6 わかるだろ
その後、アイク用の依頼とシロ用の依頼を見繕ってもらい同時に受ける。
ギルドを出て直ぐに王都の一等地にある、冒険者御用達のマドロフ商会本店に入り、一階の総合受付の前に立つ。
「女用の冒険者服と防具、ショートソード、靴、その他、女の必需品を見繕ってくれ」
貴族から平民まで多種多様の者たちが足蹴なく行き交うマドロフ商会の一階は高級ホテルのラウンジのように清潔感が漂っていた。
加えて最新技術をふんだんに使用した新商品を展示している。二階、三階、四階という具合に商品の内容は変わり、受付に話を通せばすぐに用意してもらえる。
買い物が得意ではないアイクからすれば便利な仕様だった。
「承りました。個室にご案内いたします」
執事のように対応が速い店員がアイクたちを貴族を招待するように個室に移動させ、高級な紅茶と菓子を差し出す。
その間、他の店員がシロの体を巻き尺で測り、彼女の体に合った大きさの品を見繕って集めた。質素ながら上質な品ばかり。『精霊眼』で見ても粗悪品は一つもなかった。それだけで、マドロフ商会が成功している理由がよくわかる。
シロに全てを押し付け、個室の中に取り付けられた試着室に放り込んだ。
彼女は獣族用の尻尾を出す穴が付いた長ズボンと長袖のシャツを着こみ、革製の胸当てや肘当てを付け、左腰に初心者でも扱いやすいショートソードを提げながら出てくる。
「合計、ルークス大銀貨三枚になります」
ルークス大銀貨三枚はルークス小銀貨三〇〇枚分だ。一般人が三〇〇時間働いたのと同じ。
シロは目を白黒させ、アイクと店員を何度も見回した。村で硬貨はほとんど使われていなかったが、価値くらいは知っていた。
「安いな」
「いやっ、高いだろ!」
上質な品が手ごろな価格で手に入るため、マドロフ商会は多くの者に好んで使われる。初心者が使うならこれくらいでちょうどいいという点をしっかりと押さえているのが高評価だ。
「強くなれば、これくらいすぐに稼げる。金のために強くなろうとしてもたかが知れているがな」
アイクは店員にルークス大銀貨三枚を手渡した。そのままシロを連れて外に出る。
あまりに目まぐるしく景色が変わるため、シロはずっと目を回しっぱなしだった。なれるまで時間がかかるだろう。
☆☆☆☆
御者や商人が使う山道にワイバーンが住み着いたらしく駆除してほしいとの依頼を受け、アイクはシロを抱えたまま目的地に到着。
黒色の鱗が特徴的なワイバーンの中で最も上位種のブラックワイバーンだ。
経験上、最上位の魔物は大概黒い。
魔王も黒い個体が多く、勇者の髪色もだいたい黒い。
そのため、アイクは自分の髪色が藍色なのが少々気に食わなかった。
人は魔物ではないため髪色に根拠はないとされているが、黒の方が強くなれそうだと、無駄に思っている。
――だが、そうなるとシロはどうなのだろう……。
魔物の中でとことん白い個体は見た覚えがない。やはり神聖な存在は白っぽくなるのか。
「はわわわ、お、おい、アイク、なに、ボーってしているんだっ。わ、ワイバーンが来てるぞ!」
髪色について考え込んでいたアイクは前方から大口を開き、飛び掛かってくるブラックワイバーンを一切見ていなかった。
体長が二〇メートルを超えている。シロの体は目の前から迫る化け物を見ただけで体が動かなくなった。
アイクは「慌てるな」と一言。ブラックレイリーを引き抜き、高く跳躍。人間の小さな体を生かし、ブラックワイバーンの顔面すれすれを抜ける。その間、すでに敵の首は落ちていた。
一秒も戦闘しておらず、シロはあっけにとられる。アイクの規格外の強さを再度見せつけられた。
アイクの依頼は終わったが、まだ彼女の依頼は終わっていない。
「魔物を倒せば、ある程度強くなれる。かたっぱしから戦え」
「そ、そんなこと言われても、わたしは真面に戦った経験がない」
アイクは羽織っていた外套の襟首を引っ張り、シロの噛み跡を見せる。
「お前は俺に傷を与えたんだ。わかるだろ」
「いや、わからねえよ!」
うだうだうるさいシロをゴブリンの巣に投げ込み、放置。
シロが泣き叫ぶ声が聞こえても手を貸す気はない。
