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正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


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一緒に死ねるなら

「アイクは一人じゃないよ。わたしが、ちゃんとそばにいるから」


 シロの囁くような声に、アイクの瞼がわずかに震える。その抱擁は、手足に残る微かな力みを、少しだけ静めた。まるで、晒されて消えそうな炎をカンデラで覆うような所作だった。

 アイクがシロの手をそっと握ろうとしたころ、部屋の窓をすり抜けるように蝶が入ってくる。パッと光ると、すっぽんぽんの女に蝶の翅が生えた存在に変わった。

 アイクは手を止め、その姿に視線を向ける。


「アイク様、 アイク様、大変ですっ! 村が、大森林がっ~! ぼうぼうって燃えてぇっ!」

「ティンティ……、どうしたんだ」


 シロの手に触れず、部屋の中に入り込んだ蛾のように荒れ狂う精霊に話しかけた。


「アイク様の村が狂暴な獣と魔物の大群に襲われて、大森林にまで入って来て、魔人が神樹に近づこうとしていますっ! 助けてくださぁいっ!」


 ティンティはアイクの顔にへばりつき、ギャン泣きしながら騒ぎ散らかす。

 アイクは彼女の翅を傷つけないよう指の間でそっと挟み、引きはがす。手の平に座らせ、頭を撫でながら落ち着かせた。


 ティンティは手の平の上でペタンコ座りし、眼元に米粒のような手を持って行きながら雀の涙より少ない涙を必死にぬぐう。


「村の皆は、母さんは無事なのか?」

「皆、大森林を守ろうと、武器を持ったけど……、相手の強さが圧倒的で」


 アイクは目を細め、左手を握りしめる。


 ――母さん。


 村の者たちは、決して特別な存在ではない。だが、母が暮らす村であり、彼女が生きていくための支えでもある。

 彼らがいなければ、母は言葉を交わす相手さえ失ってしまう。それが、どれほど静かで冷たいか。アイクは王都に来て知っていた。


 三年以上前、別れ際に見た、母の顔。

 泣きながらブラックレイリーを渡してきた時の、どこか無理していた表情で何かを悟り、多くを語らず、引き留めず、送り出してくれた母が、今も変わらずいてくれるとは限らない。


 ――もしかすると、もう二度と会えないのではないか。


 このままでは、魔物や獣に襲われ、燃え盛る森の落ち葉のごとく、母の姿が煙のように消えてしまう。

 ティンティから村の状況を聞いたアイクは全身の筋肉が震え、あまりの圧力にその場が地震のように縦に揺れる。そのたび、息が浅くなり、視線が沈む。

 三年のうち、一度でも家に帰れば……。母ともう少し会話していれば。

 大切な存在は、失ってからその存在の大切さに気付く。


『たすけて……』


 クロが助けを求めたあの時、手を差し伸べていれば、何かが変わっていたのかもしれない。

 今更、遅い。

 だが、今、ティンティに助けを求められた。ここで、動かなければまた被害が広がる。事態が悪化する前に、手遅れになる前に動かなければならない。


 アイクはティンティを羽ばたかせ、シロの腕を掴み、肩から離れさせる。その後、勢いよくベッドから立ち上がった。

 窓の外は、雨が強く地面を叩く。アイクの熱気が混じった室内の風が外に吹き出ると、雨粒が靡いた。

 昨晩干しておいた、シロが縫い直した冒険者服に腕を通しながら、息を詰める。


「あ、アイク、どうしたの?」


 シロはティンティが見えていなかった。声も聞こえていない。

 だが、アイクの不自然な動きから、そこに何かがいると察する。

 今から、アイクの性器を美味しく食べて、撫でてもらい『状態:絶頂』になり、眠るといういつもの流れが大きく変わった。


「故郷の村が何者かに襲われたらしい。シロはここで眠っていろ。朝には……」


 アイクが一人で行こうとしている矢先、シロもすぐに着替え始めた。シロに待っているという選択肢はない。彼の所有物となったとき、どんな場所にもついていくと決まっている。


「わたしもいく。アイクになんて言われようと絶対」


 アイクは静かに頷いた。シロの存在が、筋肉の痙攣をゆっくりと鎮めていく。

 その間、シロの落ち着いた瞳が、まっすぐに彼を見つめる。

 彼の故郷など、シロにとってはどうでもいいことのはずだ。だが、その眼差しから、本気になったときだけに見せる決意がにじみ出ている。彼女はいつだって自分のためではなく、誰かのために力を尽くす。

