表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/47

三十四話 顔色が悪い

「質のいい冒険者用の服より頑丈な肉体ってなんだよ」


 シロは穏やかに微笑みながら細い針を器用に操り、アイクの冒険者服の破れを丁寧に繕った。

 仕上がった服を差し出され、アイクがふと縫い目に目を留めた。縫い目がまるで戦いで負った傷跡のようにだった。


 ――カッコいい。


 アイクの体は生まれつき頑丈で、傷ができてもすぐに癒えてしまうため、目に見える痕が残ることはほとんどない。

 他の冒険者たちはそれを無敵の証だと称賛するが、アイクは無数の傷を刻んだ歴戦の戦士のほうにこそ、男らしさを感じていた。


 体に傷があれば男らしいとされる一方で、服の繕い跡は貧しさを連想させる。だが、アイクは子供のころ、いつだって繕いの入った服を着ていた。ただ、冒険者としての装備に、自分で縫い目を加えたことは一度もない。

 シロが施した初めての縫い跡は、不思議な新鮮さとぬくもりがある。


 ――これはこれで、悪くない。いや、いいかもしれない。


 シロはアイクが無表情ながら縫い付けた冒険者服をまじまじと見つめ、適当に扱っていない姿を見て、首を傾げた。


「傷を見て喜んでいるの?」

「わからん……。だが、妙に懐かしい」


 濡れた布で体を拭いている最中も、アイクは洗って干されている冒険者服を見ている。艶やかに綺麗になったシロの半裸よりもずっとマジマジと。

 その姿を見て、シロは頬を膨らませむっつりとした表情になり、目を軽く吊り上げる。

 腕組し、普通の者から見れば冒険者服の何重倍も魅力的な胸を軽く強調してみせる。にも拘らず、アイクの視線は微動だにしない。


 シロは日に焼けたように頬を紅潮させ、口角が引きつっていく。

 発情を迎えた影響か、肩や尻が女特有の丸みを帯び、胸も以前より膨らんでいた。母乳が出ることはないが、以前買った下着もすでに小さくなっているほどだ。

 どれだけ大きくなるのかわからないが、どれだけ大きくなろうとアイクの目は引けないと知っている。

 胸を握りながら、ため息をつくとようやくアイクの視線がシロに向く。


「シロ、胸が太ったのか?」

「でかくなったんだよ、バカ!」


 獣族に太ったというのは禁句である。アイクに知る由もないが。

 体を拭き終え、アイクはベッドの縁に座り、今朝、クロから受け取ったネックレスを見つめる。


 ――なぜ、彼女はこれを渡したんだ。


 奴隷は持ち物を全て奪われる。にも拘らず持っていた。つまり、このペンダントは彼女が奴隷になってからも隠し続けたいと思うほど大切な品のはずだ。

 アイクからすれば、ブラックレイリーのような品。それを、ポーション一本の礼に差し出す可能性は低い。


「獣族は森の民と何か関係があるのか?」

「一口に獣族といっても種族は多い。でも、森で暮らす一族も確かにいる」

「パックスは珍しい獣族を欲しがっていたが、それ以外の獣族はただの遊び道具扱いだった。でも、クロだけは違った。ドリミアに教育を依頼していた」

「つまり、あの子には何か特別な理由があるってこと?」

「俺の『精霊眼』に隠蔽魔法とすら映らなかったのは精霊と彼女だけだ」

「えっ、じゃあ、あの子は精霊なの?」

「精霊は手のひらほどの大きさだが、彼女は明らかに違う。魔法で姿を変えているかと思ったが、頭に触れられた。つまり実体があった。となると幻や魔法でもない。あれが本来の姿だろう」

「じゃあ、いったい何者?」

「精霊に近い存在、あるいは精霊と繋がりがある森の民と関係があるのかもしれない。もし森の民も『精霊眼』に情報が映らないとすれば、彼女がそれに関わっている可能性は高い。彼女がペンダントを持っていた理由も、きっとそこにある」

「獣族は森の民の間で何かあるのか?」


『精霊の羽根』は森の民の持ち物で間違いない。奴隷になってまで保持し続けたくなる品。はたから見れば装飾のいいペンダントにしか見えない。この品の意味を知らない限り……。

