怖くて出来なかったです。…って枠に来てないから伝わらないか。』
少し泣きたくなってきた。
"かなえ:約束した訳じゃないし、気に病むことはないよ!単に忙しいんじゃないかな?いつも配信の時間遅めだし"
かなえさんのコメントに、皆がそうだよと返してくれる。
一筋だけ人知れず涙がこぼれた。
『そうだといいんですけど。…今日もアオくん配信するかな?その時に伝えればいいかな。いや、変に思われるかな。』
"ハルオ:アオ殿は大胆であるがヘタレな所があるから、仕方なし。逆にこれを機に連絡先の一つも聞けるようになるのではないか"
"まる:一昨日のみーちゃんが一番乗りだった配信やばかったよね。何分も誰も入らなかったことはないだろうに…やっぱり本当に強制退場したってコトだよね?試し聞きで様子を伺っていたけど、入ってくるなオーラ凄かった(困惑)"
『一昨日の配信といえば、全部の曲本当に良かったんですけど、アコスティックバージョンの未来って曲が刺さりました!』
あぁ、みんなに空元気って思われてないかな。
『あの、転調するところも良きで、鳥肌立ちました!あの、…君と2人の空間を切り取って永遠の額縁にはめたい〜…っていう所、ちょっとアレンジ入れてましたよね。本家とは違う良さがあってアオくんらしいというか、本当に良かったですよね。語彙力なくてすみません。…あの日にって曲もエモくて最高でした。そういえば曲作り始めるって言ってましたよね。私すごく楽しみで。今でも魅力的なのに曲を自作して歌ったらもう、天才ですよね。』
アオくんの良さを語りたいのに、アオくんがいない現実のギャップに心がグラグラと揺さぶられてどんな感情で話せばいいか分からなくなってくる。
"ミチル:アオより先に生歌聞いてしまった( º_º )みーたんいないところで嫌味言われそう"
"ハルオ:姫はアオ殿が本当に好きなんだなと伝わるでござる!アオ殿と相思相愛でござるな……"
"はると:いっつもイチャイチャと見せつけやがってよアオの野郎W初配信に一番に入れなかったこと絶対ネチネチ言ってくるぜ!WWW"
その後、アオくんの古参のみんな以外にも何人か聞きに来てくれた。
『あっと言うの2時間でしたね。もう終わりなのも寂しいですが時間が出来たらまたお話したいと思います。ありがとうございました!』
途中危なかったけど、何とか完走できた。
"ミチル:お疲れ様〜!良かったよ!"
"まる:初配信で完走したのすごいじゃん!お疲れ様"
"ハルオ:みーこ姫良き配信でした!"
"はると:おつかれー。あいつ最後まで来なかったな"
"かなえ:良かった!完走おめでとう!お疲れ様でした!次の配信も楽しみにしてるね!"
配信終了の文字が表示された。
達成感すごい。毎日配信配信しちゃうアオくんの気持ち少しわかるかも。
それにしても、本当にアオくん来なかった。忙しいから?それとも…。
やっぱり私のせい?
アオくんは今日も配信をするだろうから、配信始めたら今日初めて配信したことを伝えようと心の中で誓った。
しかし、日付がすぎてもアオの配信の通知が来ることはなかった。
※ ※ ※
翌朝、先生が教室に入ってくるのを待ちながら本を開いていた。文字は見えているが内容は頭に入ってこない。
昨日初めて配信をした。みんなの反応を見るかぎり、悪くなかったと思う。
けれど、アオくんは来なかったことにモヤモヤする。
アオくんには初配信に来て欲しかった。告知もしてないし、都合が合わないのも仕方がない。でも、もしも私の声が生理的に無理だったとか、なにか怒っているのかもしれないと思うと連絡したいけど、怖くて出来ない。
そして、やっぱり気になるのは、アオくんの配信がなかったことだ。アオくんが配信を始めてからこんなことはなかった。私の配信が気に触って配信ができる精神状態じゃなかったのかなとか思ってしまう。考えすぎだろうか?
