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正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


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三十二話 戦い抜く

 大粒の雨が容赦なく降りしきる中、アイクとシロは村の入り口にたどり着いた。

 フードや屋根、地面から聞こえる雨音は絶え間なく耳を打ち、景色は薄暗く滲んでいる。

 服に当たる雨音、屋根を雨が叩く音、地面に跳ね返る水音、あらゆる音が不協和音を奏でるなか、村の中に一歩足を踏み入れた途端、空気が沈む。


 人の声はおろか、動物の鳴き声も、生活音も一切しない。ただ、降りしきる雨だけが、世界の音を独り占めしている。

 窓は閉まり、扉は固く閉ざされ、誰も顔を出さない。灯りのついている家すらほとんどなく、生きた気配が村からまるごと抜け落ちていた。

 まるでこの場所だけ、時間が止まってしまったようだ。


 シロが息を呑んだ瞬間、ほんの一瞬のうちに空が激しく光り、見張り台の頂点に雷が直撃した。

 その衝撃で、塔は破壊され、胸を突き刺すような雷鳴が静まり返った空気を大きく震わせる。

 すると、至る所に黒いマクロープスと黒髪の獣族が現れる。ぱっと見、一〇〇体以上おり、『精霊眼』に表示される個体の多くが薬で強化されているためレベルが高く、平均的に七〇ほどあった。


 ――一体だけではなかったか。元凶と共に仲間を増やしたのだろうか。


 シロの目を見開き黒く沈んだ表情と裏腹に、アイクは依然として無表情だった。


 多くの獣族も心ここにあらずで、アイクたちを見るや否や親の仇と言わんばかりに歯をむき出しにする。

 アイク一人なら手間取るだろうが対処できた。しかし、シロも一緒にいる。今の彼女に、この数とレベルの差がある中で戦うのはあまりに危険だった。


 黒いマクロープスの本体を探してみるが多くの個体が『状態:覚醒・暴走』になっており、本体ではない。

 ところどころに冒険者も混ざっており、この場の情報を知った者が口封じされた痕跡も見て取れる。


「シロは王都に戻れ。ここは俺一人で対処する」

「絶対に嫌……」


 シロは無言のまま、ロングソードの柄に手をゆっくりと伸ばした。指先に僅かな震えがあったが、柄を握れば納まる。


「奴らはシロよりもレベルが高い。加えて数も多い。お前を守りながら敵を殺さないよう手加減している余裕はない」

「わたしは逃げるために強くなったんじゃない。復讐するために強くなったと思っていたけど、復讐が終わってからも強くなりたいって思ったってことは、それだけが理由じゃないの」


 アイクと酷似した滑らかな動作で鞘から剣を引き抜くと、鋼の刃が雨を受けて冷たく光った。

 濡れた白銀の髪が頬に張りついたまま、シロは現状から視線を逸らさず前を向いて立ち続けた。その喉元が小さく上下し、息を整える。

 握られた剣の柄は音もなく軋み、雨脚が強まる中、彼女の足は地を離れる気配をまったく見せなかった。


「お前の前で同族を殺したくはない」

「黒いマクロープスの数を減らせば、獣族を助けられる余裕ができるでしょ。それまで殺さずに攻撃をいなせばいい」

「無茶だ。今のシロにそこまでの技術はない」


 アイクの声に聴き耳を立てるシロは一歩も動かなかった。

 降りしきる雨が肩に、額に、容赦なく打ちつけるが、その細い体は風にも流されず、まっすぐに立っている。

 滑る地面も、濡れた手も気にかける素振りすらない。剣の切っ先がわずかに揺れても、足元は微動だにしない。

 これまで幾度となく、牙を剥いた獣族の暴走を止めてきた。まるで今回も、それと同じだと言わんばかりに、長いまつ毛に雨粒を宿したまま、シロはただ前を見据える。


 剣を構えていると、シロの目の前に黒いマクロープスが現れる。シロはロングソードを振り上げることすらできず、頭部を容易く破壊する威力のある蹴りが迫った。だが、アイクの剣が首を跳ね飛ばし、攻撃は届かない。


