2 強くなる方法
来る日も来る日も剣を振るっていたら、王都にやって来て三年が過ぎていた。
身長は二〇センチメートル近く伸び、一九〇センチメートルを超えそうになっている。
騎士が鎧を着てごつく見えているのに対し、アイクは筋肉の鎧を身にまとっているような逞しい肉体を手に入れた。
魔物の鋭い牙や爪、山賊のなまくらな刃などで一切傷つかない耐久力、黒い刃が光に照らされた瞬間に敵の背後にいるほどの俊敏性、巨大な岩石をも打ち砕く力。
三年の修行により、アイクはすでに人外の域に到達していた。だが……。
「駄目だ、この程度の強さでは。これでは、お前に勝てない」
「いやいや、アイク。君は十分強いよ。一対一の素手で戦ったら、たぶん、僕も勝てないよ」
ウルフィリアギルドの酒場の一角で他の冒険者の一回り二回り異質な存在とアイクは食事していた。
悪意のない謙遜が平常運転の人柄の良い性格。華奢ながら、無駄な部分が一切ない完成された肉体。
人格者であり、多くの者から尊敬の眼差しを一身に受けている男。
「ブレイブ、どうすれば俺はお前ほど強くなれるんだ」
「いや、だから、アイクはもう、十分強いんだって。勇者の血は確かに僕の方が濃いけど、アイクは素質の固まりなんだよ。僕は父さんが勇者で母さんが聖女だったから、戦えるだけ」
ブレイブは顔の周りに花が舞っているような笑顔のまま、謙遜を続ける。
彼はそういうが、アイクは彼に勝てる部分が何一つなかった。
魔物の討伐数、事件解決数、悪党の討伐数など、仕事は毎日こなしているがそれにもかかわらずブレイブに負けている。
この男は一日に高難易度の依頼を複数件受け、全て完璧に近い達成を遂げている。彼のような強さはいったいどうやって手に入れればいいのかと、考える日々。
「やはり、女を抱くべきなのか。俺とブレイブの違いはそれくらいだろ。男は女を抱けば抱くほど強くなれるのか?」
「そ、そういう訳じゃないと思うけど……」
ブレイブはミリュという名の竜族と毎晩のように燃え上がっているらしい。
三年間で知識や経験は大量に詰んだが、アイクの性欲や感情は未だに気薄だった。病的なほどで、夜の店に行き、裸の女を見ても何も思えなかった。
「もう、アイクのエッチ、そんなに女を抱きたいの?」
ブレイブの隣に座っていたミリュが巨大なエールジョッキを傾け、大量に飲む。息を吹き、笑顔になりながら口を開いた。
「そうじゃない。俺は強くなりたいだけだ。女を抱けば俺も、ブレイブのように強くなれるんじゃないかと考えた」
「ま、確かに雄が雌を抱けば何かしら変わるもんだし、試してみるのも悪くないかもね」
ミリュはウェストポーチに手を伸ばす。回復薬が入った瓶を手に取ると蓋を開けた。舌を軽く噛み、血を出す。唾液と共に瓶の中に垂らした。
緑色だった回復薬が一気に赤色に染まり、沸騰し始める。瓶内の空気が勢いよく噴き出した後、蓋を再度閉める。
「これで、アイクもギンギンになれると思うよ!」
『竜の媚薬:エリクサー並の回復力と、老人でも全盛期を超える活力を漲らせる』
精霊眼に映る内容を見る限り、効果は本物のようだ。しかし、いざ受け取ってみると自分に試す相手がいない状況に気づく。
「ブレイブくんの相手は私だから大丈夫だけど、アイクは慎重に相手を選ぶように。アイクの力が強すぎて相手が死んじゃうかもしれないからね。人間はまずやめておいた方がいいよ」
レンガだろうが鉄パイプだろうが全て捻り潰せる握力を持つアイクからすれば、人は大人も赤子同然だった。
「いやぁ~、獣族はやっぱり体力があって良いね。今晩もお店に行っちゃおかな~」
「まあ、確かにあいつらは性欲を発散するにはいいが、やっぱり好きになれないね。なんて言うんだろう、愛が芽生えねえ」
「わかる~! あいつらは道具くらいの扱いが丁度いいんだ!」
酔っぱらった冒険者たちが顔を真っ赤にさせながら騒いでいた。
アイクは一切気にしていないが、ブレイブは頬を膨らませ、少々ご機嫌斜め。彼は正義感が強すぎて、人間以外の種族にも分け隔てなく接する紳士だ。