アオくんに嫌われたのかもしれない。
今まで辛いと思う出来事に見舞われて来たけれど、一番辛いかもしれない。言葉で言い表せないくらいに辛い。
会ったこともないけど、私、アオくんに恋してる。
名前だってアオくんかも分からない。アプリ上でみいこと名乗っているが、アオくんはみーちゃんと呼ぶ。たまに、みーと呼ばれることもあって名前を言われているのと変わらない。それで好きだよって言われると本当に告白されているような感覚になる。
リアコじゃないって周りには言ってる癖に本当は強がりだ。完全に隠せないくらいにリアコだ。
ふわっと甘い香りに現実に引き戻される。
「でさぁ、うちの彼氏が――」
前の席の中島さんが、名前は忘れたけど何だかって名前の高級なコームでサラサラな髪を梳かすとジャスミンみたいな甘くてとてもいい香りが鼻腔をくすぐる。
中島さんの耳たぶの透明なピアスから目を逸らした。
「ふぁ!まじぃ?ウケるぅ。てかさぁ―――」
斜め前に座る高橋さんは過呼吸みたいな引き笑いをしたと思ったら手を叩いている。
高橋の声にびっくりして肩が揺れた。私は空気、私は空気、私は空気…。
「佳奈笑いすぎ。美依ちゃん引いてっからぁ。……えー、璃の彼氏って、2年生なんだっけ?」
「和田みごめんて」
美衣ちゃん、和田みと言われ反射的に背筋が伸びた。和田は私。
引いてないです、びっくりしただけ。
言葉が喉に張り付いて出ない。ちらりと視線だけ隣に配ると、一瞬視線が絡んだが驚きで逸らし瞬きした時には隣の田中さんは鏡で前髪を直しながら、平坦な口調で中島さんに質問している。
「そうそう、小学校の時から付き合ってんの。」
小学校からなんておませさんですね。
もしかしたら、話振ってくれたのかな、なんて思い上がりをして、口が開きそうになって、急に話し出したらキモいとか陰で言われるのかなと思い直しまた閉じた。
まじー、やばー、凄いね!馴れ初めは〜?
なんて言えたら友達になれるだろうか?いや、ドン引きだろう。
私の真ん前の中島さん、その隣の高橋さん、私の隣の田中さんの三人は、同じバスケ部らしい。入学したばかりなのに、ずっと前からの友達みたいに打ち解けていた。
だから、わたしはそこに入ることができない。ズカズカと入っていって、あの子図々しいとか言われたらなんて思うとハードルが高かった。
ちなみに私が1番後ろの出席番号なので、後ろはいない。位置的には羨ましがられる席であるが友達作りに出遅れている私には辛い席だ。
いや、1度は話しかけてくれた。でも失敗した。
言い訳すると、入学早々にスカートから膝小僧が丸見えで、体ごと横を向いて話す中島さんの右耳の耳たぶに2個もピアスの穴が空いているのを見た時から心拍数が跳ね上がり、斜め前の子も隣の子も同じような跡がある事に気がついてから、別次元な陽キャな彼女たちが怖くて仕方がなかった。
そんな人達が空気同然の私に話しかけてくるなんて思わなかった。
そんなわけで、内向的であがり症のわたしはどもって、自己紹介すらまともにできなくて終了した。
「和田さんって色白だよね。目が大きくて、茶色がかった髪もふわふわしてて可愛いよね。髪は朝巻いてるの?」
「それなぁ、思った。羨ましいよね。そういえば下の名前なんて読むの?」
「あ、あた、わたいですか。わわわ、わ和田みぃ…です。髪は巻いてなくてくせっ毛酷くてこんな有様で」
一人称あたいってのヤバいやつって思われた。いや、噛んでわたいって言った気がする。最悪だ。
「はは、めっちゃテンパってるじゃん。」
「亜美が急に話しかけるからじゃん。」
「ごめんて。」
「声可愛いー。アニメみたいー。」
「名前なんて言ったの?え?わだみ?」
「あ、あ、みいです。」
「あみちゃん?」
「田中とお揃いの名前じゃん。隣同士でアミアミじゃん。うける。」
「あの、みいです。美依。田中さんと同じなんて恐れ多くてわたしみたいなミジンコみたいなのと一緒なんて有り得ません」
心臓バクバク。わたしの口は余計なことを喋る。変なやつって思われたかもしれない。
「あのみ?」
「み、い、だって。なんか可愛い名前だね。」
「昔おじいちゃんちにいた猫と同じ名前でなんか親近感ある」
「猫と一緒とか失礼じゃね?」
「そういうつもりなかったけど、ごめん。」
「ん?みいちゃん?りょ。」
「みいちゃんよろー。」
「えっと、高橋さんの猫ちゃんと同じ名前で、えっと、嬉しいです。光栄です。……はい。よろしく、お願いします。」
「かわいー。良かったね。」
「別にそういうのいいのに。」
「うちらイカついから怖かった?ごめんね?」
「えあ、そんなことっ」
「てかさー、今日の部活外周の走り込みだって先輩話してたよ。」
「えー、まじか。」
※ ※ ※
思い出しても悶えてしまう。
