二十二話 巨大な
アイクはパックスに直接恨みがあるわけではないが、他の者の底知れぬ思いを受け、無表情ながらに左腰に掛かったブラックレイリーの鞘を握りしめる。
ルークス王国を守るとブレイブと約束した手前、ルークス王国の害になる者を見過ごすわけにはいかない。
パックスが入った部屋を蹴破ると、豪華絢爛な寝室だった。彼は戸棚から取り出したであろうビンに入った液体を飲み干していた。
アイクは毒物を解毒させるポーションを飲ませようとしたが、パックスは高笑いし始める。
「なにを飲んだ」
「俺様のためだけに用意させた特製ポーションだ。これで、俺様も最強にっ⁉」
パックスの顔が歪んだ。視界ではなく、物理的に。
「な、なんだ、これは……、どうなっ、て! あぁああああああああああああ!」
口から袋を裏返すようにパックスの体が肉塊に変わる。
人を球体にした大きさから急激に膨張を始めた。切り裂いてしまったらパックスは死ぬ。
――今更、切ってどうにかなるのか?
いらぬ思考が混じる。
アイクの思考速度よりも、肉塊が膨張する速度の方が速い。
切る前にこの建物の中から外に出さなければ多くの者が圧死する。
寝室は地下に作られているため天井を切り裂き、咄嗟に出口を作った。その後、肉塊をボールのように蹴り飛ばした。
朝焼けの光に当てられた肉塊は発酵したパン生地以上の膨張力で巨大化し、粘土細工のように形作られていく。
肉塊から巨大な翼が生え、太い脚が四本現れる。
長い尻尾と首、頭部にパックスの顔があった。王城並に巨体で、己の屋敷の広大な庭に降り立つ。
生れたばかりの赤子のような叫び声をあげ、口を開くと火炎を噴いた。一瞬で辺りが火の海に変わる。綺麗な花々は何の抵抗もなく焼却された。
アイクが屋敷の屋上に立っているのを見つけ、大口を開ける。巨大な火炎弾を発射。直径五メートルはある炎の塊が高速でアイクに迫る。
「炎はやめろ。消すのが大変だ」
アイクはブラックレイリーの柄を掴み、一振り。千の斬撃が生れ、巨大な炎の塊は火の粉になり消滅。
「これだから、生かして捕まえるのは難しい」
小さくため息をつき『精霊眼』でパックスの姿を見る。
『名前:パックス。種族:キメラ。レベル:30プラス40(70)。種族値:力:90マイナス40(50)。魔力:100プラス80(180)。防御:100プラス80(180)。速度:90マイナス40(50)。能力値:力:140。魔力:322。防御:322。速度:140。状態:暴走・薬物投与により力が強化、自我を失い破壊衝動に駆られている』
レベルの上昇、能力値が増加減少、見た目だけではなく種族まで変わっている。
「どうやら、あの存在はもう人間ではないらしい。人間としてのパックスは死んだのだろうか。あの化け物を奴隷にするのは……、無理か」
高さ三〇メートルを超え、頭から尻尾の先まで一〇〇メートルはありそうな巨体。だが、子供が作った竜の粘土細工のよう。
本物の竜のような神秘は一切なく、目も当てられないほど醜い。
火炎を噴くため、王都の中に放置していたら大きな被害が出る。一刻も早く駆除しなければならない。
アイクは天井を走り、端で大きく跳躍。ブラックレイリーを頭上に構え、巨大な翼の付け根を狙い、振り抜いた。
巨大な右翼がスッパリ切られ、地面に衝突し、土煙を上げる。地上で巨大な翼がまとまると土のような塊になり、パックスの体そっくりなゴーレムが何十体も現れ、人々を襲う。
ゴーレムに気を取られているわけにもいかない。右翼が繋がっていた断面がエールのように泡立つと、切ったはずの右翼が再生した。
「切ると分裂。加えて再生するのか。また、面倒な……」
巨大な魔物を相手にするならいいが、小さな分裂体を一人で相手にするのは手間がかかる。再生するなら無駄に切り裂くのも得策といえない。パックスを消耗させ、拘束出来ればよかったが不可能だ。
シロに悪いが、被害を出す前に首をぶった切った。パックスの顔が付いた巨大な頭が地面に落ちる。
だが、切った頭部からパックスに似たゴーレムが現れ、首から新たな頭部が生成される。どうやら、生き物共通の弱点である首は今のパックスにとって弱点ではないようだ。
