5 シロ
アイクは黙って、彼女の姿を見た。
「村を潰した元凶をあの世に送らないと、皆がちゃんと眠れない……」
「俺に関係のないことだ」
――女に力を貸しても強くなれない。時間の無駄だ。
「本当に全てを捧げる。体も、心も、魂も、命までも、なにもかも全てだ。嘘じゃない」
女は身に纏っていたボロボロの麻服を破り捨てると裸体を曝し、立って姿を見せる。白い肌が朝日に照らされ、より一層白さを増す。神聖な見た目だった。
――ここまで肌が白くとも、乳首はピンクなんだな。
そんな女の裸体を見ても、アイクの表情は変わらなかった。
女は仲間や家族を殺した奴らが許せないのか、このままでは悪魔に魂を売ってでも元凶を殺しかねない雰囲気を全身から漂わせる。
昨晩は死んだ魚のような目になっていたが、彼女の目に漆黒の炎が宿っていた。
「復讐などしても、強くなれない。それこそ時間の無駄だ」
「もう、わたしの生きる理由はそれしかない。その後は煮るなり焼くなり好きにしろ」
朗報だ。自ら命を差し出してくる獣族の女が目の前にいる。
抱かれて壊されても文句はないだろう。
だが、アイクは無表情のままだった。胸の高鳴りもなく、飛び跳ねたり、叫んだりしない。
裸の女は巨体のアイクを前にしても怯まず、猫耳を立てながら歩いた。
「復讐を終えた後、死んでもいいと言うのか?」
女は小さく頷いた。そのまま、アイクと拳一つ分もないほど近くで止まる。
その間、視線を一度も離さず、アイクの顔を見つめた。寒さに耐えるように唇が震え、力が入り過ぎている拳から血が滴る。
アイクは『精霊眼』を発動し、女の情報を見た。
『名前:シロ。種族:猫族。レベル:6。性別:女。種族値:力:120。魔力:65。耐久:80。速度:135。能力値:力:25。魔力:18。耐久:20。速度:26。加護:神獣の血脈・病気や毒は無効。レベルが上がりやすい』
力と速度の種族値は獣族の中でも抜けて高く、魔力も獣族にしては高い。
強くなる才能だけではなく、加護まで持ち合わせていた。
レベルが低かったため人族の冒険者に遅れを取ったのだろう。彼女がもっと強ければ、あの程度の者たちに負けなかったはずだ。
「いままで、強くなろうとしなかったのか」
「……父が外に出させてくれなかった。母が戦うのは男の役目だと言った」
シロは大きな赤い瞳を震わせ、アイクを睨むように瞼が下がる。肩が小さく動き、大粒の涙がまた零れる。
アイクは生まれてから涙を流した経験が一度もなかった。
シロがなぜ泣いているのか理解できない。同情することもなく、無表情のまま見下ろし続ける。
今の彼女を抱いたら確実に壊れてしまうだろう。アイクのレベルは80で攻撃力は316だった。
抱いている最中に相手がグシャグシャになってしまうのは気分が悪い。
だからといって、シロが復讐を終えたあと彼女とどう接すればいいかわからない。
そもそも、復讐する相手もわからない中で、一緒に行動するということは生活を共にすること。
私生活で女とのかかわりがほとんどないアイクは、このままの生活を続けていても女を抱ける日は遠い。
――復讐を終わらせたシロを抱くのが一番の近道か?
