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正義を振りかざす最強勇者  作者: コヨコヨ


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二十六話 薬の出どころ

「黒いマクロープスが研究所から脱走した。奇跡的に被害は報告されていない」


 アイクはあの黒いマクロープスが誰にも危害を加えていない状況を聞き、腕を組む。


 ――知能は高かったが、攻撃的な性格だった。にも拘らず、逃げることだけに徹するだろうか。


「俺はギルドマスターの依頼に従って持って来ただけだ。後始末する義務はない」

「危険な魔物だ。このまま放置しておくわけにもいかないだろう」


 アイクの『精霊眼』があれば、脱走した黒いマクロープスの足取りを探れる。


 ――深追いするほどの魔物だろうか? 何かしらの理由があるな。


「あの、黒いマクロープスから魔物を暴走させる薬を打ち消す薬は作れなかった。だが、あの個体の血液は狂暴化した魔物を抑制する効果があると発覚した」

「抑制……。暴走が止まるのか?」

「止まるには止まるが、本来以上の力が発揮される」


 ――黒いマクロープスを『精霊眼』で見た時に表示されていた『状態:覚醒』の文字の影響か? あの個体の血を取り込むと今以上に強くなれるのだろうか。


 アイクの無表情に何の変化もないが、キアズは彼の好奇心にうずく瞳を見て、口を開く。


「通常の鼠に投与したさい、狂暴化した鼠に投与した時と同じ効果は得られなかった。止めておけ」


 アイクに的確に忠告する。


「狂暴化する薬を飲んでから血を摂取すれば……」

「狂暴化する薬を飲んでから血を摂取した個体は抑制されるが、三大欲求に欠如が見られた。そんな方法で強くなれても嬉しくないだろう。ブレイブはそんな姑息な手を使って強くなったわけじゃないぞー」


 キアズの言葉は、一つ一つがアイクの体に突き刺さるような鋭さを持っていた。

 アイクは口を開きかけて、結局何も出てこない。視線をわずかに逸らし、無意識につばを飲み込んだ。

 立ち姿勢も崩れていく。下手に何か言えば図星を認めたことになる。だが、黙っているのも同じこと。

 結局アイクは沈黙を選ぶ。


「黒いマクロープスを始末しろ」


 キアズの命令口調で言われる依頼内容を聞き、アイクは溜息混じりに小さくうなずいた。


「……パックスが持っていた薬の出どころはわかったのか?」

「ベンゼ公爵家の者に話を聞いても薬の件は誰一人知らなかった」


 キアズが言うにはパックスの屋敷から薬の調合方法などの資料も見つかっていないらしい。

 パックスの学園時代の成績を調査しても新薬を作成できるほどの頭脳を持ち合わせていないと判断された。


「何者かがパックスに薬を渡した可能性が高い」

「つまり、また同じような事件が起こる可能性があるってことか……」

「遠距離の依頼は移動範囲が広いブレイブとミリュがこなしてくれる。アイクは黒いマクロープスの方に力を入れてくれ」


 ある程度話を聞き終え、アイクは無言のままギルドマスターの部屋を後にした。歩みは落ち着いていたが、その藍色の瞳の奥に静かな熱が灯っている。


 ――シロのような者を、これ以上増やしてはならない。根を絶たねば悲劇は何度でも形を変えて現れる。元凶の、そのまた奥に潜む何か。そいつを見つけ出し、悲劇の連鎖を終わらせる。


 強さに直接拘わるわけではないとわかっている。ギルドマスターの依頼だからでもなく、シロの境遇に同情したわけでもない。

 だが、アイクは仕事を受け、動き出した。


 扉の裏側でずっと待ちぼうけしていたシロの頭を撫で、待てできていたのを間接的に褒める。

 食堂で肉のパイを食い、訓練場で鍛錬をこなす。


 新しく手に入れたロングソードの柄を両手で握りしめ、シロはアイクの動きを真似しながら黙々と素振りを繰り返していた。力みのない振り上げ、そして斬り下ろし。二か月前よりずっと安定した姿勢。剣に振り回されていない。


