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正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


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三十三話 ボロボロの服

「休憩していられない。獣族の方も早く対処しないと……」


 シロは最後の黒いマクロープスを倒すと、荒い息を整えながら獣族のもとへ向かおうとした。だが、身体は限界に近く、顔色は白を通り越し青い。

 冷たい雨に打たれ続けたせいで体温が著しく低下したのか、桃色だった唇はすっかり紫色に染まっていた。

 体の冷えは傷ではないため、回復用のポーションで癒せない。雨をしのげる場所で火を起こし、身体を温めるしかなかった。


「濡れた服を脱いで、体温を暖めろ。このままだと、危険だ」

「で、でも、まだ……」

「たまには言うことを聞け。獣族は出来る限り殺さず、拘束する」


 アイクの言葉を聞いた瞬間、シロの口元がほんのわずかに緩み、張り詰めていた糸がほどけたように見えた。すでに、限界だった。

 次の瞬間、彼女の膝から力が抜け、音もなく崩れ落ちそうになる。

 アイクはすぐに駆け寄り、彼女の体を支えた。


 ――ずっと気を張り、最後は気力だけで立っていたのか。


 女で細い体にも拘らず、力が入っていない体はアイクが両手で抱えるほどに重くのしかかる。

 無茶ばかりするシロを見るアイクの表情はがぜん無表情。だが、目を細め、唇を引き締める。

 言葉は喉で絡まり、うまく出てこない。


 昔、アイクは母に険しい顔で何度も同じ言葉を浴びせられた。『アイクっ! また無茶したのね!』と。

 森の奥で、傷だらけになりながら魔物を相手にしていた幼少期、何度もその言葉が飛び交ったものだ。いつも、そう言いながらも傷の手当てに勤しむ母の姿があった。


 ――当時は、叱られるたびに嫌われているように思っていたが、今、改めて考えると、そうではないく、母さんは、いろいろ言いたいことを我慢していたのかもしれない。


 アイクは腕の中で気を失ったシロを抱きしめる。当時の母も、アイクを叱りつけながらも最後は必ず抱きしめた。今、まったく同じことをしている。

 言葉にないまま、アイクは倒れかけたシロを静かに受け止め、彼女の無事を確認しする。


「まったく、また無茶しやがって……」


 アイクはシロを抱きあげ、煙突の見える家に入る。すぐさま、シロの濡れたを服を脱がす。

 家の中にあった乾いた布を借り、シロの体を拭いた後、薪ストーブの前に寝かせる。手早く火を焚き、すぐに外の獣族達の対処に向かった。


 暴走した獣族はシロを襲わず、目立つ動きで気を引くアイクだけを狙った。

 殺さずに拘束するのは、ただ倒すより遥かに難しい。それでも、やらなければならない。シロとそう約束してしまったのだから。


 マクロープスを倒した時の二倍、いや三倍の時間を費やし、アイクは相手を死なない程度に動けなくさせ、拘束を終えた。

 アイクの服はところどころボロボロになり肌が露出しているが血の一滴も流していなかった。


 煙突から白い煙が静かに立ちのぼる家に足を踏み入れると、すっぽんぽんのシロが泣き出しながら濡れたアイクに飛びつく。

 体は熱を受けて赤みを帯びているにも拘らず、小さく震えている。

 耳をヘたらせながら、胸に顔をうずめるようにしてすがった。寝起きに誰もいなかったのは、あの日以来だったという。


「今、俺は濡れている。くっ付くな」


 アイクがそっとシロを引き離そうとすると、彼女は「嫌だ……」と小さいながらも芯の通った声を出す。大人の声音に拘わらず、子どものように必死にしがみついた。

 アイクは溜息をつきながらもシロを引きはがさず、そのままリビングに入り、薪ストーブの前までやってくる。彼も服を脱ぎ、体を芯まで暖める。

 家の住人や村人の姿は見えず、礼がしたくとも出来なかった。


 薪ストーブの中で燃える炎を見つめていると、目が乾燥する。何度も瞬きを繰り返し、また炎を見る。扱い方を間違えれば危険な炎も、正しい使い方をすれば冷えた身を暖める。

 背後から炎に当てられて暖かくなったシロが抱き着いた。炎の熱と、人肌に挟まれ、肩から力が抜ける。


 昼過ぎにもかかわらず、雨の影響で外は夜のように暗く、激しい雨粒が窓を叩く。

 シロの腹の虫が鳴いたのをきっかけに、アイクも腹に手を当てた。

 家の中を探し、固いパンと干し肉でひとまず空腹を満たす。

 テーブルにルークス大銀貨を一枚置き、戻るかもわからない村人に向けて、短い置き手紙を添えておく。


「アイク、ここを教えてくれたあの子、なんか怪しいよ」

「だが、悪いやつに見えなかった」

「あの子は奴隷だし、主に命令されたんじゃない?」