「あれー、めっずらしい。ルークス王国最強戦力のお三方がこんなところでそろいとは。ほら、お前も挨拶しときや。今時、こんな機会は滅多にないで」
「こ、こんばんは……。はじめまして、クロといいます」
椅子を他のテーブルから移動させ、アイクの真ん前に座った男の名はドリミア。
彼はウルフィリアギルドでブレイブやアイクに次ぐ実力者。
二名よりも先にウルフィリアギルドに加入しており、冒険者歴は長い。
アイクやブレイブが冒険者の仕事を指導してもらった者でもある。
今ではすっかり下手に出るようになったが、仕事の依頼達成数はアイクたちよりも多い。
アイクはドリミアの背後に立つ黒の短髪と狼のような耳や尻尾が特徴的な獣族のクロを見た。
首に奴隷特有の鉄製の首が付いており、彼女の身分がすぐにわかる。ただ、獣族にしては小柄で成人しているように見えない。子供の奴隷を連れて歩くのは違法ではないが、品性を疑われる。
クロを『精霊眼』で見るが、反応しなかった。
獣族に発動しなかった経験が一度もないため、息が一瞬止まる。隣にいるドリミアを覗いてみるが『隠蔽魔法発動中』と表示されている。
――奴隷のクロにも隠蔽魔法を掛けているのか? わざわざ面倒なことを。
「ドリミアさん、その子、どうしたんですか?」
ブレイブは良心からか、わが子をめでるような表情を獣族の女に向けた。
「貴族のパックス様から護衛になれるくらい力を付けさせてくれって頼まれてな。まさかあの男が性処理以外に獣族を買うとは思ってなかったから、びっくりしたわ」
「パックスねぇ……。あの、男くさいのよね。闇市でよく見かけるっていうし」
「お金持ちの考えていることはほんまようわからんね。まあ、わいは受けた依頼はちゃんとこなす主義やから、最後まで面倒見るつもりやけどね」
アイクにとってあまりにもどうでもいい話がペラペラと飛び交い、誰よりも先に席を立つ。だが、ブレイブがアイクの羽織っていた外套を掴み、呼び止めた。
「なんだ。無駄な話に興味はないんだが」
「いや、ごめん。これだけ言っておこうと思って。僕とミリュさんは、魔王の復活の予兆がないか、あちこちの外国を調べてくる。二、三カ月、ルークス王国に戻らないからその間、アイクがルークス王国を守って」
アイクはミリュから強力な媚薬を受け取った手前、断るわけにもいかなかった。
受けた恩は返す主義だ。「わかった」とだけ返すと、ブレイブは外套を離す。
ドリミアの背後で突っ立っているクロの前に出ると、五〇センチメートル近くの差があった。
彼女は完全に委縮しており、言葉が出ない様子。
「強くなれるといいな」
アイクは獣族の頭に一度だけ手を置いた後、その横を過ぎ去る。強くなろうとするものは嫌いではない。ただ、他人のことを気遣えるだけ、他人に興味がなかった。
常に、己の強さを今以上に上げるため。仕事以外はそれだけに時間を使う。
ギルドマスターから、普通の人間は毎日仕事すると常識を叩き込まれたため、今では一日中訓練する日は減ったが、休日はもっぱら剣を振るう。
遊びらしい遊びはしておらず、剣を振るうのが遊びの代わりだった。
周りの人間からは感情がないゴーレムだとか、剣振り人形だとか、言われている。
ブレイブやミリュ以外に会話する相手もいないため、アイクの印象は村にいた時と大して変わっておらず、恐怖の対象だった。
ただ、仕事を完璧にこなしてくるアイクにウルフィリアギルドの職員の中で悪態をつくものは誰一人いない。
アイクは思いがけず、強力な媚薬を手に入れたはいいものの、使いどころがわからずウェストポーチにしまう。
そもそも、女と真面に話した経験もない。会話する必要がなかったため、気にしていなかったが会話せずに、ただ女を抱くというのは不可能だ。
女が相手してくれる夜の店を探すため、夜中の王都を歩く。
ピンク色や黄色、紫色などの明りが灯っている夜の繁華街に足を運ぶ。
壊れない女を探し歩いてみるが、だれもかれもすぐに壊れてしまいそうなほど華奢な者ばかり。
どうやら、普通の男はゴツイ女を所望しないようだ。
鋭い眼光を辺りに振り撒いていると、女の呼子は誰も寄って来ず、いつの間にか朝になっていた。