 訓練場を照らす魔石の明りが周りの闇に広がり薄く見える中、ロングソードを振るたびに銀色の光が反射する。

 シロは汗ばむ額に手の甲を当てる。首に赤みがさしていた。動きを止めればすぐに湿った空気が肌に張りつく。


 ブラックベアーとの遭遇、そして巨大化したパックスとの戦い。どちらも打撃では、効果が薄く攻撃が通じなかった。だからこそ威力のある斬撃が必要だった。

 適当にロングソードに手を伸ばしたわけではない。シロが冷静に自分を分析し、己が強くなるために必要だと理解して選んだ。


 実戦での運用はまだ訓練が要るだろうが、この二カ月で見せた成長からすれば、彼女ならやり遂げるだろう。

 剣を振る音だけが、アイクとシロしかいない静かな訓練場に響く。


 鍛練を終え、部屋に戻る。

 シロは今までの流れから、耳と尻尾が否応にも立ち上がった。

 すまし顔で手早く動き、身に着けていた衣類をハンガーにかけ、壁際に引っ掛ける。アイクの衣類も剥ぎ取り、両者とも下着姿になった。


 シロの瞳はアイクの瞳に向き、手の平を分厚い胸板に当て、キスをねだるように踵を上げる。

 その姿を見て、アイクは彼女の頭を撫でた。


「……な、なんで、頭を撫でるんだよ。今は、キスするところだろう」

「シロの復讐は終わった。俺も、シロを抱いた。なら、もうシロが俺に抱かれる必要はないだろう」


 アイクは桶に水を張り、布で体を拭いてベッドに寝ころんだ。

 シロを抱いたのは強くなれるかもしれないからだ。

 結果、強くなれたかどうかわからないという微妙な状況。何度やっても同じことだろうと決め込み、シロに無理させないように努める。


 シロは体を爆速で拭き終えるや否や、音もなくアイクの体に飛びかかった。その動きはまるで獲物に飛びかかる野生の獣。無駄な力の一切ない、研ぎ澄まされた一閃のような跳躍だった。

 その瞳はらんらんと輝き、狙いを定めた肉食獣のごとく光を孕んでいる。口元には獲物を目の前にした飢えすらにじみ、舌が唇をぬらりとなぞった。


 ――逃がさない。


 そんな本能の声が聞こえてきそうな、危うくも生き生きとした笑みを浮かべながら彼女はブラジャーを脱ぎ捨てる。

 胸の膨らみを晒しながら腰を前後させアイクの股間を刺激するも、昨日のように凛々しくならない。


「もう、シロは俺の性欲を沸き立たせようとする必要はない。さっさと寝ろ」

「いーやっ! あんなの教えこんでおいて、今更諦められるか!」


 昨日の夜、アイクと過ごした熱に満ちたひとときが、シロの胸に焼きついて離れなかった。もう一度、いや何度でも、あの温もりと高まりの中に身を沈めるために、シロは動いた。

 これまでと同じように、男の性欲を引き立てるような仕草で裸体を見せつける。だが、わかっていた。今まで通りでは、足らない。

 なにか別の扉を開かなければならない。わかっていても、それは簡単にいかなかった。

 難しくてもやめるわけにはいかない。手探りで新しい一手を探し始める。


「全部やってみて、その後にまた考える!」


 アイクの視線が熱がこもったシロの瞳に止まる。彼女の努力に目を背けない。


 ――キアズから焦るのが悪い癖だと言われたな。それが強さに直結するのだろうか。長い目で見るのも悪くはないか。だが、二カ月でダメなら、四カ月、八カ月、一六カ月……。そこまでシロにつき合わせてしまうのも悪い。


「シロの復讐は終わった。それでも、俺が強くなるために強力してくれるのか?」

「あたりまえだ。今更、そんなこと聞くなよ」


 シロは待ちきれず、アイクに抱き着きながら唇を貪る。その後、キスだけで『状態:絶頂』に至り、彼に完全敗北する。


 次の日からアイクとシロは黒いマクロープスの行方を捜す依頼を中心に動く。

 王都にあるもっとも格式の高い学園、ドラグニティ魔法学園の研究施設から魔物が脱走した話を聞き、建物に足を運んだ。


 王城より広い敷地に建てられた園舎は、近づいてみると息をのむほど威圧を放っていた。磨き上げられた石壁や整った庭園が、長い歴史と格式を静かに物語っている。

 ルークス王国の建国と同時期に創立された由緒ある学園。その誇りと気品はいまもなお失われていない。

 初等部から高等部までの学生たちが制服姿で登園していく様は、まるで別世界の光景だった。泥臭く依頼をこなす野蛮な冒険者に囲まれた日々とは異なり、平穏で整った時間が流れる。

 アイクとシロの学生感の無さから、明らかに浮いていた。

 きっちりと白衣を着こなした研究者に促され、魔物が保管されていた地下施設に案内される。

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