「こうなると、この巨大な化け物を王都の外に出す必要があるが……」
パックスの屋敷は王都の中央付近にあり、外壁まで距離がある。そこまで移動させるとなると、王都内の被害は免れない。空を飛べればよかったが、そのような力は持っていなかった。
頭部が生成されるたび、アイクは炎をまき散らされるよりゴーレムの方がマシだと判断し、首を何度も切り落とす。
「はぁ、はぁ、はぁ……、な、なにあれ……」
シロは地下から地上に出てきたさい、火の海になっている庭園で暴れ回る巨大な化け物と、アイクが戦っている姿を見ていた。
加えて、パックスに似たゴーレムが騎士達と交戦しているところも。シロのもとに、ゴーレムが接近し攻撃を仕掛けてくる。
父や母、友、仲間を殺した元凶の泥人形が目の前にいたら、もう止まれない。拳をゴーレムの顔面に打ち付け、木端微塵に粉砕する。
だが、ゴーレムはそこら中にいた。一度殴っただけでは気が納まらず、泣き叫びながら攻撃を続ける。
ゴーレムを殴り飛ばすたび、シロの綺麗な白い手は傷付き、己の血が滴った。
シロや騎士達がゴーレムの対処に回っているのを確認したアイクはブラックレイリーを首の先端に突き刺した状態で尻尾を掴みながら王都の大通りに出る。
まだ、早朝のため馬車などは走っておらず、巨大なパックスを引っ張っても炎さえ吹かなければ被害は最小限に抑えられる。
首に刺さっているブラックレイリーの影響でパックスの頭は再生されなかった。
「えっほ、えっほ……」
外壁まであと半分といったところ、何か背後に存在を感じた。
振り返ってみると赤子の叫び声が響く。いつの間にかパックスの頭部が再生していた。首に深く突き刺さっていたブラックレイリーがなぜか抜けている。
「いつの間に、抜けた……?」
パックスの口が光りだした。火炎を噴く前兆だ。
アイクはブラックレイリーが見当たらず、パックスの顎を拳で殴りつけ、炎の噴射の方向を真上に変えた。首を持ち、常に上を向かせる。こんな街中が炎の海になれば、被害が計り知れない。
「アイクくん、これはいったいどういう状況なんやっ!」
アイクがパックスと力勝負している最中、早朝からウルフィリアギルドに向かう道にいた冒険者のドリミアが糸目をかっぴらき、茶色の瞳を見せながら叫ぶ。
「パックスが薬を飲んだら変形した。俺の剣がどこかに落ちていないか探してくれ」
「わ、わかった。クロ、お前ならアイクくんのにおいがわかるやろ」
「は、はいっ。すぐに探してきます!」
黒髪の獣族、クロがドリミアの命令を聞き、大きく頷くとアイクがパックスを抑え込んでいる間にブラックレイリーを探し出し持ってきた。
「ど、どうぞ」
パックスの口角から漏れ出した炎により上着が燃えたアイクは上裸だった。
頑丈な肉体は焦げ付かず、滲み出した汗でしっとりと濡れている。
獣族が持つ剣がブラックレイリーだとわかるや否や、パックスの顎を真上に蹴りつけ身軽になった。
「感謝する」と一言。
ブラックレイリーを受け取ったのち、クロの頭に手を当て、手短に撫でる。その後、すぐさまパックスの頭を落とす。ゴーレムが生成され、化け物を前に驚いて建物から逃げ出す者を襲いだす。
「クロ、わいらはきっしょいゴーレムの駆除をこなすで」
ドリミアは腰から二本のショートソードを引き抜き、手早くゴーレムたちを駆除した。クロもドリミアの指示通り、ゴーレムの頭を的確に破壊する。
周りがゴーレムの駆除をこなしている間、アイクは再度、パックスの首にブラックレイリーを突き刺し、頭部が生成されるのを防ぐ。
その間、長い首を鞭のように振るわれ、アイクの体は硬い地面や建物に叩きつけられる。
傷一つついていないが、踏ん張りがきかなかった。
化け物が翼を羽ばたかせ始め、巨体が浮かび上がったころ。
「アイクを連れて行くなっ!」
大声で叫ぶシロがパックスの巨体の背中に思い切り拳を振り抜く。巨体が砲弾を食らったようにのけぞった。
だが、パックスの大きさからすればシロは小さな虫も同然。
巨大な体で衝撃を吸収し、高い防御によってほとんどダメージが入っている様子はない。




