二十一話 屋敷に乗り込む
闇ギルドの方も同業者がどんどん消されていく中、真面な精神状態でいられなかったようで珍しい獣族を探す依頼を出していたのがパックスだと自白する者がいた。
「こ、これで、見逃してもらえるよな……?」
「何を言っている。そんなわけないだろ?」
嘘偽りなく話せば今の生活が守られると思っていたようだが、アイクは容赦なく死か奴隷になるか宣告する。
パックスの被害者は多数おり、屋敷の中も権力を振りかざし、酷いありさまなんだとか。
アイクに同情の気持ちはわかないが、シロの復讐相手を見つけることに成功した。
「あとはシロしだいか」
アイクはシロがいる図書室に向かい、彼女に元凶が誰かわかったと伝える。彼女は席を立ち、今すぐに向かおうとしていたが焦りは禁物、すぐに引き留める。
「明日の早朝だ。闇市が閉まると同時に乗り込む」
アイクはパックスが仕向けた者たちに上に報告しないよう伝えていた。闇市でパックスを嗅ぎ回っている者が倒されたか、倒されていないのか、現地にいないパックスは知りようもない。
安心して眠れないだろう。不眠は不調の要因になる。
「今日はしっかりと眠ろ」
シロはアイクの言葉に従い、小さく頷いた。村を潰した元凶を見つけたと聞いただけで、体に力が入った。眠りたくても、目が冴えて眠れない。『状態:絶頂』になった後は眠りやすいと知っているため、アイクにそっと抱き着く。
「アイク……、眠れないから、撫でてほしい」
「わかった」
適度の『状態:絶頂』は体の機能を回復させ、ほど良い脱力により入眠を促す。
午前四時頃、日が昇り切っていない時間帯にアイクとシロはベッドから起き上がる。二人は体調の回復を確認し、服を身に着ける。
両者共に外套を羽織り、顔が見えないようフードを深くかぶった。
パックスの屋敷は戦争でもするのかと疑わしいほど厳重。加えて、貴族や市民に見栄を張るために超巨大だった。内部で何人の者が働いているのか見当もつかない。
アイクとシロは二手に分かれた。アイクが囮になり、シロが手薄になった屋敷に入りこみパックスと相対する作戦だ。
「何者だ……。ここがどういう場所かわかって来ているのか」
正門に立っていた騎士がアイクに槍をつきつけ、正門から離れるように注意する。
「パックスと話がしたいだけだ。危害を加えるつもりはない」
アイクは槍を片手で掴み、騎士を持ち上げて槍先を地面に突き刺す。
ブラックレイリーに触れると正門があたかも最初から壊れていたかのように細切れになった。目にもとまらぬ速さで剣を振るい、鞘に納めただけに過ぎない。
「なんだ、門が壊れているじゃないか」
何の躊躇もなく敷地内に入る。
騎士達が女王蜂を守るために攻撃してくる蜂のように鬼気迫る表情で集まってくる。
アイクは全員がパックスに脅されているのだろうなと察した。
――頭の悪い主人を持つのも大変だな。
騎士は敷地内に無断で入り込んできた不審者に容赦などなく、多くの者がアイクに攻撃を仕掛ける。だが、一分もしない間に、武器が全て破壊されていた。多くの者が何も理解できず、立ち尽くしている。
アイクが気を張ると空気圧が増し、騎士達は地面に押し付けられ、身動きが取れなくなった。
騎士達を尻目に屋敷に向っていくアイクだったが、屋敷から獣族の男が現れる。放心状態で、フラフラ歩いていた。
獣族の男は虎の耳と尻尾が生えていた。『精霊眼』で確認すると虎族で間違いない。
レベル65を超えている。ここまで来ると歴戦の戦士と言っても過言ではない。
――これほどの者が奴隷になるか?