「あの奴隷の持ち主はパックスだったはずだ。それをドリミアが面倒見ていた……」


 パックスがいなくなった今、だれが所有権を得たのか。


「パックスの奴隷は、引受人がいれば、そちらに移った……。今の持ち主はドリミアになっているだろう」


 パックスが持っていた薬は、ドリミアがコネを使って破棄したと聞いているが、果たして本当だろうか。


「ドリミアに話を聞く必要がありそうだな」


 アイクとシロはある程度乾いた冒険者服を身に纏い、村に置かれていた荷台を借りて拘束した獣族を王都まで運んだ。助かるかどうかわからないが、病院で処置されるそうだ。


 ウルフィリアギルドでドリミアの帰りを待ったが、とうとう姿を見せなかった。受付に伝言を頼み、深夜勤の者にも伝えてほしいと念を押す。

 アイクはギルドマスターの部屋に勢いよく押し入った。突然のアイクの登場に、キアズは腰を抜かしそうになりながらも、必死に椅子を引き、座り直す。


「な、なんだ、いきなり。驚かせるな」

「キアズは、ドリミアについてどう思っている」

「どうって……。ドリミアはどんな依頼でもそつなくこなす、優秀な冒険者だ。俺がギルドマスターを降りれば、次はあいつがギルドマスターになるだろうな」

「ドリミアが怪しい。あいつは何か知っているはずだ」

「ドリミアが怪しい? はははっ、何を言う。あいつほど真面目に仕事するやつもいないだろう。仕事を嫌わず、何でもこなす優秀な奴だ」


 キアズのドリミアに対する評価が実に高い。外側の仮面は分厚いようだ。

 だが、ドリミアの情報も黒髪の獣族のクロと同様にアイクは一度も見た覚えがなかった。常に魔法で隠されており、隙がない。

 そもそも、魔法で情報を隠しているという方が不自然だった。『精霊眼』について知っているか、鑑定による情報の漏洩を嫌っているか……。どちらにしろ、己の情報を他人に知られたくないと常に思っている男というのは確かだ。


「ドリミアは今、何の依頼を受けているんだ」


 キアズは秘書にドリミアが今日に受けた依頼について調べるように声をかける。仕事が伸びて怪訝そうな顔になりつつ、秘書は今日に依頼を受けた者たちの名を確認していく。


「ドリミア様は……本日、依頼を受けておられません」


 今朝、ドリミアがウルフィリアギルドにいるのは確認済みだった。にも拘らず、依頼を受けていないと聞かされ、ドリミアの行き先がわからずじまい。


 キアズも今朝ドリミアと会っており、働き詰めのブレイブに高級ホテルの宿泊券を渡す話を聞かされているという。だが、すでにドリミアはブレイブに宿泊券を渡していた。絶妙に食い違っている。


「あいつのことだ。俺が許可すると思って事前に取っておいたのだろう。やはり仕事が速い」


 キアズはうんうんと頷きながら、ドリミアの仕事ぶりを絶賛しているものの、アイクは無表情ながら、腕を組んだ。


 ――あまりにも用意が良すぎる。確かに、ブレイブの仕事ぶりやキアズの性格を知っていれば可能かもしれないが、あの男が何の見返りもなくそんなことをするだろうか。ドリミアの行動は全て意味深だ。ただの嫌悪感かもしれない。だが……、調べないわけにはいかないな。


 人間の相性の問題だとしても、他人に対して興味のないアイクが嫌悪感を抱くのも珍しい。

 雪山で足先や指先が壊死していると知らず、いつの間にか腐り落ちているような嫌な気配がギルドマスターの部屋の中に漂う……。


「今日はもう遅い。明日になれば、ドリミアも依頼を受けに来るだろう。焦り過ぎるのがお前の悪い所だと前にも行ったじゃないか」


 キアズは葉巻を咥え、危機感の薄い表情のまま煙を吸い込む。紫煙が閉め切られた部屋の中に広がっていき、視界が微かに不透明になっていく。先の見えない霧の中にいるようだ。


 アイクはギルドマスターの部屋を出て、シロと暖かいシチューとパンを食し、夕食を済ませる。腹が減っていては何かが起こっても対処できない。

 今日は鍛錬せず、すぐに部屋に戻り休むことにした。


「アイクの服、ボロボロ……。針と糸ってある?」

「俺が裁縫道具を持っているとでも思ったか? 新しい品を買えばいいだろう」

「直して使えるならそれに越したことはないでしょ」


 シロは受付で簡易な裁縫道具を買うと、迷いのない手つきでアイクの服のほころびを縫い始めた。その穏やかで丁寧な所作に、アイクはふと幼い頃の記憶を重ねる。


 裕福とはいえない暮らしの中、今ほど洗礼された戦いが出来ないにも拘らず、毎日のように魔物と戦っては服を傷めて帰ってくるアイクのために、母は黙々と針を動かしていた。その姿は幼いアイクにとって当たり前の光景だったが、不思議と見つめていると気づかぬ間に時間が過ぎていた。

 今、静かに縫い物をするシロの横顔を見ている彼は無表情ながら、暖炉の前で裁縫する母を見つめる子供のような雰囲気を纏う。

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