無駄に高い金を払わずに女の体を見放題というのも財布に優しい。
アイクは女を見て、可愛いや美人という感覚はわからない。女は女だ。老婆から幼女まですべて女。例外はない。
辺りを警戒し、ピクピクと動いている白い猫耳に触れる。
シロは一瞬反応したが、押し黙ったまま。猫は耳を触られると嫌がると聞く。シロも唇を噛むようにじっと堪えていた。
「シロの復讐が終わった時、俺はお前を抱く。加えて、それまで俺の性欲を沸き立たせられるよう努力してもらう」
アイクの無表情な顔で言い放たれた言葉に、面食らったシロは一瞬固まる。だが、数秒経つと真っ白な肌が急激に赤くなり、猫のように細い尻尾が真っ直ぐ立ち上がった。
細長い瞳孔がぎゅっと縮まり、瞬きが止まる。
氷のような表情のアイクを見ても、意図はわかるわけもない。目の前の男が何を考えているのか読み取れないながらも相槌を返す。
すでに目の前の男に全てを捧げると誓ったのだから、何を言われようと遂行するのみ。多くの仲間を殺した者に報いを受けさせるためなら、手段を選んでいる余地はなかった。
「あの馬車の中にいた奴らは埋葬したのか?」
「まだ……」
アイクは村の者が使っていたシャベルを素っ裸のシロに渡す。
服よりも先にシャベルを渡されたシロは目を丸くした。
脱いで誠意を見せようとしただけで、素っ裸のまま生活したいわけではないが、アイクに女の心などわかりようもない。
「早く埋めてやれ。吹き曝しは死体とて寒いだろう」
シロはシャベルを使い、仲間だったものに土を掛けていく。
怪我の手当てもなく、素っ裸のまま何時間も土を掛け続けた。
疲労困憊になり、素っ裸など、気にしていられない。ひたすら土を盛り上げた。
そこは小さな山のようになった。いずれ花々で色鮮やかになるだろう。
埋葬を終えた頃、シロはシャベルを持てなくなるほど体に力が入らなくなる。それでも立ち上がり、アイクがいる村に戻った。
アイクは切り刻んだフレアリザードの肉を焼いていた。
シロの仲間を食っているかもしれないが、気にする素振りはない。腹が減ったから食う。ただそれだけだ。
勇者の末裔であるアイクもまた毒は効かない。呪いや魔術による精神攻撃も効果がない。加えて『精霊眼』に『食っても問題なし』と映っている。ならば食える。
フレアリザードの肉は淡泊な味わいで脂が少なく食べやすい。鉄板で焼いた肉を戻ってきたシロの前に差し出す。
彼女は一瞬ためらったが、腹の音が鳴ると肉を掴んだ。そのまま、一心不乱に腹が膨れるまで食べ続ける。その後、燃え残っていた布を胸と腰に巻き付け、即席の服にする。
アイクに許可は取っていなかったが、服を着ていようがいまいがアイクからすれば女に変わりない。
「俺の名前はアイクだ。呼び方は任せる」
「わ、私はシロ。アイクは……人間?」
尋常ではない強さを持つ者を見たシロは質問せざるを得なかった。人の皮を被ったオーガや悪魔、神とすら誤認できるほどの強さだった。
アイクは「そうだ」とだけ呟くと、立ち上がった。
闇ギルドの男達が持っていた鉄製の首輪をシロの首に嵌める。本来は奴隷となった者の力を制御する魔法と共に着けさせる道具だが、今回は彼女が王都の中で目立たないようにするために着けさせる。
誰かの奴隷に手を出すのは法律違反となり、シロに声を掛けようとしてくる者を大きく減らせる。
アイクが連れ歩いていれば、手を出す男はさらに減るだろう。
シロのためではない。アイクが強くなるために他の男に彼女を渡すわけにはいかなかっただけだ。
「シロは今日から俺の奴隷だ。そのようにふるまえ」
彼女の口周りに着いた肉の汁を服の裾で拭う。シロに「はい」という以外の選択肢はない。
今日は休日でもないのに仕事をまだ一つもこなしていない。その状況は少々不味かった。受付の者たちに叱られかねない。加えてブレイブと差がさらに開いてしまう。
シロの体を抱え、舌を噛まないよう黙らせると、全速力で王都まで走る。
「にゃ、にゃあああああああああああああああっ!」
あまりの速さにシロはアイクにしがみ付いていることしか出来ず、体中の筋肉を硬直させた。気づいたころに、巨大な城壁が見える場所まで移動しており、理解が追い付かない。
「アイクさん、ご無事で何よりです。まさか、昨日中に返ってこないとは思ってませんでした」
門番を務めている騎士の一人がアイクに向って敬礼し、手早く入国の手続きをこなす。ただ、アイクが抱いている目を回したシロを見て、首をかしげる。
「奴隷商が闇ギルドの者たちに襲われていた。こいつだけ生き残っていたから俺が拾った」
「そ、そんな虐められていた猫を拾ったみたいな感じで……。超カッコいいっす!」
騎士の瞳が新品同様の銀の鎧みたく輝きを増していく。彼の気持ちはアイクに到底わかりようもない。だが、シロの身分証はないためアイクが通行料を支払った。
今後、ルークス小銀貨一枚程度の仕事をこなしてもらわなければならない。
ウルフィリアギルドに直行し、依頼達成の書類を受付に差し出す。金を銀行に入れてもらったあと、シロの身分証を発行してもらう。




