3 悩むのをやめる
「うむ……、強くなるのはやはり難しいな」
アイクは店じまいしている繁華街からウルフィリアギルドまで戻るため、踵を返す。ただ、夜と朝の街の差が大きすぎて、どこをどうやって歩いてきたかわからなかった。
左目に力を入れ『精霊眼』を発動させると、道筋が光って見える。方向音痴気味のアイクにとって、おそらく一番多様している『精霊眼』の使い方だった。
昨日の夜は様々な道を歩いていた。王都の裏側とでも言わんばかりに光が届かない違法闇市も通過しており、奴隷となった者たちが商品として檻の中に入れられている。人よりも、獣族が異様に多い。
獣族が奴隷になる方法は主に二つ。
親の借金の方に売られる、または攫われて売られる。
気持ちのいい話ではない。
奴隷自体は認められているものの、後者は犯罪だ。ただ国は犯罪だと一応述べているが、市場が拡大し莫大な利益が生れているため、闇ギルドの存在と同様に黙認していた。
あからさまな犯罪行為を見せなければ国も手は出さない。ただ、買うのは自己責任と言わんばかりだ。
奴隷の獣族に『精霊眼』を使ってみるが、情報がちゃんと出てくる。
昨晩の黒髪の獣族はいったい何だったのか謎だが、強くなるために関係のないことはすぐに気にならなくなる。
奴隷の中にも、ゴツイ獣族はいなかった。
別にゴツイ獣族でなければいけない理由はないが、自分が強くなる過程で相手に危害を加えるつもりもない。
出来る限り、安全に配慮するつもりだ。
他人の犠牲を払って強くなるなど外道の所業。
――どれだけ一人で訓練を積んでも、成長が見込めず、自分一人で強くなるのは限界なのかもしれないと思ってしまった以上、今までと違う訓練を考えるほかない。
真面な案が浮かばないまま、ウルフィリアギルドに到着した。
「魔物討伐の依頼を纏めてくれ」
アイクはいつも同じことしか言わないため、受付嬢はすでに高難易度の魔物討伐依頼を纏めていた。
冒険者パーティーを組み、数日掛けて数名の犠牲が出てでも達成できれば万々歳な依頼ばかり。
討伐対象の魔物は全て討伐難易度Aランク以上。だが、アイクにとっては肩慣らしにもならない。食事はとりあえず量という具合に、依頼も量で補う。
八枚の依頼書を受け取ったアイクは馬や馬車を利用せず、それ以上の速度で走り、依頼を転々とする。
やりがいはなく、強くなるためだけにこなしているが、ここ最近、強さが一切変わらなかった。
☆☆☆☆
少し遠出し過ぎたため、帰りが夜中になっていた。
野宿する道具を持ち合わせておらず『精霊眼』の光の導きのもと、王都まで全力で戻っている最中だった。
「……やけに明るいな。山火事か?」
数キロ先に赤い光が点々としている。
大森林の村出身のアイクは、母に火の扱いを厳しく指導された。
どれだけ弱い火でも必ず水を掛けるようにと。山火事は魔王のように強大になると誰にも手が付けられないのだからと。
まだ火の広がりは小さかった。今ならかき消せる。
王都から距離があるため、ここらの森や山が燃えたところで王都に被害は一切ないだろうが、母の言葉が脳裏によぎる。
『アイク、もし、いつまでも何も感じないなら息をするように人を助けなさい。沢山感謝されて、沢山喜ばれれば、きっといつかアイクも同じように笑えるようになるわ』
王都までの道と全く別方向。月あかりがあるといえど、炎が見える場所まで、ほぼ暗闇同然だった。
「母さんは俺にどんなふうに育ってほしかったんだろうな……」
三年間、実家に帰っていないため母がどうなっているか知りようもない。
ただ強さを追い求め続け、生きてきた。
生まれてから今までどれだけ息したかわからないのと同じで、人助けした回数も思い出せない。
アイクはいつの間にか、王都に続く道を外れた。
炎が見える場所まで安全な通路を『精霊眼』の光りの道に教えてもらいながら、全速力で駆けた。
見えてきたのは山火事ではなく、魔物の襲撃によって燃えている村だった。柵は破壊され、多くの建物が燃え盛っている。
村の中にいたのは真っ赤な鱗が特徴的なワニのような魔物、翼のない竜と呼ばれているフレアリザードだった。
長い尻尾まで含めると一〇メートルを優に超えており、大きな口を開き、鉄も氷のように容易く溶かす高音の炎を吹く。
ミリュからしたら比べられるのもおこがましいと言いそうなほど、竜の劣化だが村の中で三頭も暴れていれば中々の迫力である。
後ろ足と尻尾で体を支え、頭をもたげれば二階建ての家よりも高くなり、辺り一面を火の海に変えている。
「く、糞が……」
フレアリザードに下半身を噛みちぎられた男が地面に放り出されていた。
アイクはすぐさま駆け寄り、ミリュが作った強力な媚薬を飲ませようとする。
エリクサー並の回復力があれば、下半身がなくなっていても命が助かる可能性は十分にあった。
ただ、猫族と思われる男はアイクの手を掴むと、呂律も回らなくなった口を動かし、震える指先を破壊された柵の奥に見える山道に向ける。
一〇秒もしない間に男は息しなくなった。
精霊眼に『状態:死亡』と表示されている。死んだ者はエリクサーでも生き返りはしない。
目を見開いたまま死んでいる男の瞼に手を当ててそっと閉じ、アイクに威嚇しているフレアリザードを見やる。
見慣れた存在だと思っていたが『精霊眼』が発動した。
『種族名:フレアリザード。状態:暴走。禁止薬物により、狂暴化させられた魔物。己の魔石を消費し、攻撃の威力を増している』
「誰が、こんなことを……」
アイクはブラックレイリーの柄に手を振れた。次の瞬間、頭を擡げていた三頭のフレアリザードと燃え盛る家屋は炎が強風で消し飛び、積み木のように崩れ去った。
炎で明るかった村がカンデラの燃料が尽きたように一瞬で暗闇に変わる。
山火事は事前に防いだ。
男が指さした方向に何があるのかわからない。
転がっている死体は全てがフレアリザードに焼かれたわけではなく、切れ味のいい刃物で首を掻っ切られていたり、体に剣の穴が開いていたり、明らかに外部の者が入り込んできた痕跡が見て取れた。
「母さん、人助けしても強くなれないよ」
当時は『息をするように人を助けなさい』と言われ、小さく頷いたが成長し知性をつけ、疑問を抱けるようになったアイクは、その場で立ち止まる。
おそらくブレイドなら、何のためらいもなく突っ込んでいくのだろう。人助けするくらいなら、剣を振っていた方が強くなれる気がするのに。
先に行くより、この村の中で生きている人間を見つける方が優先。『精霊眼』で村全体を見渡してみるが『状態:死亡』の文字が何十個も見えるだけだった。
「生存者なし。だが、まだ生きている者がこの先にいるかもしれないか……」
森に一歩近づいた瞬間、森の中で炎が吹きあがった。村に残っていた個体以外のフレアリザードが暴走を始めたのかもしれない。
アイクは無駄に悩むのをやめ、森の中に突っ込む。




