表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/47

三十九話 この時のため

「ファイグラ……っ!」


 詠唱の途中、ドリミアの右手が弾ける。『精霊眼』の見立てによるとドリミアの体の容量を超える魔力が入り込み、体の中でとどまり切れていない。神樹の魔力との相性も悪く、身を焼くような状況の中で力を使っている。


 ――もしもこのままドリミアが力に呑まれるなら、魔神に勝てるかもしれない。


 ドリミアは「この程度、問題ない」と呟きながら右腕を泡のように生み出し急速に回復させ、もとに戻す。

 だが、余裕そうだった顔は釘を踏んだように歪み、額に汗をにじませる。腕が戻るや否や、口もとに手をやり、無理やり笑顔を作った。


「ま、雑魚は後からでもどうとでもなる。今はアイクくんからや……。マクロープスは雑魚をおえ」


 ドリミアの近くにいた黒いマクロープスは唾を吐き捨てるように鳴いた後、命令を聞き、逃げた森の民を面倒臭そうに追う。

 アイクは黒いマクロープスの本体に向けて動きかけたその瞬間、息を詰まらせる。

 彼は勢いよく振り返る。

 祭壇が砕ける音と共にドリミアが天高く跳躍していた。着地する気配はなく、重力を拒絶したかのように浮いている。そして背から広がった異形の翼が、展開。腕から伸びる無数の触手をアイクに向ける。

 触手はまるで木の根が狂ったように、枝分かれしながら勢いよく広がった。一本一本が槍のように鋭く、重量のある縄のように柔軟に蠢き、木造の建物を容赦なく串刺しにしながら迫る。アイクがいくら回避しようとも追いかけ、何もかも刺し通し追ってきた。

 すでに魔法の軌道ではない。速度と質量の暴力。空間に逃げ道はほとんどなかった。

 それでもアイクは無人の村を縫うように走った。木製の屋根を飛び超え、路地を蹴り、倒れた家屋の柱の間を滑るようにすり抜ける。

 触手は土の壁を砕き粉塵を巻き上げ、木材を弾き飛ばし木っ端みじんに変え、地面えぐりながら執拗に迫った。

 触手に四方を塞がれ避けるのが難しい場合は、すかさずブラックレイリーを振るい、刃で空間ごと斬り裂く。触手の進路をずらし、わずかに生まれた隙間へと身を滑り込ませる。


 いくら回避しようとも触手の追撃は止まらない。ドリミアの攻撃は正確無比で、回数も速さも減る気配がなかった。

 攻めに転じる余裕は一瞬たりとも訪れず、一手でも間違えば即死。そんな緊迫した状況の中、アイクは無表情のまま至極冷静に動いている。だが、その動きに余裕はない。森の民を追っている黒いマクロープスに視線も向けられないほどだ。

 今、触手から目を離したならばその瞬間に命を落とす。そんな圧が、アイクの周囲を包囲していた。

 それでも、彼の足は止まらない。高所に張られた綱の上を目隠ししながら走っているような状態の中、『精霊眼』と経験に基づき、一歩も踏み外すことなく常に最適な選択を続けた。

 冷や汗に濡れた額に髪が張り付き、息がつまり呼吸は荒らくなろうとも、その剣筋は一度として鈍らない。今、一人ではないと知っているから……。


 黒いマクロープスが森の民を追っているさなか、真横から「追わせるかっ!」と荒々しい声を上げる白い獣に蹴り飛ばされる。


「シロ……、来たのか」

「あいつはわたしに任せて。アイクはあの化け物の方を何とかして!」


 シロは体に濡れた泥を塗り、炎の中を突っ切ってきた。ところどころ、泥が乾き剥がれ落ちる。だが、彼女の白い肌はしっかりと守られていた。


「……わかった。そっちは任せる」


 シロに黒いマクロープスを任せ、アイクはドリミアに一点集中。

 触手で仕留めきれぬと見るや、ドリミアは迷いなく空中から急降下した。軌道修正すら不要とばかりに一直線。まるで神罰が下されるような、圧縮された殺意の塊が空から迫る。


「は、あは、ははあっはあははっ」


 地を踏み砕きながら着地し、無傷な自分が心底おかしいようで狂気じみた笑い声を上げると、次の瞬間に鋭い歯を見せながら拳を振るう。躊躇も警告もない。ただ力任せにアイクに殴りかかる。

 その一撃が空を切ると、建物が破壊され木端微塵に崩れ落ちた。

 拳が空を切るたび、爆風のような風圧が生まれ、家だった瓦礫が木の葉のように吹き飛ぶ。

 魔法ではない。ただの殴打だ。ドリミアの動き一つ一つが戦場の空気を一変させる。

 ドリミアの動きに、もはや飾り気はない。そこにあるのは純粋な殺意と人知を超えた数値の暴力。言葉も理屈も介さず、ただ目の前の敵を粉砕したいという破壊神の意志が形を取ったような、圧倒的な暴威だった。


