二十五話 優秀な冒険者
朝食を得るため、食堂に行くとドリミアと一緒にいた黒髪の獣族のクロがアイクに近寄り手紙を渡す。
それだけすると頭を深々と下げ、アイクから離れて行った。だが、一度だけ振り返り、声は出さずとも口を動かす。
口の動きを読み取る。おそらく『たすけて』の四語。
まるで誰にも気づかれないように助けを求めているようだった。だが、クロはそれ以上、何もせずすぐに去ってしまう。モフモフの尻尾は常に下を向いていた。
助けてといわれても、アイクに助ける義理はなかった。
――なぜ俺に言う? 彼女の近くにいるドリミアに助けを求めればいいだろう。
助けを求める者は多く、全てを助けていたらきりがない。
――シロに助けを求められれば助けるが。……この違いはいったい何なんだ。
受け取った手紙に視線を向ける。何かしら危険なものではないか『精霊眼』で確かめるが、普通の手紙だった。差出人はドリミアで蝋印が押されている。さっさと封を開け、内容を確かめた。
『パックスの悪事を暴いてくれてありがとう。危険な薬の件はわいが引き取るよ』
ただそれだけの文がつづられている。ドリミアが薬を破棄してくれるようだ。
彼に薬の話をした覚えはない。ただ、ウルフィリアギルドや貴族と関係を持っていた彼ならアイクが『精霊眼』で見抜いた薬の存在について話を聞いている可能性はあった。
「ギルドマスターに薬の件を任されたのか……」
アイクは深く考えず、手紙を胸もとに入れ、いつも通り仕事に取り掛かる。
二か月間、シロと依頼を分けてこなしてきた。だが、今はパーティーメンバーとして、二人で一つの依頼をこなす。難易度からするとシロにとってまだ難しい依頼ばかりだが、アイクの補佐として動く。
王都を出て森の中を歩いていると木々のざわめきや川のせせらぎが響いた。靴裏に湿った苔のぬめりが張り付き、活気よく歩くシロの靴によって土が弾かれる。
昔から森と共に生活してきたアイクはどんな森の中を歩いても、故郷の風景と重ねるように見まわす。土や薬草、毒草、キノコなどの香りが風に乗り、頬を優しく撫でるように吹く。
シロの闊歩する姿と己の大きな手の平を見回し、小指からゆっくりと握りしめる。
――俺は、強くなっているんだろうか。女を抱いた割に、大して強くなっている気がしない。
女を抱き、強くなったはずだと言い聞かせてきたが、魔物を一撃で倒すのは変わらない。そのため、強くなったかどうか判断が一切できなかった。
すべてを見透かす『精霊眼』で己の姿を見ても、能力値に何の変化もないのだ。
ティンティから『精霊眼』を貰った時よりレベルや肉体は変化したが、おそらくあのまま三年間、森で生活していても今と同じ状態だっただろう。
「本当に強くなれたのだろうか……」
気づけば同じ問いが繰り返されている。
無表情のアイクと対照的にシロの琥珀色の瞳は以前よりも光が宿っていた。彼女は明らかに何かが変わっている。見るからに強くなれている。
アイクもブレイブと同じくらい強くなるため鍛錬は欠かさずに続け、他の者が聞けば怖気が立つような日々を過ごしている。
それにも関わらずブレイブの境地に未だ到達できていない。
いったい、何が足りないのか。どうすれば、今以上に強くなれるのか。
――また、考え続ける日々になりそうだ。
シロの背中を見つめ、一息つきながら肩を小さくすくめた。
「わたしの冒険者服、ボロボロになっちゃったから新しいのが欲しいんだけど……」
「シロが受けた依頼の報酬は銀行に預けられている。使いたければ使え」
冒険者パーティーの一番面倒な金のやり取りはシロと話し合いで決めた。彼女は「全てアイクのもので良い」と言うが、仕事の報酬は受け取るのが普通だと教える。
あとあと、依頼の報酬はわたしの方が貰うべきだと反論されても面倒臭いため、初めから決まりを作った。
依頼を終え、王都に戻ってきたあとシロはアイクを引き連れてルークス銀行に移動した。
堅牢な建築物にも拘らず叩けば割れそうなガラス張りの出入り口を通り、周辺に配置された警備員に軽く挨拶しながら窓口に向かう。
タイル張りの床は清潔感に溢れ、日常使いする一般人たちが鳥のさえずりが聞こえそうなほど静かな空間で木製の椅子に座りながら待っている。
シロはアイクと共に預金窓口に立った。今、初めて二カ月でいくら稼いだのか知らされる。
窓口係がシロの預金を確認し、紙に詳細を掻きこむ。
