表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の末裔から学ぶ、正義の貫き方  作者: コヨコヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

1 アイクが成人になった日

 円形の泉は波が立っておらずガラスのように凪いでいた。

 萬月が水面に反射し、巨大な瞳のように見える。

 その上を人間の体に蝶の翅が生えた姿の精霊が一匹、輝く鱗粉を振り撒きながら飛び、独りの少年のもとに向かう。


 この場は大森林。

 星が生れた時から存在するといわれる、魔力を循環させる神樹がある。その神樹を守る、精霊に近い存在である森の民が暮らす場所だと、かつて母は語っていた。

 精霊や森の民を一度も見た覚えがない少年は泉のほとりで虎よりもはるかに巨大な魔物の上で寝転がっている。

 藍色の髪と、成長しきっていない細身の体。半そで短パンはすでにボロボロで靴は履いていない。


「今日で一五歳か……。もう、成人だな」


 頭部に斧が刺さり死んでいる魔物の上で星空を見ていると、精霊がいた。伝説上の存在を前にしても、表情一つ変わらない。

 精霊は少年にずいずいと迫り、ヒルのように顔面にぴったりと張り付く。

 翅を傷つけないよう中指と薬指で挟み、引きはがす。裸体の女が手の平に収まっていた。


「す、すみませんでした。空中で止まるのが苦手なんです~」


 精霊は手の平の上で正座しながら頭を下げる。見るからにドジそうだ。

 金の長い髪に七色の翅、エメラルドの瞳。貴族がインテリアに設えそうな神秘的な見た目だった。


「私の名前はティンティ。成人になられたアイク様に精霊族の感謝の印を授けに参りました」

「感謝されるようなことは、していないが?」


 アイクは胡坐をかき、ティンティの頭や体を指先でつつく。

 精霊を見るのは生まれて初めてだった。いるとも思っていなかった。無表情ながら、右目の瞳孔が広がる。

 左目は生まれつき弱視で、まったく見えていない。


「アイク様は森を荒らす魔物をいつも討伐してくださいました。加えて、あなたの先祖の勇者様に精霊族は多大な感謝があるのです。未来永劫の恩返しを約束しています」


 アイクは、ティンティの話す内容に興味を一切持たず、ボーっと無表情のまま。

 先祖が勇者だとか、精霊族の恩返しとか、生きていくうえでまったく必要ない情報だった。それより、この巨大な魔物をどうやって手持ちの斧一本で解体するかのほうが、よほど重要だ。


「早速ですが、精霊の加護を授けさせていただきます」


 ティンティは小指の爪よりもはるかに小さな手の平を重ねた。アイクの弱視の左目に光を授ける。

 アイクの右目が細まり、息を詰まらせる。

 少し経つと光が納まり、左目の瞳がぼんやりと光る。


「これで、両目が見えるようになりましたね」

「あ、ああ……、だが、たいして変わらないな」


 誕生日の贈物にしては過ぎたるものだった。

 ただ、今まで片目だけで大して不自由していなかった。


「今更、両目で見えるようになってもな……」

「その瞳は『精霊眼』といって、いろいろなものが見えるんです~」

「びっくりするくらい、雑な説明だな」


 アイクは魔物の上から飛び降り、泉の水で顔を確認する。


『名前:アイク。種族:人間・勇者の末裔。性別:男。年齢:15。レベル:40。種族値:力:130。魔力:110。耐久:180。速度:180。能力値:力:146。魔力:130。耐久:186。速度:186。』