シロの能力ならゴブリン程度、倒せるとわかっている。彼女のしなやかな筋肉の可動域はアイクよりも広い。自分より、ブレイブの姿に似ているため長時間の戦いに向いている。
筋肉は多ければいいという訳でもなかった。戦いにおいてバランスが最も大切だ。
シロは村を潰した元凶を殺すまで、こんなところで死んでいられないと無理やりでも体を動かし、ゴブリンをかたっぱしから倒す。
アイクの予想通り、彼女はショートソードの扱いは下手だが蹴りや拳でゴブリンを完封している。
全てのゴブリンを倒したころ、シロはレベル8になっていた。彼女はゴブリンを倒しきり、その場に座り込んだあと「殺す気かっ」と大声で叫ぶ。
「依頼はまだある。さっさと立て」
今朝、山のように土を積み上げ、午前中に目まぐるしく景色が変わり、午後にゴブリンと無理やり戦わされ、まだ何かあるらしいと知り、シロは口から魂が抜けそうになる。
だが、復讐するためにも彼についていくほかなかった。
アイクとシロの依頼は午後七時まで続いた。
シロは全身くたくたになってウルフィリアギルドの受付にもたれかかっている。
シロ用の銀行口座を作り、彼女がこなした依頼料はそちらに振り分けてもらう。
「アイクさんが奴隷を購入するなんて以外でした……」
受付嬢が鉄首輪のついているシロとアイクの姿を何度も見回した。
「買ったわけじゃない。拾っただけだ。放っておいても死に急ぐだけだったからな」
アイクは仕事を終え、食堂に入る。シロを椅子に座らせ好きな品を注文させた。
「酒は飲めるのか?」
「発情したことないから、まだ飲めない」
獣族は年齢で成人が決まるわけではなく体が成熟したら成人と認められるようだ。
人間よりも厳しい環境に置かれているため、成人年齢を決めていたら村が滅びてしまうのかもしれない。
アイクは勇者の末裔ゆえか酒を飲んでも酔えない。そのため、多くの冒険者たちのようにワイワイと酔っぱらう感覚がわからなかった。ブレイブも同じであるため、自然と仲良くなっていた。
「あのアイクが獣族の奴隷を連れているぞ……」
「アイクさんが獣族の奴隷を連れているってことは、今後、冒険者にとって必須になるってことか……」
「やっべ、資金足るか」
「獣族の冒険者をパーティーに入れた方がいいかもしれんっ」
冒険者の面々は優秀な成績を収めているアイクの所持品を見て、身の周りの物を整えようと動き出す。だが、誰かがアイクと俺たちは全くの別物だろと言うと、全員が頷いて酒盛りが再開される。
夕食を終えたアイクとシロは同じ部屋に入る。無駄な品が一切ない殺風景な部屋だった。「村の家の方が物が多かった」とシロはぼやく。
「強くなるために必要なもの以外置いていない」
アイクは水属性魔法で水を生み出し、木製の桶にちょろちょろと漏らすように入れる。満杯になったらシロに布を放る。彼女の体は酷く汚れていた。
アイクは外套やその他の服をかたっぱしから脱いでいく。下着姿になった後、運動着を身に着け木剣を握った。
「明日の朝、訓練する」
扉を閉め、ウルフィリアギルドの訓練場に駆けた。
――シロのしなやかな動きを再現出来れば今以上に強くなれるかもしれない。
シロの動きを手本に、夜中までひたすら木剣を振り続ける。
二四時間空いている訓練場は冒険者であれば無料で使える。
成人するまで真面な訓練をこなしていなかったアイクは我流だった。効率よく相手を殺すための攻撃。
そのため大概の場合一撃で戦いは終わる。ただ、ブレイブと手合わせした時はそうもいかなかった。
全ての攻撃が見切られ、一撃も入らない。
ブレイブから「攻撃が正直で読みやすい」とよく言われた。
アイクは勝つ戦いばかりしていたが、ブレイブは負けない戦いばかりしていた。
――やつは、どこか俺と違う。それは何だ……。
己より強い者に勝てる強さを目指し、全身汗だくになり訓練を終える。
部屋に戻ると、中が少し綺麗になっていた。
シロは与えられた布と桶で部屋を掃除していた。
アイクは体を拭いてさっさと寝ろと言ったつもりだったが、言い忘れていた。桶の水をトイレに捨て、軽く洗って新しい水を張る。新しい布をシロに渡した。