 アイクは迫りくるドリミアの影響で剣を振る空間がなかった。

 アイクも格闘術に移行しドリミアと真正面から殴り合う。

 ドリミアの攻撃を素早く回避し、流れるようなカウンターを顏や腹、鳩尾に叩き込むが、どれもこれもドリミアの鉄壁の防御に弾かれる。逆に、攻撃の反動が容赦なく拳を襲い、筋肉を委縮させた。拳を振るうたび汗が渋き、筋肉の膨らみと衝撃に耐えきれなかった冒険者服に亀裂が入る。

 しかし、アイクは顔色ひとつ変えない。目を血走らせることなく、『精霊眼』が輝きを増し、再び次の攻撃に備えた。鍛え上げられた筋肉が熱を帯び、全身から蒸気が上る中、呼吸を整える。

 ドリミアの拳が身とすれ違うたび、戦況はますます切迫していく。それにもかかわらず、相手の魔力の暴走を待つ以外に打開策がない。

 ドリミアの攻撃は一撃も真面に受けてはならない状況ゆえに、未だ命の綱渡りが続いている。


「どうした、どうしたっ! へなちょこなこぶしやなぁっ! これじゃあ、蚊もころせんよっ!」


 アイクがすんでのところで回避しようとしたが、左目の『精霊眼』がスパークするように光が弾け、反射的に目を細める。その、一秒にも満たない硬直により、反応が一瞬送れる。

 その瞬間、ドリミアの拳がアイクの脇腹を捉えた。まるで焼かれた槍を突き立てられたかのような鋭烈な衝撃が彼の全身を駆け巡り、拳は肝臓に近い箇所に深く食い込んだ。

 口から血唾や血液混じりの胃液が吐き出る。身体が一瞬で硬直し、脚の動きが鈍った。まるで縄から足が踏み外れたかのような状況に襲われ、反応がさらに遅れる。

 アイクはその場を踏みとどまろうとしたが、数年ぶりの激痛に慣れておらず、最適解を光が何度も弾け調子の悪い『精霊眼』に頼る。

 『精霊眼』の調子を戻すため、一時的に防御を固める。だが、体勢を整えようとするも、筋肉がうまく動かない。

 『精霊眼』に映るのは、ドリミアの狂気を宿した冷徹な顔。確実に殺そうとしてくる、その一撃一撃が、アイクをどこまでも追い詰めた。


「表情が変わらんと、おもんないなぁっ。ちょっとは、泣いたり、わめいたりせいやっ」


 どれほど劣勢でも、アイクは無表情だった。

 足下は土に塗れ、顔や背中は汗に濡れ、肋骨は一本か二本に罅が入り、内臓も軽く損傷していそうだ。それでも、その藍色の瞳だけは敵を見失わない。

 アイクは、魔力を手の平に集めた。狙いはドリミアの眼、その一点。


「『ウィンド』」


 放たれたのは、ただのそよ風のような微弱な魔法。攻撃としては無意味。しかし意識をそらすには十分だった。

 アイクの魔法によりほんの一瞬、ドリミアが目を細めた。その刹那、アイクの右ひざが、一直線にその顎を撃ち抜く。迷いのない一撃だった。

 膝が沈むと共に、体が反射で動く。続く回し蹴りを腹部に叩きこむ。

 ドリミアの体は家屋を砕き、柱をなぎ倒しながら吹き飛ばされ、瓦礫と共に激しい砂煙が巻き上がる。

 アイクは肩で息をしながら、握り拳を作り、膝に力を込め直す。だが、砂煙がすぐに晴れた。そこに立っていたのは血すら流さず、首を鳴らしながら肩を回すドリミア。子供の相手をしている大人のような表情で喋り出す。


「かゆい、かゆい。今のわいに、どんな攻撃も通じんよ」

「なら、攻撃が通るまで攻撃し続けるだけだ」

「はぁ~、脳筋やなぁ~、アイクくんは~」


 アイクはわずかに目を細め『精霊眼』を研ぎ澄ます。ドリミアの動きはすでに人の域を超えている。真面な目では攻撃の軌道が読めず、予測できないほどの速度と暴力性。それでも、アイクがいまだ立っていられるのは『精霊眼』が次の動きをほんの一瞬先に視せてくれるからだった。

 だが、その恩恵の裏で、あまりに過剰な使用により疲労は確実に蓄積していた。瞳の奥から焼けるように、白目が赤く染まっていく。

 無表情ながら、目に燃えた油が注がれるのを覚悟したような顔つき。『精霊眼』に力を込めるたびに歯を噛みしめなければ、目を開けていられないのだ。

 アイクはそれでも『精霊眼』に力を込める。逃げれば誰かが死ぬ。この地獄に踏みとどまれるのは、今、彼しかいない。

 世界を壊しかねない強敵を前に、引くわけにもいかなかった。


 ――俺は、この時のために強さを求めていたのではないか。


 そんなことを思う中、ブレイブやミリュが異変に気づき、この場に来るまでの時間を稼ぐ必要がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