多分変な奴って思われた。今も怖がっているって思われたままだと思う。事実そうだけど声をかけてくれたのは嬉しかった。でも、声をかけてくれたのが嬉しかった事を言い損ねた。
壁をとり払おうとしてくれたのに私が壁を作ってしまった。自分で取り払うには分厚くて難しい。
あの日以来朝のホームルームまでのこの時間が苦痛だ。仲良くなりたい。でも怖い。嫌われるのが、何より怖かった。最初に失敗してるしどうすればいいか分からない。
新しく割り当てられた机の黒い傷を無心で見つめる。まだ糊の効いているスカートを汗の滲む手で握る。
あの時、痩せて良かった。卒業が近くなってから、痩せた影響か告白されることが増えた。
距離を取っていた隼人にも告白された。辛い時に近くにいれなくてごめんって言ってくれた。突き放したのは私だから謝らないで欲しいと伝え、お断りした。
どんな人に告白されようと、頭には実際にはあったことがないアオくんのことが浮かんだ。恋人もいないのに断ると、角が立つようだ。女の子の鋭い視線から、また、散々の言われようだろうと思った。
アオくんと付き合うことはないと思う。今更、個人情報を聞き出すのも勇気がいる。例えば、とんでもない遠い距離でも、もしもし同じ気持ちだったとしたら付き合ったりもあるのかな。会えなくても耐えれるかな。私はアオくん以外なんてないけど、私にアオくんを縛るのは、私が許せなかった。
いつかアオくんから恋人ができたと聞かされる日が来るかもしれない。そしたらきっと絶望すると思う。だから、こんな思いなんて早く忘れてしまいたいと思うのに、アオくんの声に言葉に歌に笑い声にときめいてる。
配信に行くのを辞めようかと思ったこともあったけれど、待っていてくれていると思ったら無理だった。
現実逃避してるけど、現状として、私のせいでアオくんはもう配信をしてくれないかもしれない。
怯える生活から変わりたいと思ってやった配信。
少しだけ自信はついたけれど、それを現実でできるほどは強くなれなかった模様。
高校だって、高校デビューしたいと思って、離れた学校を選んだんだ。
中学の学区から離れて電車で1時間かかるここでは新しい自分になって高校デビューして、友達もいっぱい作って青春をしたいと思っていた。
なのに現実は世知辛い。
****
6限目はロングホームルームだった。
先生が黒板に委員会名を一つ一つ書いていく。
書き終わると教卓に両手を付き教室を見回した。
「はい。今日は委員会決めをします。特に部活をしてない人は委員会入ってもらいますよー。委員会はそれぞれ男女1名ずつです。クラスの代表になるのですから推薦ではなく自ら責任をもって1年間できると思うものを選んでください。時間も限られてますから積極的に挙手をするように。」
担任の先生の言葉にあちらこちらでヒソヒソと声がした。
部活してるから無理、だるい、楽なやつに入りたいとかちらほら聞こえる。
今まで委員会に入ったことがなかった。
でも、委員会に入って親友みたいな友達が出来るかもしれない。私の居場所になるかもしれない。
「学級委員とか図書委員って面倒だよね。図書委員会って週1で図書室で放課後過ごさないといけないとか地獄じゃない?」
私は図書委員の文字をマジマジと見つめた。
先生が委員会を次々呼んでいく。
「はーい。じゃあ次、図書委員ー」
下を俯いたまま挙手をした。
心臓バクバクだ。
「女子は和田さん。男子は〜?……相澤くんね」
図書委員になれた?
「美依ちゃん良かったね。」
隣の田中さんが話しかけてくれて息が詰まった。
「えっと、…はい。」
図書委員になれて良かったねって事だよね?
「ありがとうございます」
「わだみ、王子といいなぁ。王子意外すぎるけどね。まぁ部活は入ってないか。」
高橋さんが田中さんに言ってる。
高橋さんと視線があった。
「わだみ、マジで気をつけないとやばいよ。女子の嫉妬。」
「え、あ、え」
机を視線が滑る。女子の嫉妬。そうだよね。変に関わると同じことの繰り返しだ。
中島さん達はホームルームは続いているのに小声で色々教えてくれた。
曰く、相澤碧あおいくんはあんまり他の男子みたいに騒いだりしないけど、ニコニコしていて聞き上手、その人柄の良さに周りに人が寄ってくる。中学校ではバスケ部に入っていたけど、高校ではやらないと言っている。成績は優秀でもうひとつ上のランクの学校に行くと思っていたけど、10月に急に進路変更。小中学生の時もモテていたが現在も良くモテている。彼女は遠距離の彼女が中2の時からいる。
彼女のために学校を変えたのでは?と憶測もある。
すごい情報量だ。アイドルみたい。
妬みには懲りた。そういうのに関わりたくなかったのに。
あと、流れで3人と連絡先を交換した。
あっさりと交換できた連絡先を見つめる。
私が身構えすぎたのかな。
放課後は委員会の集まりに参加することになった。
あまり相澤くんには関わらないようにしようと決心した。




