二十七話 探す
足早な研究者とは対照的に、アイクは無言で周囲を観察し、シロは初めて見た教育機関の雰囲気にのまれどこか気の抜けた様子でふらふらとついていく。
地下施設の薄暗い照明、ひんやりと湿った空気が肌を撫で、足音すら吸い込まれるような静寂が広がる。
魔物は檻の中で微動だにせず、その存在感だけで場の空気をひりつかせた。
シロは檻に閉じ込められた魔物の姿をじっと見つめ、呟いた。
「学生がいるのに魔物を保管して、大丈夫なの?」
「ここ以上に魔物を安全かつ確実に保管できる場所は王都にありません」
「……でも、逃げられてるじゃん」
シロの言葉に研究者は口をつぐむ。
学生に何の被害も出ていないのに加え、多くの者が知りえていない情報のためメンツが保たれているものの、本来なら多くの貴族から苦情の嵐を受けているころだ。
黒いマクロープスの駆除に裏に、この失態を隠したいと学園側の意図があるのだろう。
「黒いマクロープスの拘束は厳重でした。ブレイブさんに施しても簡単に破られる拘束ではありません。にも拘らず……」
研究者が立った檻の中にマクロープスを固定していたであろう台座と魔力を抑制する鎖や手錠が放置されていた。引き千切ったわけではなく、丁寧に解除されたようだ。
アイクが『精霊眼』で確認するとマクロープスの足取りが光って見えた。脱走したのは間違いない。ただ、アイクから見ても厳重な拘束だ。あの個体が一体で逃げ出せるような強度ではない。
協力者がいれば『精霊眼』に情報が映るのだが、黒いマクロープスの足取りしか表示されなかった。
――黒いマクロープスの実力を見誤ったのか? それとも『精霊眼』の方に不具合が起こっているのか……。
アイクが顎に手を当て『精霊眼』に力を入れる中、シロは鼻をスンスンと鳴らす。
黒いマクロープスのにおいを覚えているらしい。加えて、この場にいる魔物やアイク、研究者のにおいのどれでもないにおいを微かに嗅ぎ取ったそうだ。
「この檻の中に入った研究者は何人?」
「牢屋の中に入ったのは研究所のメンバーと学園長ですね」
シロは牢屋の中に入った人間のにおいを全員嗅ぎ、誰のにおいでもないことが判明。明らかに部外者のにおいが混じっているという。
『精霊眼』に黒いマクロープスの脱出を手助けした者の情報は一向に表示されない。だが、シロの鼻は確実に誰かがいると、なんなら嗅いだ覚えのあるにおいだと言った。
「とりあえず、マクロープスの足取りを探るか」
アイクは光る足跡を追い、地下から地上に出た。そのとたん、光の足跡が消えていた。辺りを見渡しても足跡は見つからなかった。そうなると、考えられることは一つ。
「何者かが運んだのか……」
痕跡が一切残っておらず、追跡は不可能。
シロがにおいを辿ろうとすると、空から水滴が落ちてくる。海がひっくり返ったような大雨になり、においでたどるのも困難な状況になった。
においが完全に消え、シロは「雨のバカぁー」と呟き、自然に文句を吐いている。
「マクロープスが逃げ出したのではなく、何者かが逃がした可能性が高い。それがわかっただけでも十分だ」
あの個体は闇ギルドの者がパックスの依頼を受けるために使っていた。
魔物を暴走させる薬はパックスから受け取っていたと仮定し、パックスに薬を売りつけていた者との繋がりは少なからずあり得る。
暴走した魔物はマクロープス以外にも王都に研究資料として残されている。全て力尽きたそうだが、敵はそっちを狙わず生きていた黒いマクロープスだけ回収した。しかも『精霊眼』に証拠を残さないようにしながら。
アイクは現状を報告するため、ウルフィリアギルドに戻り、キアズに事情を説明する。
話を聞いたキアズは理解し、アイクだけに任せずウルフィリアギルドの緊急依頼として発行。
多くの冒険者が黒いマクロープスの捜索にあたった。ブレイブやミリュも他の依頼をこなしながら黒いマクロープスを探す。