「一対複数は難しい。一対一の状況を作れ。あと、無暗に戦うな。数が減るまで逃げながら戦え」


 アイクはブラックレイリーに付着した黒い血液を手早く振り落とすと、わずかに視線をシロに向けただけで背を向けた。

 説得の言葉はもうなかった。

 シロが一度決めたら引かない性格だということは、嫌というほどわかっている。

 迷うだけ時間の無駄だと、即座に判断した。

 彼女を戦わせた方が結果として早く終わる。その結論に至るまでに必要な時間は、一瞬だった。強くなりたいという意志の本気も、過去の戦場で見てきた。


 ――シロならやり遂げるだろう。


 アイクは一度も振り返らず足を速め、次の敵を探すように視線を前へ向けた。


 シロはロングソードを音も立てずに鞘に納め、すぐさまショートソードに持ち替えた。その動きに一切の迷いがない。

 アイクに言われたことを愚直に守る。

 そう判断した次の瞬間、背後から飛びかかる黒いマクロープスの蹴りを、振り返りもせずに躱した。

 動きはわずかに身を沈めただけ。蹴りが虚空を裂くだけに終わる。

 回避と同時に振るわれたショートソードの刃が、マクロープスの空いた脇腹に小さな切れ目を走らせた。シロの琥珀色の瞳は静かに獲物を追っていたが、体は無暗に前に出ない。


 虫かごの中で大カマキリと大量のスズメバチが激突し合うように、アイクとマクロープスは村の建物ごと引き裂く勢いでぶつかり続けた。


 アイクの動きは鋭く、まるで鍛え抜かれた機械のように一切の無駄がない。

 振るわれた刃は一閃で敵の急所を捉え、マクロープスの胴体と頭が、離れる。

 切られた者は反応すらできず、土に転がった。だが、次の瞬間にはもう別の個体が喉を鳴らし、襲いかかる。


 どれだけ倒されても、マクロープスたちの動きに一切の揺らぎはない。

 その顔は犬が舌を出している時のような笑顔で、仲間達が死んだのをあざ笑うかのようにぺッペッペッ! と耳障りな鳴き声を響かせる。獣じみた本能と殺意だけが張り付いていた。


 アイクの冷ややかな一撃と、マクロープスの狂乱の奔流が、交錯する。


 黒いマクロープス以外は死なない程度に、蹴り、殴って処理していく。効率は悪い。だが、シロが嫌な顔をするのが面倒だった。なぜそこまで気を使っているのか、まだはっきりしない。

 考えても答えは出ず、考えながら剣を振るえば筋がわずかにぶれる。その瞬間の隙が命取りになることもある。

 だから戦っている間は何も考えない方がいい。それがわかっているにも拘らず、時おり剣筋がぶれた。

 化け物のような強さを持つアイクとて人間だ。気持ちを切り離したくても、完全には無理だった。そんな矛盾に煩わされるのは、今回が初めてではない。


 その中で、アイクはシロに酷似した獣族と対峙した。これまで通り、蹴るか殴るかすればいいだけの距離だった。だが、拳も脚も出ない。

 わずかに身体が揺れただけで、攻撃の動作に繋がらず、代わりに選んだのは受け身と回避。

 相手の動きに合わせ、無意識に一歩、また一歩と距離を取った。

 目の前にいるのはシロではない。それでも、攻撃の意志は腕に宿らない。

 体は動く。敵の攻撃も完璧に躱す。

 だが、攻撃に転じようとするたび、体が引きつった。


 ――なんだこれは。


 攻撃のさなか体が微かに硬直するなど、今まで起こらなかった。

 理由もわからず、ただ手が止まり続ける。戦場の中心で、アイクの動きだけがわずかに鈍っていた。


 結局、アイクは獣族の手首を掴み、勢いよく壁に投げつけ対処。


 ――情けの影響で俺の方が弱くなっているのではないか? これ以上、シロと居続けたらどんどん弱くなったら……。だが、今更シロと別れるという選択肢を考えられない。弱くなるかもしれないのに、なぜシロといようとする? 強くなれないなら無駄じゃないか。いったい、俺はどうなってしまったんだ。


 辺りに視線を向けると、アイクはほとんどの黒いマクロープスを狩り尽くしていた。

 湯気が立つ体に、冷えた雨が当たる。表情はあいも変わらず無表情。


 シロの姿を見つけると、彼女は黒いマクロープスと対峙していた。辺りに首が飛んで倒されたわけではないマクロープスの死骸が転がっている。

 シロはマクロープスの攻撃を軽やかにいなし、隙を突いてショートソードで小さな傷を刻む。それを正確に、淡々と繰り返す。

 動きの鈍った個体に対しては一切のためらいもなく、刃を深く突き立て、確実に仕留めた。


 レベルの差が大きかったため、彼女のレベルはすでに60を超えている。一を聞いて十を知る、そんな天才の戦いのようだった。

 彼女の戦いぶりは無駄がなく、己の実力を最大限生かし、泥臭い。

 洗練と泥臭さを両立するなど、普通は矛盾だ。だが、シロの戦いに理屈を超えた結果がある。

 レベルの差をもろともせず、シロは戦い抜いた。

 楽な戦いではなかったが、落ちついて対処できていた。

 さすがに無傷ではなく、打ち身や打撲痕が白い肌に残っている。だが、それでもなお、シロは立ち続けていた。

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