反グレ集団の闇ギルドの者たちが魔物を操り、戦ったとしても勝てる相手ではない。
虎族の男に「どうして奴隷になった」と声をかけるが、返答はない。
虎族の男はアイクの姿を見るや否や、全身の筋肉を連動させ、稲妻を思わせる速度で走り出す。速度だけならアイクにも引けを取らない。
武器を何も持っていないが、肉食系の獣族は全身が凶器だ。
虎族は特に戦闘が得意な種族。拳や蹴りをまともに受ければ、アイクも怪我するだろう。
「当たればの話だが」
アイクは虎族の男の顎に手の平を当て、敵の速度を利用し、力の向きを変え真下の石畳に叩きつける。
石畳は容易く破壊され、虎族の男は一撃で気絶した。
殺す必要はない。今やるべきことは揺動だ。
シロに復讐の機会を与えているにすぎない。
屋敷の中に入ると、護衛を担うメイドや執事、屋敷内を守る騎士などがアイクに目掛けて攻撃してくるものの、全て躱すなり防ぐなり対処する。
常に「パックスと話しがしたいだけだ」と、会話を求めるが相手は聞く耳を持たなかった。相手から攻撃してきたのだから正当防衛に該当するだろう。
「人質を取られているなら、人質が集められている場所を教えろ」
アイクは騎士やその他の者たちの大切な者がいるからパックスの命令を聞いていると知っている。なら、その大切な者を開放すれば誰も戦う必要がない。
アイクの強さを目の当たりにした者たちは額に汗を掻き、視線を合わせる。すぐに答えられなかったが、まとまって話し合った結果、多くの者が小さく頷いた。
アイクは地下に案内される。すでに地下が騒がしい。
牢屋が並ぶ通路に騎士が倒れている。死んではないが、顔の形状や綺麗な鎧は見るも無残。どうやらシロが先に入り込んだようだ。
「ははははっ! どうした、どうした! この獣めっ!」
声が聞こえる部屋に入ると、シロが奴隷の子供を庇いながら鞭で叩かれている。鞭を持っている裸の男がパックスだった。
剥げかけている頭、太った腹、短い手足。ゴブリンとオークを混ぜ合わせたような姿だ。シロのレベルがあれば問題なく倒せる。だが、彼女は子どもを庇い続けていた。
「シロ、その男がパックスだ。お前の村を崩壊させた元凶だぞ。復讐したいんじゃなかったのか」
「この男はただ殺すだけじゃだめだ……。死ぬよりも辛い目に合わせなければ」
シロは拳を震わせ、激しく血走った瞳をパックスに向けている。鞭の痛みなど気にしておらず、振り抜いてしまいそうになっている腕の筋肉をこわばらせていた。
首や額に血管が浮かび上がり歯をむき出しにする。今すぐ殺したいようだが、殺してしまえば一度で終わってしまう。それが許せないのだろう。
「パックス、多くの獣族を闇ギルドに攫わせ奴隷に落とし、闇ギルドで違法に購入。その後、もてあそんだ。奴隷を無暗に殺すのも違法だ。貴族ならわかっているだろう」
「誰だお前は……。俺様が誰だか知ってそんなことを口にしているのか。問答無用で死刑だ!」
裸のパックスはアイク目掛けて魔法を放つ。
巨石が音の速さで打ち出され、アイクの胴体に直撃した。だが、巨石は見えない壁に阻まれたように停止し、床に落ちる。アイクの服に少々砂埃が付いたが、手で払い落した。
「俺はギロチンでも死なないが、どうやって殺すんだ?」
アイクは自分の首に手を当てながら、無表情で話す。
自慢の魔法が一ミリも通用しなかったパックスは尻餅をつき、アイクが近づくたび腰を引きながら下がる。
息が荒くなり、目を見開いて、瞬きも出来なくなっていた。顎や唇が震え、声も出せていない。
「魔物や獣族を暴走させる薬はお前が作ったのか。それとも、別の誰かが売っているのか」
アイクの質問にパックスは一切答えず、全身から脂汗を掻き、鼻の穴を豚のように膨らませる。
何かを思い出したように駆け出し、別の部屋に逃げ込んだ。
――縛り付けて話を聞いたほうがいいかもしれないな。
薬の出どころを知るまでパックスを殺すわけにはいかなかった。
シロの復讐の方を優先させ、彼女がパックスを万が一殺してしまっていたらしょうがないと腹をくくっていた。だが、彼女は殺しではなく、守る方を選んだ。その姿を見て、彼女を見る目が変わる。
「シロの方が俺の何倍も優しいやつだな」
アイクは子供を庇いパックスを殺さないまま我慢していたシロの頭を撫でた後、パックスの後を追う。
パックスの足取りは『精霊眼』に映っているためどこまでも追える。逃げるということは、捕まりたくないということ。捕まったらどうなるのか、パックスも理解しているようだ。
死ぬよりも辛い思いとなれば、貴族なら奴隷に落ちることだろう。パックスのような位の高い貴族ならなおさら奴隷になりたくないはずだ。
死ぬまで永遠に何の対価もなく働かされる。それは今まで何もかも持っていた者からすればどれほど嫌なのだろうか。
――少しでも傷つけると奴隷として生きる時間が短くなる。出来る限り綺麗なまま捕まえたいな。
アイクはゆっくりと、だが威圧感のある足取りで歩く。アイクにすべてを捧げたシロが死よりも辛い思いをさせたいと言ったのだから、それをかなえてやる必要があった。