「なんだこりゃ……。数字を見てもよくわからん」


 自分など、どうでもいいと言わんばかりに、魔物の頭に突き刺さった斧を抜くため、魔物を見る。


『種族名:ブラックタイガー。状態:死亡。性別:雄。買い取り可能部位:牙、爪、毛皮、睾丸 討伐難易度:Sランク』


 ブラックタイガーの死体に浮き出るように映る文字の数々。「ほんと邪魔だな……」と一言。


「では、アイク様。また、どこかで~」


 ティンティはアイクに精霊眼を授けた後、さっさと帰っていく。畑仕事を終えた村人のようだ。

 ティンティの姿を『精霊眼』で見ても特に何も映らない。

 精霊族は除外されているようだ。

 情報は見られたくないのに、素っ裸でいる謎の種族がいなくなった後、アイクはブラックタイガーの牙を掴み、片腕で担ぐように持って村まで戻る。


「これを売れば装備を一式、買えるか……」


 成人してまで母親に面倒を見てもらう訳にもいかない。村を出ていきたい理由もなければ、村に居たい理由もなかった。


 人間は感情の動物と言われている。

 だが、アイクは生まれてから喜び、期待、怒り、嫌悪、悲しみ、驚き、恐れ、信頼、など感情が気薄だった。

 母曰く、彼女の股から生まれ落ちてから一切泣かず、ずっと真顔だったらしい。乳も吸おうとせず、無理やり飲ませたとか。

 ただ、生後二か月で立ち歩き、べらぼうに強かった。

 精霊や森の民が住んでいると言われる大森林に接した村で誰よりも力が強く、足が速く、木剣を軽く振るえば大木を一刀両断した。


 子供から大人まですべての村人が彼に近づかず、母にも気味悪がられてしまう日々。

 良いか悪いか判断できないアイクは何も思わず、村に近づく魔物を本能的に強さを求めて、ただただ狩っていた。


 小さな一軒家に戻り、食事の準備をこなしていた母に「家を出ていく」とだけ伝える。

 彼女は口をぽっかりと開け、銅像のように固まる。


「で、出ていくってどこに……」

「王都?」


 アイクに今後の予定は一切ない。知識もなければ、やりたいこともない。

 ただ、自分のせいで母が村人から虐げられている。


 ――俺がいなくなれば母も気が休まるだろう。


 母は少し考え込んだあと、何かを察したように物置小屋から薄汚い布で巻かれた何かを抱きかかえて持ってくる。そのまま、アイクに押し付けた。

 布を解くと一本の剣が現れる。


『名前:ブラックレイリー。世界に八本ある聖剣の一本。八百年前、魔王を打倒した際に使用された。羽のように軽く、全てを断ち切る』


 黒曜石で作ったような黒さと艶やかさ。武器が斧しかなかったため、丁度よかった。


「アイク、気を付けてね」


 母は涙を流し、微笑んでいた。


 ――自分がいなくなることが相当嬉しいのか? まあ、嬉しいならいい。


 外に放置していたブラックタイガーを背負い、黒い剣を持って、夜に村を出る。


 行き先はルークス王国の王都。

 行き方など知らない。だが、左目に映る道が光っており、それに沿って三日三晩走り続けた。

 眠気と食欲はあるが、性欲というのはよくわからない。


 アイクは子供を作りたくなる欲求が、欠如していた。もともと、気薄な性格もあり、それで生きていくのに不自由ではないため、特に気にしていない。


 村を出て三日が経った朝、ルークス王国の王都と思われる場所に到着した。

 巨大な壁に囲まれた場所で、遠目で見ても全体を見渡せない。ただ、左目にルークス王国を真上から見たような姿が映っていた。精霊が空から見ている景色だろう。

 その全体像は、村から出てきたばかりのアイクからしたら、ただ単に家が詰まっているデカい村だ。


『ルークス王国:建国から八百年。人類が住んでいる大陸でもっとも領土を保有している大国』


 左目の視界にコバエの大群のように文字が集まり、規則正しく収まった。

 文字の読み書きも特にした覚えがないのに読めるし、理解できてしまう。食べたことがない料理の味を知っているかのようだった。


 東西南北に大きな門があり、アイクは南門に並ぶ。

 大量の馬車が行き来しており、見るからに栄えていた。

 周りから稀有な視線を向けられるが、一切気にしない。慣れたものだ。


「え、えっと、身分証明書の提示をお願いいたします……。持っていなければ審査と通行料を、お支払い願います」


 南門の目の前に到着すると、目が痛くなるような銀色の鎧に身を包んだ騎士がアイクに声をかける。

 当たり前のように、身分証明書は持っていない。金も持っていない。

 騎士に連れられ、取調室に入る。

 魔法の道具とやらで犯罪歴を調べられ、どこから来たのか、年齢、性別、目的、その他諸々質問される。

 全て答えると通行料、ルークス小銀貨一枚を請求された。