 情報が多くなく、不明な点ばかり。


 ――仮定だけで考えるのは危険だ。


 アイクは寝転んだついでにペンダントをベッド横のサイドテーブルの上にそっと乗せる。おそらく大切な品なのだから、返した方がいいだろう。


「明日、ドリミアはウルフィリアギルドに来るのだろうか。ブレイブの宿泊日数が何日か知らないが、足止めしておけるのは今日と明日くらい……」


 シロはアイクの横顔を眺めながら枕に頭を預ける。彼は天井を見つめ、今もなお考え続けている。

 強くなること以外に興味が一切なかったアイクがいったい何のためにそこまで考えているのか、わからなかった。


「アイク、強くなること以外は興味がなかったんじゃないの?」

「俺も不思議に思っている。強くなること以外、どうでもよかったはずだ。シロも抱いてしまえばそれだけの関係でよかった。にも拘らず、今も一緒に行動し、考えても強くなれないことを無駄に考えている……」


 アイクは視線をシロに向けた。

 数カ月前まで、隣に誰もいなかった。それが当たり前だったにもかかわらず、今は彼女がいる方が当たり前になっている。


 シロは、どこか得意げに大人びた笑みで「ねぇ、わたしに何かしてほしいこと、ある?」と甘い声で呟いた。

 アイクの頼みなら何でも聞いてあげると言わんばかりにゆっくりと彼に寄り添う。アイクの口から言葉を引き出してこそ、欲求を高められる。そのため、回りくどい。

 だが、頭で理解していても、心と体は別々の反応をみせる。

 隙あらばキスしようと、自然に彼の唇に視線が向いてしまう。それでも、息を止めながらじっと我慢した。

 大人のつもりで構えているが、その表情はどこか不器用な背伸びと、期待に揺れる少女らしさが滲んでる。


「……隣にいてくれるだけでいい」


 アイクの言葉に、シロの理性を縛っていた鎖は容易く引き千切られる。もう、我慢ならず唇に吸いついた。


「なんで、そう、毎回キスしたがるんだ」

「わたしも、わかんないっ。でも、したいの」


 アイクは、キスが何を意味するのか全く理解できなかった。

 それでも、シロがキスするたびに、彼女の瞳はどんどん蕩け、熱が増していく。これまで彼女の表に出やすい感情をある程度見てきた。


 ――この反応が興奮というものなのだろうか。


 ただ、アイクの表情や瞳は一向に変わらない。今の自分が興奮していないことを、客観的に理解する。


 ――焦るな……。今は出来ずとも、いずれ興奮できるのかもしれない。


 アイクはシロをそっと抱きしめ、彼女の見よう見まねでキスする。

 シロは、まるで罠にかかったかのように動けなくなった。キスされるたび、目尻が下がり、視点が合わなくなっていく。

 その表情は、一人で手の届かない場所に、優しく引き寄せられていくようだった。


「ま、負けないんだからぁ……」と少しだけ抵抗しながらも、現実では手も足も出ず、キスに酔いしれ『状態:絶頂』に至る。


 次の日、早朝からドリミアが受付に現れるのを待っていたが、……現れなかった。

 黒いマクロープスの情報もなければ、暴走していた獣族達も目を覚まさず意識不明のまま。

 どれだけドリミアについて情報を調べようとしても、真面な情報が一つもない。

 ここまで情報を隠せるのかと思うほど。

 出身地や年齢、家族構成も本当かあやしい。すぐに『精霊眼』を使うと、嘘だとわかった。


 少しでもドリミアの情報を手に入れようと王都中を探ったが一日を空回りのまま潰し、手がかりひとつ得られぬまま夜を迎えた。


 アイクとシロはウルフィリアギルドまで戻る道を、重たい足取りで歩く。

 空はどこか妙に赤黒く染まり、風は洗濯物が一切靡かないほど吹いていない。常に押しつぶされるようなじっとりとした重苦しい気配が滲んでいる。

 アイクは、周囲に目を走らせた。何かが、どこかで静かに狂いだしている。

 そんな確信にも近い獣の勘が、体の筋肉を委縮させた。

 広い背中に油汗が伝い、呼吸だけが妙に速くなる。

 今まで得た覚えのない、姿の見えない恐怖が、足元からじわじわと這い上がってくるのを感じ取っているかのようだ。


「アイク、大丈夫? なんか、顔色が悪いけど……」

「問題ない。だが、俺は何かを見落としている。そんな気がするんだ」

「思いつめすぎても良くないよ。ね、少し早めに帰ろう」


 シロは明後日の方向を向くアイクの手をそっと取り、静かにウルフィリアギルドへと歩みを戻した。

 食堂で肉のサンドイッチを食す。その夜の夕食は、どこか重たい沈黙が二人の間に流れていた。その後の鍛錬をまたも休んだ。

 

 部屋に戻ると、シロは無言のままアイクを脱がせてからベッドに座らせる。その広い背後からそっと抱きしめた。

 俯くアイクの肩に額を優しく預ける。頬にそっと口づけしながら、シロの手がゆっくりと彼の鼓動に寄り添うように動いた。赤子をあやす母のような手つきだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