今まで、マクロープスに黒い個体は発見されていなかったため、個体数は極めて少ない。
発見した場合、脱走した個体の可能性が高く、討伐すればルークス小金貨一枚の報酬が得られる。
上級冒険者推奨であり、それ以外は戦闘を割け情報提供に徹するように指示されている。新人冒険者が遭遇すれば、確実に全滅する。そうならないようにするための配慮だ。
「わたしたちはどうするの?」
「俺たちも探す。闇雲に探しても効果は薄い。だが、パックスと手を組んでいた可能性が高いなら、奴の目的と何かしら目的が被っているはずだ」
金を出す相手が欲しいだけなら、別にパックスである必要がない。
他の公爵家や王家の者に売り込めばいいのだ。
パックスの目的は依頼内容から察するに、珍しい獣族を手に入れることだった。その目的と薬を売った者も目的は同じだったはずだ。
なら、珍しい獣族を欲する者が怪しい。
ただ、気がかりなのはパックスがいなくなってからも街や村を襲う暴走した魔物や獣族の被害が出ている点だ。
「ブレイブの帰還と、パックスの依頼がなくなり、闇ギルドの連中が動く可能性は低い。にも拘らず、未だに街や村から多くの暴走した魔物や獣族をどうにかしてほしいという依頼が来るのは不自然だと思わないか?」
「た、確かに……。じゃあ、敵はもう珍しい獣族に興味はなく、別の目的を果たそうとしている段階に入ったのか?」
「依頼を受けていれば、何かしら見えてくるかもしれない。仕事に行くぞ」
シロは大きくうなずき、アイクと共に魔物や獣族が暴れている街に向かった。
街中から、耳を劈くような人々の悲鳴が響き渡った。
石畳の道は裂け、崩れた塔や建物の破片が空を舞い、古の家々は無惨にも押し潰されていく。空は濁っており、今にも雨が降り出しそうだ。
叫び声により誰かの祈りの声がかき消され、人々はただ生きるために逃げ惑う。
ある者は子供に肩をぶつけても無視、はぐれた子の名を呼ぶ者、立ちすくんで足元の地鳴りに怯えている者など、全体が混乱していた。
その混沌の中心に、この状況を作り出した存在がいる。
黒い鱗が生えそろい、どの建物よりも巨大なワイバーンが一頭。竜を思わせる咆哮を上げた。
アイクは『精霊眼』で調べる。大型のブラックワイバーンではなく『種族名:レッドワイバーン』と表示された。加えて『状態:覚醒・暴走』の文字が並ぶ。
暴走した個体は黒いマクロープスの血を投与されると本来以上の力が発揮される。
その話をキアズから聞いていた。
「こういうことか」
だが、キアズは抑制されると言っていた。『状態:覚醒』は『状態:暴走』ではない。
両方ならば『状態:覚醒・暴走』と表示されるとわかった。ただ、この個体が命令を受けて暴れているのか、ただたんに自然現象か、何かしら細工されているのか、手掛かりがない。
「今さらだけど、魔物をどうやって操っているのかな?」
「そういう薬なんじゃないか? 実物を見ていないからわからんが……」
――魔物を暴走させる薬と操る薬は別ものか。はたまた魔物を暴走させる薬しかないのか。いったい、なぜ魔物たちは闇ギルドの多くの者たちから命令を聞いたんだ。
シロの村を襲ったフレアリザードの一体が暴走していた時、闇ギルドの者は抑制できていなかった。となると、魔物に投与されているのは暴走させる薬のみ。
何かしらの力が働き、暴走するまでは闇ギルドの者たちの命令を聞くようになっている。そもそも、闇ギルドはどこから魔物を仕入れていたのかも謎だ。
頻繁に大量の魔物を捕獲するのは面倒極まりない。購入もコレクション用が多いため、値段が張る。反グレの闇ギルド連中が簡単に買える代物ではない。
――仮にパックスに薬を流した者が、その金で魔物を買って闇ギルドの者に流していたとして、何が理由なのか一切わからない。