「ル、ルークス大金貨一枚以上……」
シロの顔色が真っ青になっていく。千円小、一万中、一〇万円大。銀板百万。銀板十枚で小金貨一千万。中金貨一億。大金貨一〇億。
一般人の月収がルークス大銀貨三枚。
仮に二か月分でルークス大銀貨六枚だとすると、シロは二カ月で一六〇〇倍近く稼いでいた。
村でこのような金額を耳にすることもなく、ましてや自分が手にしているとも理解できず、その場で立ち尽くす。
だが、次第に現実と知ると、足元がふわりと浮くように立ちくらむ。
近くにカカシのように立ち尽くしていたアイクにしがみ付き、脚の震えが止まるのを待った。
ルークス大金貨一枚あれば物価の安い街や村なら、一生毎日遊んで暮らせる額だ。
アイクはシロを抱いた後、この金を渡して彼女を普通の生活に戻そうとしていたが、シロは永遠に働く道を選んだ。ただ、それだけのこと。
とりあえずルークス大銀貨一〇枚を下ろした。その後、シロは「適当に買ってこい」と無表情でいう素っ気ないアイクを引きずり、マドロフ商会に向かう。
以前買った品は多少手荒に使っても一年から二年は持つ質のいい冒険者服だったが、二カ月で使い物にならなくなった。質が悪かったわけではなく、アイクと共に仕事していた影響だ。
シロの冒険者服を新調。
初心者臭が漂う服装からアイクの服装に近い藍色が基調の冒険者服で統一した。靴や防具、ショートソードは二段階ほど質がいい品に変える。攻撃範囲を広げるためにロングソードも購入した。
「合計、ルークス銀板三枚になります」
シロは口をあんぐりと開け、絶句。所持していた金額では全く足りなかった。
「安いな」
「……アイクからしたらそうかもしれないけどさ」
シロは突っ込むのをあきらめ、とりあえずルークス大銀貨一〇枚を出し、残りの金額はすぐにルークス銀行からおろし、支払いを終えた。
新しい姿を個室の試着室に取り付けられた姿見で確認すると嫌でも口角が上がる。
新人冒険者から中級をすっ飛ばし、上級冒険者の貫禄を纏っていた。だが、首に残る鉄製の首輪はそのまま残してある。今の彼女には必要ないにも拘わらず、外そうとしない。
「今の実力なら攫われる心配はないと思うが、鉄首輪は外さないのか?」
「復讐は意味がないってわかった。でも、あの時の気持ちを忘れたくはない」
シロは鉄首輪に触れ、視線を落とし苦痛に歪んだ表情を隠した。
過去の自分を戒めるために外さないようだ。
その話を聞き、アイクはそれ以上口を開かなかった。過去を全て忘れ、未来を生きろなど言うつもりもない。過去がすべて悪いわけではないのだ。
「それに、アイクから始めてもらった物だから……」
奴隷の象徴ともいえる鉄首輪。普通の者ならば、一刻も早く外したがる。
だが、シロはその冷たく硬い首輪にアイクとの繋がりを得ていた。実際、アイクに奴隷のように扱われた経験は一度もないため、ファッションの一部に成り代わっている。
「アイクの所有物だって周りに思われていると、なんか、ぞくぞくするの……」
「変わったやつだな……」
仕事終わりの買い物をこなし、アイクとシロはウルフィリアギルドに戻る。
受付で依頼の報告すると受付嬢からギルドマスターのもとに行くよう伝えられた。
夕食の時間帯、ギルドマスターの部屋に通されると椅子に深く座り眼帯を叩きながら唸っているキアズの姿がある。
シロは葉巻のにおいがおろしたての服に着くのを嫌い、中に入らなかった。アイクだけ部屋に残り、キアズの話を待つ。
「シロは優秀な冒険者になったな。たった二ヶ月でこれほど成果を上げる新人は今どきいない。まあ、ブレイブやアイクよりは真面だがなー」
キアズは冒険者になる前にブラックタイガーを持ってきたアイクに視線を向ける。
その後も無駄話を続け、葉巻を葉巻ケースから取り出し、咥えてから魔法で火をつける。口から吐きだされた紫煙が窓から吹き付ける風に揺れ、すぐにかき消されていく。
「いったい、何のようだ」
「そう焦るな。アイクの悪い癖だ」
キアズの無駄話も大概だが、アイクは何も言わず飲み込んだ。
キアズは葉巻を吸い終わるまでたらたらと無駄話を続ける。
最近の冒険者は根性がないとか、すぐ見栄を張ろうとするとか、大した仕事もしていないのに報酬が少ないとぐちばかり出てくるとか……、アイクはギルドマスターの苦労を葉巻一本分聞かされた。
火事を起こさないよう火の始末を済ませ、キアズは椅子に深く腰掛ける。