 復讐も、人助けも、すべては他者のために。

 今この瞬間も、アイクの力になるために立ち上がった。


 ――シロの強さは、ずっと生まれ持った才能だと思っていたが、そこに意味はないのかもしれない。


 ブレイブの強さとシロの強さ。その在り方は、ただ戦い方が似ているだけではなかった。

 信念の奥深く、見えない場所で二人の思いは同じ場所に繋がっているようだった。


 ――もしかすると、そこに真実があるのか……。


 心の闇が少しずつ晴れていくような、やわらかな光がアイクの瞳の内に灯る。

 アイクは、ほんのわずかに、求めていた真実の輪郭に触れた。シロの頭だが。


「ティンティ、『精霊眼』は森の民の情報を見られるのか?」

「ううん。見られないよぉー。私たちと同じだねぇ」


『精霊眼』を与えたティンティが言うのだから事実だろう。

 そうなるとクロが森の民と繋がりがあるということになる。サイドテーブルに置かれたネックレスを掴み、懐にしまった。


「この場で考えている暇はない。今すぐに向かわなければ……」


 実家の村まで馬車で一ヶ月はかかる。今のアイクが本気で走っても一日近くかかる。普通に、走るだけでは間に合わない。

 山や川、谷をもろともせず、常に同じ速度で最短距離を移動するためには飛ぶしかなかった。だが、アイクは飛べない。ティンティの魔法も、人を長時間飛ばせなかった。


「ティンティはどうやってここまで来たんだ」

「えっと、瞬間移動の魔法で飛んできたよぉ」

「その魔法は、俺たちに使えないのか」

「私だけの魔力じゃ、人を二人も瞬間移動させられないよぉ」

「なら、俺の魔力も使えば出来るんじゃないか」

「やったことないから、わかんないよぉ。失敗しちゃうかもしれないよぉ」

「失敗したらどうなる」

「大空とかぁ、岩の中とかぁ、魔力が足らなくなった瞬間の場所にあらわれちゃうかもぉ。マグマに突っ込んちゃう可能性もあるよぉ」


 最悪、即死する可能性のある魔法を使うか、安全に走るか、空を飛べる者に手を貸してもらうか。だが、緊急を要する。一秒も渋っている時間はない。


「シロ、もしかしたら移動中に死ぬかもしれない。それでも来るのか」


 アイクはもう一度問いかけた。しかし、返ってきた答えは変わらなかった。

 シロは、呆れたように小さく息を吐き、けれどその瞳はまっすぐに彼を見据える。


「わたしは、アイクと一緒に死ねるなら、それでいい」


 その言葉には、一切の迷いがなかった。軽々しく放たれた言葉ではない。

 誰かの命を背負って生きてきた彼女が、それでもなお選んだ終わりの形。そこには、剣よりも鋭い覚悟と、逃れようのない想いが宿っていた。

 観念したアイクはシロを抱きかかえ、多少なりとも即死を防ぐ。


「ティンティ、俺たちを瞬間移動で実家がある村まで運んでくれ」

「わかったぁ~。じゃあ、アイク様の魔力を貰うねぇ」


 ティンティはふわりと宙を舞い、アイクの顔の前で羽ばたきを止める。そして、まるで祈りを捧げるように、小さな唇をアイクの唇にそっと重ねた。

 瞬間、まばゆい光が二人の間からあふれ出す。

 熱ではなく、冷たく澄んだ水が動いているのような流れが見え、アイクの体を巡る。

 筋肉が緩み、彼は膝を折りそうになる。だが、すかさずシロがその身体を支えた。

 光は量を増し、空気が澄んだ。ティンティの翅が淡く輝き、彼女の中にアイクの魔力が吸い込まれていく。これは精霊に力を渡し、魔法を紡がせるための儀式。

 古の契約に則り、魔術師が精霊と心を重ね、その身を通して世界に干渉させる魔法の発動方法。それを、アイクは知る由もない。


 ティンティの小さな体が光に包まれ「瞬間移動(テレポーテーション~)」と彼女の気の抜ける発言と共に、アイクとシロの視界も光に包まれる。

 シロと過ごしたウルフィリアギルドの部屋。見慣れた木の梁と、仄かに燈るランプの柔らかな光。その穏やかな空間が、一瞬で塗り替えられた。

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