『ルークス小銀貨:ルークス王国が発行している通貨の名称。銀の含有率一〇〇パーセント。最短入手方法:ブラックタイガーの髭を一本、目の前の騎士に差し出す』


 アイクはブラックタイガーの黒い髭を一本抜き、騎士に差し出す。

 騎士は髭を受け取り、さっさと冒険者ギルドに行ってこいと言って、アイクを王都の中に入れた。


 王都の中は迷路のように複雑な道で冒険者ギルドという名の場所もわからないが、光の道筋にそって移動すると巨大な白い建物に到着した。

 白いレンガで作られた建物で、中央にそびえたつ王城の次に大きい。


『ウルフィリアギルド:ルークス王国の建国と同時に建設された建物。冒険者と呼ばれる職業を取り締まっているギルドの一つ。王都で最も大きな冒険者ギルドである』


 知識がないせいで左目にずっと文字が浮かび続けていた。

 一度見たら文字は湧いてこず、普通の視界に戻る。授けられて三日たっているが、未だに慣れない。


 巨大な門から建物の入口まで両脇に店が並んでおり、冒険者と呼ばれる男女が行き交っていた。

 だが、アイクを見た瞬間に海割のように左右に移動していく。

 非常に歩きやすくなった石畳の上を移動し、ウルフィリアギルドの入口から建物内に入り込んだ。


「えっとー、ミリュさんも冒険者になるの?」

「当たり前でしょ。ブレイブくんの行くところ私ありなんだから」


 アイクは肩に担いでいたブラックタイガーを床に落とす。

 周りから鋭い視線を向けられている男女の存在が異質だった。

 鳥肌が立ち、全身の筋肉が収縮する。同時に背中に嫌な汗を掻いた。


 ――これが、恐怖か。俺は、ちゃんと生きているのだな。


 生の実感と強敵の存在を前に、アイクは口角をうっすらと上げた。

 持っていた黒い剣を鞘から引き抜くと、目を大きく見開きながら急加速。冒険者が止めに入れる速度ではなかった。そのまま、赤髪の女に鋭い剣先を向ける。

 だが、その剣先は隣に立っていた黒髪の男にヒラヒラと舞う葉を摘まむように容易く止められた。

 急加速、急停止により、突風が巻き起こる。

 前方に立っていた女の赤髪が大きく乱れ、受付に置かれている大量の書類は花吹雪のように勢いよく舞った。


「すみません。ミリュさんは殺気を納めるのが下手で。別に戦おうとしているわけじゃないんです。ほら、ミリュさんも謝って」

「なんで、攻撃されたのに謝らないといけないのー。でもまあ、ブレイブくんの言うことなら仕方がないかー。えっと、ごめんなさーい」


 女のほうは赤く長い髪、側頭部から後部に湾曲するように生えた角、蜥蜴ような尻尾にコウモリに近い翼。見るからに人間ではない。


 アイクは剣を引き、鞘に納める。戦えないのなら、潔く引く。

 少年は女を引き連れてアイクの前からすぐに立ち去った。なるべく関わり合いたくないと言わんばかり。『精霊眼』は人の情報も見えるが、見たいと思わなければ見えなかった。


『名前:ブレイブ。種族:人間・勇者。レベル:60。種族値:力:150。魔力:150。耐久:150。速度:150。能力値:力:241。魔力:241。耐久:241。速度:241。』

『名前:ミリュ。種族:竜。レベル:80。種族値:力:150。魔力:200。耐久:150。速度:150。能力値:力:320。魔力:485。耐久:320。速度:320。』


 アイクが自分の姿を『精霊眼』で見た能力値よりもはるかに高く、あの二人より自分は弱いと知った。

 両手を握りしめ、今までに感じた覚えのない足裏がこそばゆいような表情で笑う。


 ウルフィリアギルドで身分証明書を作った。成人していたため、いつの間にか冒険者にさせられていた。

 ブラックタイガーの素材がルークス金板一枚で買い取られる。

 受付の女が常識を身に着けて王都の生活に慣れるまでウルフィリアギルドで生活した方がいいと言うため、アイクは従った。


 食堂で金板を差し出してパンを一個買おうとするが、拒否された。


『白パン:強力粉を使用して作られる柔らかいパン。ルークス銅貨一枚。最短入手方法:ルークス金板をルークス銀行に預け、ルークス小銀貨を下ろす』


 アイクは『精霊眼』を利用し、銀行口座を作った後、パンを購入。ギルドの寝室で三日分の疲れを一時間で癒した。


 ウルフィリアギルドに設置された広い訓練場でブラックレイリーの柄を握り、ひたすら振るう。

 三日三晩振り続け、ギルドマスターから注意されるまで止まらなかった。


 男の本能がブレイブよりも強くなれと言っているようで、適当に生きていた一五年を取り返すべく、内側から湧き上がる熱を糧に歯を食いしばりながら、ひたすら剣を振り続け、強さを追い求めた。


 ☆☆☆☆



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